第25話
「い!?」
観客席に視線を向けると、大旗を振りながら何者かが近づいてくるのが見えた。何者なのかは大旗で丸わかりなのがせめてもの救いだろうか。
何事かと驚いているのはジャッドナーのメンバーよりもむしろ、マミの町の住人の方だろう。
「来るの、早くても明日の予定じゃなかった?」
ツン姉もおおよその状況を理解して誰にともなく問いかける。そもそも、この連絡がヨンモンから早馬で届いたのも昨日の日暮れ前のことだ。
「手紙に体育祭やることも書いておいたから、あの3人だけ強行軍してきたんじゃない?」
観客スペースの最前列に到着した大旗を先頭に、ドラムと拡声器を持つ2人が続くのが見えてきた。拡声器で周囲に腹の底まで響き渡る声をかけまくっているのがジャッドナーのリーダーであるダビッド、隣でダビッドのコールに合わせて即興でドラムを叩いているのがサブリーダーであるカルカン、大旗を振っているのが2人の娘でハーレーの姉であるハイランドだ。
今回は冒険者ギルドが――というよりもワホマが機転を利かして――国から請け負ったマミの町への支援物資の配送も請け負いがてら追加メンバーが来る手筈となっているので、見当たらないハーレーとクロヂョカが物資と一緒に遅れてやって来ることになっているのだろう。
「しかし、ハーレーちゃんもクロヂョカさんも戦闘向きじゃないのに、置いてきて大丈夫なのか?」
テッペキが心配するのも無理はない。
「まあ、あの3人も戦闘向きではないっすからね。支援物資も一緒に届けるってことで護衛は必要以上に雇ってあるんじゃないっすか?」
「だろうな。森を抜けた安全圏に入ったから急いでやって来たってところだろ。ハーレーちゃんの機嫌が悪くなってなけりゃ良いけど」
そんなやりとりを知ってか知らずか、駆けつけた3人は観客スペースを越えてズカズカと近づいてくる。
マミの町の自警団の面々も、明らかな不審者でありながら確実にジャッドナーの関係者であろうことは察してくれてトラブルになる気配はない。
「お前らなぁ。こんな面白そうなこと、わしら抜きでやるんじゃないよ」
「そうよ。後2日くらい待てたでしょ?」
「それより、酒はどこで配ってるの?」
長年、コールリーダーを務めたダビッドだが、がっしりした体型に似合った低音ボイスは些かも衰えておらず、拡声器を使わずとも腹に響く。ただ、威圧感はないため、どちらかといえば気の良いおっちゃんという印象の方が強く残る。
対するカルカンはダビッドの隣だと余計に華奢に見える麗人だ。サポーターの中でもこの夫婦は美女と野獣と評されるくらいなのだが、気質としては彼女の方が荒いことを親しい人間は知っている。
今も笑って苦言を呈しているが、その目の奥からは冷たいものを感じているほどである。冷血な人間というよりは熱血漢の部類で、応援中は誰よりも選手を鼓舞し続けてるタイプなのだ。
2人に対して明らかに態度が異なるハイランドは、母親に良く似た美人な上に胸の谷間に雨粒を溜めながらひとり場違いな発言をするのもいつものことだ。
鹿児島ヴォルッケモンFCのホームゲームではメインスポンサーが焼酎メーカーということもあり水よりも安いという謳い文句で焼酎が販売されており、彼女はそれを目的に観戦に通っているにすぎない。
両親も半ば呆れているものの、父親譲りのリーダー気質を発揮して大旗隊を指揮しているので目を瞑っている次第だ。
「状況は手紙に書いておいたでしょ? 悪魔が居座ってるだけじゃなくて、女神の遺跡を利用して進化を目論んでる可能性があるから、なるはやで対応しないといけないって。だいたい、後発部隊がどのくらいで到着するのかはわからないんだからスケジュールを合わせるのは無理っすよ。それと、後夜祭する予定になってるから、お酒は我慢しなさい」
ジャージは正当な理由で反論するしかない。
「まったく、しっかりしちゃって。おじちゃん、さびしいよ」
「ホントにねえ。初めて会った時は純朴な少年だったのに」
「いや。成人してましたからね? 記憶を捏造しないでくれます?」
「ねー。それより、ここってどんなお酒あるの? 美味い?」
「純朴だったのは、お宅のお嬢さんの方でしょ? 立派なのん兵衛になっちゃって。ぢゃんぼさんの話だと美味しい黒糖焼酎とラム酒を造ってるらしいよ」
「え⁉ マジ!? いやー、楽しみー」
ハイランドは興奮のあまり、持っていた大旗をぶんぶん振り回す。
そこに割って入れるのはツン姉くらいのものだ。
「はいはい。雑談はその辺にして、ハーフタイムも終わっちゃいますんで本題をお願いします。一応、仕事で来てること忘れないでくださいよ。支援物資は、予定通りなんですよね?」
「ん? ああ、大部分はそうだな。でも、オッス君とサッツちゃんが上手いこと捕まったから、予定よりも早く着くんじゃないかな? わしらも先触れ名目で少し早めに出発した程度だから、日暮れまでには着くんじゃないか?」
「何だ。あの2人も来てくれるのか。じゃあ、安心だ」
オッスとサッツは流れのAランク冒険者なのだが3年ほど前に出会った仲だ。その際、オッスの問題解決を手伝ったことで妙に懐かれ、アシュトルグランの王都に寄ることがあればジャッドナーのクランハウスを利用することが多いのだ。
今回は、たまたま王都に向かう途中の城郭都市ヨンモンでばったり再会したとのことだった。
「それで、ハーフタイム中って、今は何の試合やってるんだ?」
「もう最後のエキシビジョンマッチですよ。町の選抜選手とオレ達でガチンコバトル中」
「「「な!?」」」
ジャージの返答に、親子3人同じような表情になると、以心伝心なのか目と目を合わせて頷きあうと不敵な笑みを浮かべている。
「な……なんすか? なんか悪いこと考えてますよね?」
「いやー、はっはっは。わしらを除け者にした不届き者に天誅を……じゃなかった。新たなサッカーファミリーの誕生を祝って、町の皆さんを応援しなきゃいけないなと思っただけだよ」
「ちょ!?」
本音が駄々洩れのダビッド家族にジャージも顔を引きつらせるも、好きにさせるしかないと悟り項垂れるしかない。
苦笑いを浮かべる4人だったが、カルカンは思い出したように口を開く。
「そうだ。ぢゃんぼさん。ハーレーからの伝言。昔、スタグルで出したことがあるパイナップルケーキもよろしくね。だそうよ」
「ははは……。なるほど、作れる……かな。わかりました」
パイナップルケーキは台湾土産として有名なのだが、ヴォルッケモンFCに台湾出身の選手が加入したばかりの頃に沖縄のチームと対戦する際、スタグルとして販売した過去があった。
ハーレーはパイナップルがあったことを知って、追加リクエストしてきたということらしい。
「やれやれ。ケーキひとつで機嫌が良くなるなら安いもんだな」
「そうっすね。それより」
「あの人たちの応援が敵に回るのか」
「厄介っすねえ」
残されたジャッドナーの5人は、そろって大きなタメ息を吐き出すのだった。
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