第17話

「上手くいったか?」

 ジャージは広いとは呼べない空間に走り込んできた3人を確認するとボタンを押しながら魔力を込める。急いでいることもあるが、単純に魔力のコントロールが下手なせいで手間取るものの練習の成果もあって上手く反応してくれた。


 隣ではツン姉も同じような操作を行っているが、こちらは問題なくスムーズに終了している。


「大丈夫。ちゃんと食いついたままっす」

 ノブはスキルの効果が切れていないことを確認すると自信を持って答える。


 ここは遺跡の中心に近い。


 知らなければ行き止まりにしか見えない位置。


 彼らも知っていたわけではない。


 しかし、この水準の建物であれば、ない方がおかしいと探した結果、見つけることができたのだ。



 4人を乗せた箱はジャージによって魔力が込められたのを確認したように動き始める。彼らの知っているソレよりもずいぶん静かで滑らかな垂直移動。


「いやー。このエレベーター快適っすね」


「天使も地上で活動する時は人間と似たような能力値らしいから、あるとは思ってたけど動いてくれて助かったぜ」


 最下層の銭湯ゾーンから一気に出入口のある1階までショートカットすることに成功した。


 移動を繰り返し入り組んだ場所までおびき寄せたのだ。この遺跡に精通している悪魔とて転移魔法を駆使しても遺跡内で追いつくことは不可能であろう。


 再三説明しているが転移魔法は便利ではあるが使い勝手の良いものではない。


 悪魔であっても発動させるのに時間を要するし、転移した後も動けるようになるのに時間を要する。それが例え数秒から数十秒のものであっても今の状況を考えればじゅうぶん過ぎる時間となる。


 想定外のことが起こるとしたら、爆速で階段を駆け上がってくることだが、悪魔の性格を考えると可能性は極めて低い。


 そこまで獲物に執着しないからだ。


 ノブのスキルが切れてしまえば追走を諦める公算が高い。



 ――全てはエレベーターを見つけることができたから可能になった作戦だった。


「エスカレーターがあるからあるとは思ったけど、本当にあったわね」


 霊気が安定しているとはいえ、機能はすでに停止していた。そのため、シュシュケーだけでなく悪魔にとってもただの階段でしかなかった。しかし、ジャッドナーの面々にとっては見慣れたデザイン。


「女神様のおかげで文字が読めるようになってるのもありがたい」


 言語の壁を感じることなく生活できたのは肉体改造の一環だった。女神の加護の一部と言った方が正しいだろうか。


 女神の記憶に連なる言語であれば古今東西を問わずに理解できるようになっている。とはいえ、それを世間に公表することはない。


 秘密にしているわけでもないのだが、積極的に喧伝する必要も感じていない。正直に言えば面倒臭いことになりそうなので知らぬ存ぜぬを貫いているだけだ。


 その最たるものが、女神語とでもいうべき古代文字の判読。


 女神と天使以外で使える者がいないために各地に残る遺跡の調査も捗っていない原因になっているのだが、ジャッドナーの面々も使うことができるのだ。


 これは女神のうっかりというべきか、最初にリトガで接触したのがアルティアーナであるので最初に修得した言語も彼女の使う言語となってしまった経緯がある。


 ただし、今回はおかげでエレベーターを見つけることに役立った。


 何しろ、チキュウのエレベーターと違い、ここにあるエレベーターの扉は見た目だけなら完全に壁と同化してしまっていたからだ。


 そこにエレベーター特有の上下のボタンと階層が表記されたパネルが併設されていなければ彼らも見つけることは無理だったかもしれない。


 ただ、そこからが大変だった。


 エレベーターの仕組みそのものは知っているものと大差ない様子だったのだが、まずは扉の開け方がわからなかったのだ。


 ボタンを押して待っていれば良いというものではなかったのである。


「動力が生きてないっていうより、カラオケもそうだったけど魔力を使って霊気を動力に変換させないと動かないっぽいね」

 あれやこれやと試行錯誤してみた結果、ツン姉が気づいたのだ。


 実を言えば、ここまでは順調だった。


 問題は、悪魔をこの近くまでおびき寄せなければならず、そうなるとエレベーターの操作をヒーラーであるツン姉が担うわけにはいかなかった点だ。


 というか、スキルの関係でノブは確定。

 不測の事態に備えてヒーラーは外せない。

 更にヒーラーを守る盾役であるテッペキも同行しないわけにはいかなかった。

 このスリーマンセルは崩せない以上、エレベーターの操作はジャージがやらざるを得なかったのだ。


 もちろん、彼は魔力の操作は得意ではない。


 乗り込んだ後にツン姉が操作すれば良さそうな気もしたのだが、扉の開閉と垂直移動の操作は手分けして行った方が良いだろうという結論になっていたのだ。そうなると、扉の開閉に手間取るわけにはいかないからと役割が決まることになった次第である。


 作戦決行までに時間が必要だったのは、単純に悪魔がレッドラインを超えるのを待たなければならなかったというのも大きいが、ジャージがエレベーターの操作を手間取らずに行えるようになるのを待たなければならなかったからなのだ。


 しかも、予行演習として実際に動かしてしまうとエレベーターの存在が悪魔にバレてしまう可能性もあるため、一発勝負で成功させなければならないというのも緊張感を高める要因であった――。



「一番面倒臭いのは、遺跡を出た所で待ち伏せされていることだが……」


 長い通路を駆け抜け、振り返ることもなく脱出に成功した所で警戒を外に向けるも、重苦しい空気から解放された感覚の方が強かった。


「悪魔のことだから俺達がどうやって逃げたのか調べてるんじゃないか? 悪魔ってのは好奇心が強い生き物なんだろ?」

 ジャージの懸念を理解し、テッペキもいつでも仲間を守れる準備をしているが雨が降り続いていること以外に不快感はなさそうだった。


「アタシもテッペキさんの意見に賛成。でも、そうなると、同じ手は使えないから遺跡内の調査を再開させるのは無理でしょうね。まあ、今回の目的は達成したから、もう入る必要もないけど」

「そうそう。悪魔の存在が確認できたんだから、大成功ってことで良いんじゃないっすか?」

「それもそうだな。とりま、さっさと逃げようぜ」

 そうしてスタコラサッサとマミの町へと逃げ帰る4人なのであった。

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