第26話
後半が始まってすぐにジャッドナーの5人は違いを感じていた。
「やりにくいな」
思わずジャージも呟いたが、感覚的なものだけではない。
相手の動きが格段に良くなっていることが肌で感じられたからだ。
もちろん、ハーフタイム中に修正した部分もあるし、選手交代に合わせて戦術をいじってきた部分もある。
だが、それ以上に変わったのが客席の雰囲気だった。
即興で作ったはずのチャントをカルカンのドラムに合わせ大合唱しているのだ。これを可能にしているのがハイランドがタクトを振るように大旗をはためかせるのに合わせたダビッドの拡声器による先導だ。
この3つを合わせて味方にバフ効果を発揮させるスキルも持っているのだが、サッカーの応援で使用することはない。
それでも、統一感のある声援に乗せられるようにマミの町の選抜メンバーの動きが良くなっていくのが見て取れた。
結果、前半のポゼッションはジャッドナーが60%近い感じだったのが、後半は45%くらいまで押し込まれている。
そして、ついに。
「ルガーさん!」
後半15分を過ぎた時だった。
すでにスタミナが切れてほとんど走れなくなっていたランスラッドが最後のちからを振り絞ったみたいに一本のパスを通してきた。
前日の試合でも立ち上がりに果敢な裏抜けを見せた狼人族のルガーを目掛けたパスでありながら、彼のトップスピードを見越し、且つジャッドナーのメンバーではカバーできないスペースを狙う素人とは思えない見事なパスとなった。
「やべっ! テッペキさん、頼みます!」
パスを受けたルガーはぎこちないながらも上手いことボールをコントロールし、ゴールに向かっていく。
テッペキはルガーがパスを出すことはないと踏み、シュートコースを狭めるために前に出る。
しかし、ここからが難しい。
相手が素人であるからこそ、余計に迷いが生まれる。
しかも、ガルルー族は繊細なプレーを苦手とする反面、思い切りが良いのも特徴だ。隅を狙ったシュートはないと思いながらも、思い切りの良いシュートがたまたま隅に飛んでいくこともある。
そして、今回がまさにそれだった。
ガルルー族の視線はわかりやすいので、どこを狙っているのかは察知することができたのだが、狙った所に飛んでいかないのもガルルー族。
ボールは狙った方向とはまるで逆、ニアコース、テッペキの顔の真横を抜けてゴールに突き刺さったのであった。
「くあー!? やられたぁ」
テッペキもBランクの冒険者として並外れた反射神経を持っている。それでも、ガルルー族の持つ生来の瞬発力で放たれたシュートは掠ることもできずにすり抜けていったのである。
キーパーが前に出てコース消す際、両手で足元をカバーするように下げていたのも反応が間に合わなかった要因だ。
「いやー。あの威力でニアハイの一番難しいところはさすがに無理っすよ」
ドンマイドンマイとノブも走り寄ってテッペキの背中を叩く。
「そうそう。あのコースは狙っても簡単には飛ばせないから。次、次。切り替えていきましょ」
ゴールに転がるボールを拾い上げ、ジャージも楽観的な声を出していたのだが、これをキッカケにルガーが覚醒することになる。
「ぎぃやー! またやられた」
ランスラッドが体力の限界を迎え、交代を余儀なくされたことでスルーパスに襲われることはなくなったものの、客席からの声援に押される形でペナルティエリアにどんどんボールが蹴り込まれる。しかも、前回のスピード任せのロングボール一辺倒ではなく、中盤でのパス回しも織り込んでくるので余計にタチが悪い。
その全てをクリアすることは困難で、5回に1回はシュートを撃たれることになり、其の中でもルガーはスピードに乗りながらも難しいコースを狙うようになっていたのだ。
そして、残り時間が5分となったところでついに同点ゴールを決められてしまったのである。
しかし、そこで終わるジャッドナーではなかった。
同点に追いついたことで気が緩んだのを見逃さず、リスタートから一気にノブが前線にドリブルで駆け上がる。当然、守りはテッペキだけとなっているが、相手も浮足立っているからか状況を理解できていない。
ボールに群がるようにノブに人が集まっていく。
「いかん! そいつは罠だ!」
客席からダビッドが警告するも、時すでに遅し。
人数差のハンデもあってノブに4人が引き寄せられ、近くにいた他の2人も気を取られる。
その隙にジャージとぢゃんぼが空いているスペースに走り込む。
ツン姉もゴール前で相手ディフェンダーをしっかりと引き付けているのだから大したものだ。
そうして舞台は整い、巧みなコントロールでボールをキープしていたノブから精密なパスが放たれた。
ゴールキーパーが飛び出しても触れない。それでいてセンターバックも追いつけない位置。そこにジャージがトップスピードで走り込んでいる。
ラストパスはぢゃんぼに出されるかと思いきや、それを囮にツン姉が頭で合わせて勝ち越しに成功するのであった。
「いやー。マジで負けるかと思った」
試合終了の時間が来たことをピッチの外で計っていた町長から合図され、ジャージがホイッスルを吹くことでノーサイドとなった。
悔しがるマミの住人選抜メンバーと握手を交わしながら互いの健闘をたたえ合う。特に、試合中にシュート精度が格段に上がったルガーをジャッドナーの面々が褒めているとダビッド達もやって来た。
「お前ら大人気ないないなぁ。あそこで釣り野伏やるとか鬼かよ」
言葉とは裏腹に、がっはっはとした笑い声を上げながら満足そうだ。
「いやー。それにしても、ノブ君のアレは何度見ても痺れるわぁ。アレ見たさにヴォルッケモンに沼った人も多かったもんねえ」
カルカンも久しぶりに見たノブの伝家の宝刀に満足気である。
むろん、そんな中でもハイランドは「試合終わったんでしょ? 後夜祭はいつから? すぐ始まる?」と興味はすでにお酒に移っている様子だ。
そんな面妖な3人組に刺激されたのか、客席で応援していた住人もピッチに入ってきて選手たちに声をかけて盛り上がっていく。
最初こそ思い付きで始めることになった体育祭であったが、しっかりと祭りとして成立することになった。
そんな言葉通りのお祭り騒ぎを受けたのか、アペルナ山が震えだす。
「お?」
「へ?」
「な?」
様々な反応がざわざわと起こる中、ボンッと噴煙が上がると大歓声が沸き上がる。
この世界の噴火は災害であることは稀であり、大抵は地下に溜まった霊気を一緒に噴き出すことで土地に祝福を与えるものだからだ。
こうして体育祭は大成功で終わり後夜祭を残すのみ、となるはずだった。
〔このところエサが少ないと思ったら、面白いことをやってたみたいですねえ。詳しい話を聞かせていただけませんか?〕
ジャージの耳元で聞き覚えのあるザラリとした不快な声が耳に届く。
反射的に警告のホイッスルを発したが、噴火に気を取られて対応が遅れてしまった。
「⁉」
抵抗する間もなくジャージは拘束されると、そのまま連れ去られてしまうのであった。
「ジャージ!」
「ジャージさん!?」
残ったのは悲痛な声だけであった。
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