第20話
体育祭の開催が決まってからやることは多かった。
しかし、これは良い方向に進む。誰もが長雨に塞ぎ込み、悪魔の存在に怯えていたのだが、それもこれもやることがないせいという部分も大きかったからだ。
狩猟や魔物討伐を行う者もいるにはいるのだが、マミの町の住民は町長が話した通り大部分が農民である。
この地はアペルナ山に住まう大精霊の加護によって温暖な気候が維持されている。
ただ、大精霊はその地に暮らす者に対してまで加護を与えているわけではないので天使や悪魔の活動に対して干渉することはない。
もしかしたら悪魔の所業に不快感を覚えているかもしれないが、直接被害を被ることがない限りは我関せずを貫く存在である。
悪魔と同じように超長期の利害で独自に暮らしているので、数か月程度の雨では悪魔を排除しようと考慮することはないはずだ。
マミの町の住民も、アペルナ山に崇拝に近い感情を持ってはいても、お供え物をするとか祈りを捧げるということもあまりしない。それこそ、新年の挨拶を兼ねてお祭りを執り行う程度だ。
女神アルティアーナよりも直接的な恩恵を受けている分、感謝の度合いは強い傾向にあるが、それでも信仰するまでには至っていないのである。
というのも、安定した霊気を生み出すには人の手による循環も欠かせないからだ。言わば、持ちつ持たれつの関係でもあると言えよう。
要は、悪魔を超える力を持った大精霊がいても何もしてはくれないということだ。
雨は降り続くし、日の光がなければ作物は育たない。
そのくせ雑草は生い茂るので苦労だけが増えていく。
収穫は微々たるもので、蓄えは減っていく一方。
その上、その原因が恐怖の権化である悪魔となれば町を捨てたくもなるものだ。しかし、移住を決断しようにも当てなどない者がほとんどである。あっても移住先での生活が保障されているはずもない。
そもそも、住民の構成が多種族であるのも、このマミの町は様々な理由から行き場を失った流浪の民が集まって形成された歴史を持つからなのである。
雨雲を見上げながら考え事をしていても、タメ息と鬱々とした感情が湧き出るばかりだったのだ。
そんな時に降って湧いたのが体育祭開催の知らせであった。
主催は町の自治体なのだが、その手伝いで王都からやって来た奇妙な冒険者が走り回っていた。
「体育祭? サッカー?」
町長に限らず、全ての住民が耳にしたことのない言葉に首を傾げるも、ジャッドナーが精力的に動き回ることで徐々に盛り上がっていく。
彼らが来た翌日にパフォーマンスを見せていたことも大きかった。
スポーツに馴染みはなくとも、あの和気藹々とした空間によって落ち込んでいた町の雰囲気が一時的にでも和やかになったのは紛れもない事実だからだ。中には、ボールを自作して仲間内で同じことをして遊んでいる者さえいたほどだった。
状況が状況だったせいで塞ぎ込んでいる者が多かったが、生来陽気な性格の者が多い草食系の獣人が多く暮らしている。お祭りと聞いて浮かれるなという方が無理な話だった。
また、この世界で細々とサッカーの普及に努めていたジャッドナーのメンバーにとっては慣れたことでもあった。
町を人口比に合わせて2つにわけて、その中で年代ごとにチームを編成し年代に合わせたルールを適用させる。
広さであったり、オフサイドの有無であったり、バックパスの有無であったりだ。そもそも、厳密にルールを適用させるつもりもなかった。
大まかに手を使ってはならない。魔法を使ってはならない。危ないことをしてはならない。といった部分だけ徹底するに留めていた。
チーム編成によっては走ってはダメというルールなども追加される。また、交代人数の決まり事もカテゴリーによっては制限はあるものの入れ替わり自由にすることにしていた。
それは、誰が参加しても楽しめるようにという配慮からである。
ボールはツン姉の魔法で作り出し、他に必要なものはゴールくらいものであるというのも手軽に実施できる利点であった。
この道具がシンプルというのも、スポーツの中でもサッカーを普及させようという結論に至った理由のひとつだった。単純にジャッドナーのメンバーがサッカー好きというのが根本にあるのだが、他のスポーツだと種族間の体格差をどうやってルールに取り入れるか悩ましい問題が発生したのだ。
野球やラグビーなどのボールを投げる競技の場合は同じ大きさのボールを使うと小人族では大き過ぎるし、巨人族では小さ過ぎた。バレーやバスケットではネットなどの高さをどうすれば良いのか答えが見つからない。
サッカーもボールの大きさに扱いやすさの種族差があるとはいえ、他の競技に比べると幾分マシだった。
それでも全員がプレイヤーとして参加できる訳ではない。
さすがに盛り上がり過ぎると悪魔を刺激してしまうかもしれないからだ。
場合によっては盛り上がり過ぎて悪魔が逃げ出す可能性もなくはないのだが、居座っているのが女神の遺跡であることもあり、どちらに転ぶか予測できないというのが本音である。
どちらに転ぶかわからないのであれば安全策を取らざるを得ない訳で、そのため体育祭は3日が限界であろうという結論に達していたのである。
そうなると大規模な照明施設のない町では1日に3から5試合が限界であり、小さな町とはいえ大半の住人がプレイヤーとしては参加できないことになる。
しかし、その状況こそジャッドナーの本領発揮となる。
何しろ、彼らはサポーターが本業。
「体育祭で女神様に奉納するのは、何も競い合う姿だけじゃないぞ! 戦う者に祈りを捧げることで、女神様への感謝もより一層高まるというものだ! それすなわち、応援することも体育祭を成功させるためには不可欠なものなのだよ!」
と、これまた口から出まかせで住民を巻き込んでいく。
そうして全ての住民が何かしらの役割を持って体育祭に参加することになっていた。応援する者、応援される者、運営する者、商売する者、などなどなど、それぞれの思惑が渦巻く中、知らず知らず歴史を作り出すことになることを、この場の誰もが知らぬまま当日を迎えることになるのだった。
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