第19話

 上手いこと言い包めたという感覚は否定できなかった。


 実は、町長を含め、町の重役を集めて行われた説明会で女神の遺跡に関する情報は伏せていたのだ。


 今後も秘匿し続けるかどうかは、色々と問題が片付いてからワホマなどギルドと相談してからになるだろう。或いは、ギルドよりも上の機関にまで伺いを立てなければならないかもしれない。シュシュケーに配慮したというのもあるが、単純に歴史的な大発見であるので彼らには荷が重い案件ということも大きい。


 加えて、女神の奇跡が詰まった神秘の名残どころか、ただの慰労施設だった可能性に気づいてしまったことを誰に相談すればいいのかという問題まで抱え込んでしまっていた。


 正直、これ以上かかわりたくない。


 しかし、そうは問屋が卸さない。問題の根源である悪魔が居ついて、霊気を利用して悪さしているからだ。


 どうにか話題を逸らせないかと逃げ帰る途中で話し合った解決策が、祭りの開催だったというわけだ。


 実際、負の感情を抑えなければ悪魔に対処できなくなる可能性がある上に、下位悪霊レッサーデーモンも自然発生してしまいかねない状況であることに変わりはない。


 どの道、今すぐに不安を取り除くことは不可能であるのなら、陽の感情で少しでも相殺するのが常套手段であることに偽りはないのだ。更に、問題を解決するには先遣隊である彼らだけではどうにもならず、援軍の到着を待たなければならない実情もあった。


 その時間稼ぎもしなければならない。



 ……と、ここまでは事前に打ち合わせたところに落ち着いた。



 問題は、肝心の祭りの内容だったのだが、そこも含めて上手いこと言い包めることに成功したのは想定外だった。


 収穫祭をやれる状況ではないことはわかっていた。


 何しろ、不作の直接的な原因である長雨をどうにかするのが彼らに課せられた使命の一旦だからだ。むろん、悪魔を直接どうこうできる実力はないので、代案でどうにかする予定になっている。


 思惑通りに事が運べば、問題は全て解決できる算段ではある。あるのだが、不確定要素も多分に含んだ作戦であるので絶対とは言い切れない。


 とにかく、この状況で収穫祭はできない。


 この世界の感謝祭は、基本的に収穫祭と同義なので同じくできない。


 豊穣祭も収穫の時期にやるものではない。基本的に豊穣を祈願して種まきの前にやるのが一般的だからだ。


 生誕祭ならどうだろかと話し合ったのだが、アルティアーナの生誕を祝う風習はなかったのである。そもそも、アルティアーナに祈りを捧げるのは毎日のことなので日常生活の一部となっている。今更大々的にイベント化するものではなかったのだ。


 そうして色々頭を悩ませた結果、途中でジャージも考えるのが面倒臭くなってヤケクソ気味に提案したのが体育祭であった。



「タイイク祭? ですか?」


 もちろん、そんな祭りがリトガで行われているはずもない。学校があるのは都市部に限られる上に基本的に通うのは富裕層がメインだ。庶民には縁のない、というほど狭き門ではないにしても、マミの町では週に2回程度読み書きや計算といった最低限の授業が行われているだけであった。これも義務教育ではないので出席は各家庭の自主性に委ねられている。


 ちなみに、この世界の暦はチキュウと似たような周期だが呼び名は違う。


 正確には違うはずなのだが、アルティアーナが翻訳をチキュウベースにしてくれたおかげでジャッドナーの中では慣れ親しんだ呼び名で成立しているので気にしたことはない。


「そう。体育祭! 女神アルティアーナ様から頂いた魂と肉体の成長を喜び、更なる成長を願う崇高なお祭りです!」

 完全に口から出まかせであるのだが、効果てき面であった。


「おお! そのような祈願祭が……。して、何をするのでしょうか?」

 ジャージがテキトーなことを話していることなど知るはずもなく、町長は期待のこもった視線を向けてくる。


 その純粋な目に後ろめたい感情が芽生えるも、口実など何でも良いと割り切ることにする。


「何。簡単なことです。日頃鍛えた肉体で競い合う姿を女神様にご覧になっていただくだけですよ」

「競い合う? しかし、この町の住民は農民がほとんどでございます。戦いに長けた者も居るには居ますが、アルティアーナ様にご満足いただけるような猛者はおりませぬぞ」

 ジャージの言葉に、町長は反論して項垂れる。


 この世界で競争といったら、闘技場で行われる武闘会と相場が決まっている。タチが悪いのが、この世界には回復魔法どころか蘇生魔法まで存在するので地域によっては本当に殺し合いの戦いが繰り広げられているほどである。


 そして、困ったことに本気の戦いこそ崇高であるという思想も根強いため、格式が高いとされているのであった。


「あー、いえいえ。そんな血生臭いもの見せられても女神様もドン引きでしょうから、もっと誰でも楽しめる方法があるんですよ」


 ここまで聞いて、シュシュケーだけはジャージが何を企んでいるのか悟ることになる。しかし、ハラハラしながらもそれを口にすることはない。


「サッカーというスポーツがありましてね。ちょっと天気が悪いとはいえ、命なんかかけなくたって大興奮できる上に老若男女無理なく楽しめる素晴らしいものなんです。最初に簡単なルールを覚える必要はありますが、ちょっとした広場さえあれば後の準備もさほど時間もかからないで開催できますよ」

 ジャージを始め、ジャッドナーの面々は満面の笑みを浮かべてサッカーの魅力を語り始めるのであった。

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