第12話
「ツン姉! スカウティングできた!? 何か、カマキリとゴリラが混ざったみたいな気持ち悪いヤツだったけど!?」
必死に走りながらもツン姉を守る陣形は崩さない。ジャージは先頭を走りつつ遭遇したのが悪魔だったと確信しながら問いかけていた。
ぢゃんぼが女神からユニークスキル〈鑑定眼〉を開花させてもらったように、ツン姉もユニークスキルを持っている。
それが〈スカウティング〉だ。
ツン姉のスキルは戦力分析に長けており、その延長で霊気の感知に優れているわけだ。ただ、彼女のスキルはあくまでも〈スカウティング〉に重きが置かれたものであるため対象が保有する魔力量といったサッカー選手にあまり必要ない部分の感知精度は高くない。
それでも戦闘において敵戦力をある程度は事前に把握できるのは非常に有用であることに変わりはないだろう。
「チラッとしか見れなかったから精度は低いけどできたよ。
天使に階級が存在するのと同じように、悪魔にも階級が存在しているようだ。
天使と悪魔は不滅の存在であるのだが魂が破壊されると一時的に消滅してしまう。それでも、普通の生物と異なり魂そのものが消滅するわけではないため時が経てば修復され復活することができるのだが、魂のレベルが元に戻るのには更に時間が必要になる。
悪魔だけでなく、ナンバーズと呼ばれる最上位天使以外は大抵の天使が消滅と復活を繰り返している関係で天使と悪魔の勢力図は日々変化していく。
同じ悪魔でも中級悪魔であれば事前にしっかりと対策を立てることができればギリギリBランクの冒険者でも対処できる範囲ではあるのだが、今回のような情報に乏しい状況で対抗できるのはAランク以上のパーティかSランクの冒険者が妥当なところだ。
エルフのベテラン冒険者であればBランクでも対処可能だろうが、それも長命種という特殊性があればこそである。
「雨を降らせ続けることができる時点でSランクの中級以上を想定してたんだろうけど、そこまでの脅威ではなさそうっすね。とはいえ、下級悪魔でもやっぱりボク達だけだと荷が重いっすよ。どうするっすか?」
ノブはセリフとは裏腹に緊迫感のない声で周囲を警戒するも、ジャージは深刻そうに返答する。
「いや。それよりも重大な問題がある」
「何っすか?」
「この先に出口がないから上手く立ち回らないと遅かれ早かれ詰む」
奥に向かって探索を開始した矢先に背後を取られてしまったのだ。咄嗟に逃げ出したものの、逃走経路を失ってから追いかけられるパターンは想定外であった。
「っていうか。いつの間に悪魔とすれ違ったんだ? 拠点を転々とすることはないはずだろ?」
テッペキも事の深刻さに気づき疑問を口にする。
じわじわと精神的に追い詰めていくのは悪魔の得意とするところである。現状、袋のネズミ状態に期せずして陥っていることを鑑みるに、非常にマズイ状況であることは簡単に理解できた。
しかも、事前にシュシュケーに遺跡内部の情報を教えてもらっているとはいえ、初見であることに変わりはない。言わば、相手のテリトリー内で鬼ごっこに勝利しなければならなくなったのだ。
幸い、遺跡内部は崩壊が進んでいる箇所もあるため複雑にルートが枝分かれしている関係で完全に詰んだ状態ではない。霊気も豊富なことから、味を気にしなければ最低限の食事も魔法でどうにかできる。
「気配を感じたのと威圧感に襲われるのにタイムラグがあったから、転移魔法を使ったんじゃないかな。肉体に魂が馴染むまでは動けないおかげで逃げられたんだろうから」
悪魔の転移魔法については不明な部分も多いが理論的には同じであろうことはわかっている。肉体のコピーを創造し魂を移植する。
いかに魂が高速で移動しようともラグは生じる。更に肉体に魂がインストールされるまでにも時間を必要とするので転移直後に攻撃を仕掛けてくるといったことは不可能なのだ。
「とりあえず普通の魔物と違って反射的に追いかけてくるようなことはないみたいなのが救いだな」
ジャージは悪魔の気配が薄れたことで背後を窺う余裕も生まれ、逃走の速度を緩めるも全方位に神経を張り巡らせるのは変わらない。
シュシュケーの調査の通りの位置で階段を見つけ駆け降りる。
意図的に階下に向かったわけではなかった。
全体的に状態の良い遺跡であるとはいえ「遺跡にしては」という条件においての話であり、霊気の巡りが安定しているとはいえ不変であり続けることはあり得ない。そのため、安定しながらも所々乱れている場所もあり、アチコチに不具合が生じているのだ。
たった今駆け降りた階段も下にしか続いていなかったのである。しかも、途中の階に出ることはできず、一度最下層まで降りることで途中のフロアに寄れる別のルートに向かうことができるようだ。
「ここは足場が悪いながらも広場になっているはずだから戦うとしたらここなんだけど……って。これって……」
階段の途中で悪魔に追いつかれてしまってはまともに戦えないのは自明の理。
そもそも、天使が階段を使うのかという疑問も起こるかもしれないが、天使も悪魔も地上で活動するには本来の姿では不向きであるため肉体を得てのものとなる。
天使は市井に紛れて活動することも多いため、本気で隠れられると普通の人族と区別するのは同じ天使でなければ不可能とまで言われるほどだ。
では、悪魔の中にも人に紛れて悪巧みする者もいるのではないかと不安になるかもしれないが、それは無理らしい。
どうやら、神の系譜がアルティアーナとデスムドーラで異なるため、デスムドーラの系譜では人族の姿になれないのだ。
そのため、悪魔は異形の姿にしかなれないのである。
それでも、人族とは違うだけで肉体を持つ。この階段を悪魔も使うのだ。
今は悪魔からどう逃げるかを考えなければならないのだが、またしても既視感のある景観に足が止まってしまう。
「カラオケの次は銭湯っすか」
ノブも今度は一目で既視感の正体に気づく。
正面の大きな壁に富士山ではなくアルティアーナの肖像画がドーンと描かれているのは壮観で、これがシュシュケーの話していたアルテレード大神殿にあるのと同様の肖像画であるのだろう。
しかし、荘厳な雰囲気とは裏腹に、お湯こそ張られていないものの肖像画の前には質素な大浴場と思われる囲いが作られている。
「この風呂釜、どこからお湯を引き入れてるんだ? っていうか、そもそも天使って風呂に入るもんなのか?」
蛇口と思わしきものが見当たらない上に排水溝もなさそうだ。それでもテッペキに限らずニホンジンとしての本能のような部分がココが風呂場であると告げていた。
「いや、それを今調べてる余裕はないわよ」
「そりゃそうか。シュシュケーのマップだとこのフロアから上に向かえるルートが、今降りてきた階段を含めて3つあるんだったよな」
ツン姉のツッコミで握りしめたままだったマップのシワを伸ばす。予備のマップも持ってきているが、これが生命線となり得る以上は安易に破棄はできない。
「じっくり吟味してる時間はないけど、今のうちにプランを立てないとな」
ジャージもある程度は頭に入っているマップを覗き込みながら口を開くも、横からノブが問いかける。
「前後半何分を予定っすか?」
これにジャージは虚空を見上げながら思案気に答える。
「できれば45分プラスのアディショナルタイム10分以内で逃げ出したいかな。メンバー交代もできないんだ。後半まで一気に、ってのは勘弁して欲しいかな」
「前半はやり切るんだ?」
「いや、できれば途中退場したいところだけど、最短ルートは悪魔に塞がれてる可能性が高いんだ。他のルートで脱出を試みても待ち伏せされてないとは限らないからな。というか、アイツが追ってこないことには出口を塞がれたままってことに変わりはないはずだろ?」
「悪魔もその辺はわかってるだろうから、あそこから動かない選択肢をとる可能性も高いでしょうからね」
「できれば、プランCくらいまでには脱出成功にこぎつけることができれば良いけど……。最悪、地道にトンネル掘るって……、さすがにそこまで見逃してもらえないか?」
気が滅入る状況ではあるが、ネガティブな感情を膨らませるのは悪魔の思うツボとなってしまうため気持ちを切り替え作戦を練り始める一行であった。
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