第1節 ハーフタイム
第18話
「ああ、良かった。無事に戻ってこれたんですね」
町が見えてきた所でシュシュケーが落ち着かない様子でウロウロしているのを見つけて合流することができた。
自分で調査を急かした手前、彼らの安否が気になって仕方なかったらしい。
シュシュケーとしては遺跡で別れてから3時間と経っていないというのに、ずいぶんと待たされた感覚だったが相も変わらずユルイ雰囲気の4人を出迎え気が抜ける。
「こんな雨に濡れる所で待ってなくても良かったのに……。まあ、でも、ただいま。何とか生きて帰ってこれたよ」
途中までは駆け足だったが、安全圏と思われる場所まで逃げ込むことに成功してからはのんびりしたものだ。
「その口ぶりだと、悪魔を見つけることもできたのですか?」
正直、シュシュケーとしては悪魔の確認は重要なことではない。それでも、立場上知っておかなければならない。
「詳しい話は町長さんも交えてするけど、いたぜ。まだ成長途中みたいだから今すぐ町を襲い始めるってことはなさそうだが、手に負えるレベルじゃないのもわかった」
「それにしても、大変だったんだよ? シュシュケーが事前に調査してくれてなかったら、こんなに早く帰ってこられなかったよ。いや、下手したらマジで帰ってこられなかったかもね」
シュシュケーの姿を見たこともあったが、町に戻れたというもあり4人の緊張感は緩和された。いや、悪魔を振り切った時からだいぶ緊張は解けていたのだが、それでも一仕事終えた感覚があったのだ。
悪魔と直接対峙した時間は長くはない。それでも胸を撫で下ろす。
今日も生き残った、と。
むろん、この世界には魔法が存在する。思い描いた事象を何でも再現できるような便利なものではないが、確かに不思議な力が存在する。
その中には、蘇生魔法も存在する。
死者蘇生の奇跡。しかし、それも万能ではない。
不慮の事故などで肉体が大きく損傷したというケースであれば余程時間が経過していない限り成功する。肉体の破損を修復することで魂を再定着させれば良いだけだからだ。
それもあって、大掛かりな手術も行われている。
ただ、これはかなり大雑把な処置である。機能不全の箇所を切り取り回復魔法で復元するという強引な治療方法だ。
それでも、どんな病気でも治せるわけではない。癌などが良い例で、これは魂まで蝕むため癌に侵された部位を取り除いて回復魔法で修復しても癌細胞もそのまま復元されてしまうのだ。
蝕まれた魂を治療する方法は今のところ見つかっていない。
いや。それは生命のサイクルに反する行為なので不可能なのだろう。
魂を鍛えることで死を遠ざけることはできても、死を克服することはできないのだ。
何はともあれ、彼らは悪魔の脅威から逃れることに成功した。
それがこの日の最大の成果なのだ。
「やはり、目撃情報は間違いなかったのですな」
一度宿に戻り、ぢゃんぼと合流した後に食事を済ませ、いくつか情報を整理してから町長に報告するために訪れていた。
町長も報告を聞く前から長雨の原因が自然災害ではなく悪魔の仕業であることは覚悟できていた様子だ。シュシュケーだけでなく、他の住人からも悪魔の目撃情報が上がっていたのだから否定する必要も意味もない。
「ギルドから発行されている受注書の想定よりは悪魔の階級は下みたいですが、それでも我々で今すぐ撃退できる相手ではないですね。幸い、悪霊を従えている様子もなければ発生する気配もありませんでしたから、雨以外に直接的な影響はないと考えています。まあ、悪魔は気まぐれなので、絶対とは言い切れませんが」
ジャージの説明に町長は硬い表情を崩さない。
シュシュケーと同じく羊人族であることから表情の変化を理解するのは難しいのだが、それでも落胆していることは察することができた。
その後、いくつかの質疑応答が行われ、最終的に町長は困ったように声を絞り出した。
「それで……。我々はどうすれば良いのでしょうか?」
頼りにしていた冒険者の派遣。それは叶ったのだが、肝心の悪魔を退治できる実力を持つランクの者達ではなかった。もちろん、最初から望みが薄いことは重々承知していたのだが、藁にもすがる思いだったのだ。
打ち砕かれたわけでもないのだが、問題が解決されたわけでもない。
結局は、現状維持。
このまま耐え忍ぶのにも限界がある。
どうすれば良いのか途方に暮れるのも仕方のないことだ。
しかし。目の前に座る奇妙な質感の服を着た男から返ってきた言葉は予想外のものだった。
「じゃあ、まつりでもしますか」
ジャージは事もなさげに答えていた。それが真理とでも言うほどのあっさりした口調で。
「マツリ?」
町長も、自分の知らないマツリという言葉が存在するのか、それとも何かの隠語だろうかと訝しがる。
「あれ? シュシュケーの話だと長雨の影響で収穫祭が延期されてるって聞いてたんですけど」
これに町長もようやく合点がいく。マツリとは、そのまま祭りだったのだと。
「いや。確かに延期されたままですが……」
戸惑うのも無理はない。人類の脅威である悪魔が身近に潜んでいることが正式に確認された直後なのだ。
ところが、この町長が言い淀んでしまった意味をジャッドナーのメンバーは取り違えてしまう。
「ジャージさん。この長雨で収穫量が落ち込んでるからボク達が呼ばれる羽目になったんすよ?」
「そうだよ。収穫祭はダメでしょ」
ノブとツン姉の的外れな意見が飛ぶも誰も正確に事態を理解している気配はない。
「えー? 祭りするのに大義名分なんて何でも良くない? 豊穣祭でも感謝祭でも復活祭……はリトガだと意味不明か?」
「いや。豊穣祭って収穫時期にやるものじゃないだろ。感謝祭も誰に対する感謝なんだよ? 来シーズンに向けてファン感謝祭は企画段階だけど、ここでやるわけにもいかないだろ」
と、この場に集まった町の関係者を置いてきぼりにしたまま議論が始まってしまう。これにツッコミを入れたのは、シュシュケーであった。
「いや。皆さん、町長が言いたいのは、祭りをやっている場合ではないのではないか? ということなのですが……。悪魔に狙われている今、敢えて祭りをやる意義を教えて頂けないでしょうか?」
これにジャッドナーの面々はそろってバツの悪そうな表情を作る。
「あ……はははは。ごめんごめん。伝わってませんでした? けっこう単純な話ですよ。悪魔は人の負の感情をエネルギーに育ちます。今は長雨の心労に加えて、悪魔が近くに潜んでいるっていう事実そのものがマミの住人の不安を煽っています。これが強まるほどに悪魔も強さを増すことになる。それを遅らせるには、陽の感情を強めれば良いって話で、大々的に増やすには祭りが手っ取り早いってことなんですよ」
ジャージの説明で、ようやく町長も納得してくれたのであった。
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