第15話
『手筈通り行こう』
インカムからジャージの声がかすかに流れてくると、他の3人は手短に返答する。
通信魔法のようなものはない。
しかし、通信手段がないわけではない。
この辺の魔導技術はドワーフを中心に発展しており、動力源を魔石に頼る形でけっこう発達している。技術的にチキュウとリトガで全く同レベルのものもあれば遅れているもの進んでいるものと様々だが、トランシーバーのような通信機器はだいたい同じ使い勝手のものが普及している。
違いがあるとしたら最初に電源を入れる代わりに魔力を込めて周波数のようなものを相互に合わせなければならない点で、これを設定するのに彼らは手こずるということくらいだろうか。
サイズ的には片方の耳に差し込む程度のもので、イヤホンとマイクが一体化したデザインになっている。だいたい指一本程度の大きさだろうか。これに激しい動きに対応するように耳に固定するリングが取り付けられている。
これは、ジャッドナーが飛ばされた際に所持していた私物のワイヤレスイヤホンを参考にデザインされたもので最近になって実用化されたものだ。
小型化した弊害で品質が均一ではない魔石を使わざるを得ないため使用時間がネックになってしまうのだが、今回の場合は短時間でも持てば問題ない。
何しろ、長期戦になったら負けるのは彼らだからだ。
まずは退路を確保する。
そのための作戦で、どうしても連携が不可欠なだけである。
牽制程度の攻撃しか仕掛けなければ、悪魔としても本気で反撃はしてこないだろう。そこが付け入る隙となってくれるだろうと期待して動くしかない。
最初に動いたのはノブだ。
いつもは首に下ろしているヘアバンドで髪を押さえつけ、集中力を高めるように視界から邪魔になるものを排除する。
「ほい」
準備が整ったのを確認するよりも先に、ツン姉は魔法によって弾を作り出しノブに手渡す。
弾と表現するも、ひとつは完全にサッカーボールのそれだ。
ノブは無言で弾を受け取ると、直線距離で50メートルほど離れた位置でこちらを窺っている悪魔目掛けてシュートを放つ。
一直線とはいえ広くはない通路。
そこをボールは真っ直ぐ悪魔に向かって迫っていく。
「いつ見ても惚れ惚れする軌道だねえ」
ノブとツン姉の間でテッペキは感心した声を発する。
とはいえ、目立つ。
隠密行動ではないので攻撃もバレバレであるので悪魔も即座に反応した。
――が。
〔!?〕
飛んできたボールを軽々と払い除けた直後である。
小さな金属塊――形状としては弾丸――がボールに隠れる軌道で撃ち込まれていたのだ。
ツン姉が創り出した弾は2種類。
ひとつがサッカーボールであり、悪魔に対しては殺傷能力はないに等しい。とはいえ、無害でもない。
内部に霊気の流れを乱す魔法金属の粉末を仕込んであり、目標物に到達したタイミングを見計らってツン姉によって破裂させられた。この魔法金属は事前に準備して持ち歩いている物で、その場で作り出せるような代物ではない。
持っているだけでは効果のない金属の粉末だが、周囲に飛散することで霊気の流れを阻害する効果あり、故に悪魔が魔法を使うのを阻害できれば儲けものだ。これは閉鎖空間で使ってこそ価値のある効果を発揮するので、今回のようなその場しのぎの状況で軽々に使える代物ではない。
それでも、やはり動かずに居座られるとマズイのは自分達である。
少しでも悪魔が嫌がってくれたら儲けものだ。魔法金属を悪魔のもとに届けるのに、サッカーボールは非常に勝手が良かったのである。
また、敢えて見つかりやすいサイズのサッカーボールを初弾で放つことで、連続して放たれるバレットタイプの殺傷能力の高い形状の弾を隠す目的もあった。
ボールを50メートルもの距離をキックで正確に狙う。広いグラウンドであれば超絶難易度というほどでもない。ノブほどのキック精度を持つプロ選手であれば、高い確率で的に当てる程度のことはできるものだ。
しかし、ここは屋内。放物線を描いて狙うことはできないとなると難易度は跳ね上がるというものではない。何しろ、センターサークルからゴールまで放物線を描かずにシュートを届かせるなど、まず無理だからだ。
これを可能にするのが、ノブの持つスキル〈ボランチ〉の能力だ。
彼の得意とするポジションの名そのままだが、舵取りを意味する。そういう意味ではスキル名としては不釣り合いなのだが、性能は抜群だ。
もともと彼のキック精度はプロの中でも高い方なのだが、その精度を極限まで高めることができるのである。
そして、能力はそれだけではない。むしろ、コチラの方がスキルの根幹となる能力と言えよう。
「食いついた!」
突然の攻撃を受け、悪魔はわかりやすく形相を崩し憤怒を表現してコチラに迫って動き出したのだ。
ノブのプレースタイルを踏襲したスキルも併合しているのである。これが効果てき面なのはありがたい反面、当然のことながら悪魔もきゃっきゃうふふと追いかけてくるわけではない。
移動を始めたのと同時に魔法を発動させ何かをコチラに向けて放ってきたのだ。
「痛ってぇぇ!」
それは最初の一撃で仕込んでおいた魔法金属によって阻害され狙いは狂い壁を破壊するに留まる。それでも下級とは言えさすがは悪魔の放つ魔法であるので、完全には妨害できずいくつかの攻撃が3人に迫ることになってしまった。
むろん、それも織り込み済み。
3人は悪魔が動き出したのに合わせて逃げ始めていたのだが、殿を務めるテッペキのスキル〈セービング〉によって大部分が防がれる。
彼の装備しているグローブも女神の加護が込められた神器であり、スキルと併用することでグローブで防いだ攻撃は無効化できるだけでなく、跳ね返すことも可能であった。スキルの派生で〈パンチング〉もできるのだが、何でもかんでも跳ね返せるわけではない。
「ちっ。ハズレか」
雨雲を常時発生させているからか、咄嗟に放たれたのは水ツブテであり受け止めると同時に飛び散り霊気となって消失してしまったのだ。
「テッペキさん、血が!」
守られながらも背後を気にしたツン姉によって即座に回復魔法を展開しよとするも制止される。
「いや! かすり傷だから今はイイ! 見た目からしてアジリティが低いデカブツかと思ったが、思ったより動きが速い。俺に構うよりもノブに弾を作ってくれ!」
悪魔も遺跡内の構造は把握しているはずで、彼らを簡単には追い込めないことも理解しているだろう。しかし、簡単ではないだけで不可能なわけではない。
特に、悪魔も何かしらスキルを持っている可能性が高いため、未知の能力であった場合は対処できずに呆気なく詰んでしまうこともあるだろう。
唯一の退路から移動させることに成功したことは作戦の第一段階としては上々の成果とはいえ、遺跡の奥まで引きつけ、その上で悪魔よりも先にこの場所に再び戻って来なければならないのだ。
成功率を上げるためにも、一定の距離は保たなければいけないのである。
「わかった!」
テッペキの指示に従い、ツン姉は並走するノブに先ほどと同じ弾丸状の金属塊を手渡す。
「スイッチするっすよ」
弾丸を受け取ったノブは簡潔にテッペキに指示を出す。
「了解!」
テッペキが返事するのと同時にノブは急ブレーキをかけたかと思ったらテッペキとぶつかる。しかし、互いに位置を入れ替えるような衝突の仕方でノブはテッペキを支点にしてクルリと反転しながら中空に弾を放り投げると器用に蹴り飛ばしていた。
狙いを定める時間などなかったはずなのだが、弾丸はキレイに悪魔の眉間目掛けて飛んでいく。
これはスキルの恩恵によるものだけでは不可能で、ノブの持つ生来のセンスがなければ不可能な芸当だ。
〔鬱陶しいですねえ〕
悪魔としてもノブの攻撃は厄介なようで、完璧に避けることはできずに掠ってしまっただけでなく、避けるのに気を取られて態勢も崩してしまっていた。
「今の内っす」
相手の動きが止まったのを確認して、ノブは先を走る2人に追いつきながら階下へと向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます