第23話

「惜しかったねえ」

 試合を終えたシュシュケーにツン姉が声をかける。


 西地区の選手として唯一、というか両陣営においてゴールキーパーも含めて唯一フル出場を果たしたというのにシュシュケーはまだまだ余裕があるように見えたが、実際は拙いながらも最初から最後まで必死にボールを追いかけ続けていたのだ。


 逃げ足の速さと町一番の疲れ知らずという自己申告に偽りなしのタフさを見せてくれた。


 しかし、結果は西地区が先制したものの後半開始早々に同点に追いつかれ、その15分後に西地区が勝ち越しに成功するも、35分を過ぎてから激しい点の取り合いになり、最終的に4-5で東地区の勝利となったのだった。


 勝敗を左右したのは両陣営の控えの選手だった。


 西地区に比べ、東地区の選手の方がガルルー族と呼ばれる食肉系獣人の割合が多かったのである。


 後半の30分を過ぎた頃には東地区の選手はセンターバックの2人とゴールキーパー以外の全員がガルルー族になっており、残り時間はスピード勝負に打って出たのだ。


 西地区はバランス良く人選していた結果、相手の動きについて行けずに守備が混乱、後手に回っている間に失点を重ねてしまった。落ち着いて対処すれば何とかなったのかもしれないが、経験の浅い彼らにそれを求めるのは酷というものだ。


 それでも、ガルルー族特有とも言うべき雑なシュートが多かった上に東地区の守備はほとんど崩壊していたので点差は内容に比べて小さな結果となったのである。


「いや。無我夢中で、何がどうなっていたのやら」

 シュシュケーは戦術も何も理解せず、とにかく相手がボールを持っていたら取りに行くこととボールを奪ったら素早く味方にパスを出せば良いと教えられたことを実直に守っただけにすぎない。


 彼に与えられたポジションは守備的ミッドフィルダー、ボランチと呼ばれる位置。むしろ、潰し屋という表現の方がしっくりくるだろうか。ただ、モフット族と呼ばれる草食系獣人は臆病な性格の者が多い。シュシュケーも漏れずにその特性を引き継いでいる関係なのか、ガツガツ削りにいくという感じではなく必死に食らいついて何とか相手の邪魔をする程度の仕事ぶりであった。


 それでも、ここで献身的に汗をかいてくれる選手がいるとディフェンス陣は大いに助かる。


 今回は相手のトリッキーな戦術がハマってしまい後半の途中から中盤をすっ飛ばすロングパスの応酬になってしまい彼も無駄走りする時間が長くなってしまったのは西地区の監督を任されたエルフの男性からしたら想定外だったことだろう。


「いやー。素人なりに面白い試合になって楽しかったなぁ」

 試合が終わればノーサイド。ジャージは試合終了のホイッスルを吹くと両陣営の選手を集めて握手をさせ、審判団も互いのチームの健闘を讃えて声をかけて回っていた。それが落ち着いたところでツン姉とシュシュケーの所にやってくるなり満足そうに声をかけていた。


 誰に対して放たれた言葉でもなかったが、一緒に引き上げてきたジャッドナーの面々も同意している様子を見せる。

「客席の雰囲気も良くてサイコーだったっす」

「やっぱ獣人のスピードは武器だよなぁ。公式戦だと交代人数に限りがあるから使えない作戦だけど」

「さすがにトップスピードを90分維持するのはガルルー族には無理だもんねえ。うまい具合にサボらせないと後半まで持たないことも多いくらいだし」

「だなー。あのスピードは魅力的なんだけど交代枠を考えると2人が限界だもんなぁ。しかも、シュートの精度はいくら練習しても雑さが消えないし」

「その点、モフット族のスタミナとスピードはサッカー向きだよなぁ。背が低くて空中戦は期待できないとはいえ、臆病さを克服出来たら言うことなしだもんなぁ」

 ジャッドナーの男性陣の話を耳にして、シュシュケーも身に覚えがあるので苦笑いを浮かべてしまう。


「ああ。いやいや。今日出場した人は全員良かったぜ? まあ、確かにガルルー族の鬼気迫る顔にビビって道を譲っちまうことも何回かあったけど、ドリブルが雑になったところは上手いこと回収して繋ぎに徹してたもんな。審判やってなかったら何度『ナイスプレー』って声をかけてたかわからないぜ?」


「そ……そうですか?」

 褒められ慣れていないのか、シュシュケーは反応に困っている様子だが、悪い気はしていないらしく表情は幾分緩んで見える。


「ホントホント。何より、あれだけ走り回ってケロッとしてるのがスゲェっす」

 ジャージに続いてノブも感心し切りだ。


 元プロ選手でないとしても、90分通して全力で走り回ることが如何に異常なことかくらいは誰でも理解できるというものだ。


 と、ここでジャージは出会った時から考えていたことをさらりと提案する。

「なあ、シュシュケー。うちのチームに来て本格的に練習に参加してみないか? すぐにプロ契約できる保証はないけど、サッカーのことをもっと知ったらスゲー選手になるんじゃないかと思うんだ」


 出会った時からシュシュケーの可能性には感じるものがあった。遅かれ早かれスカウトしてみる気だったのだが、今が良い機会だと判断しての本心であった。


「うん。ボクも良いと思うっす。ちょうど汗っかきの中盤が欲しいと思ってたところだし、適任じゃないっすか?」


 正直、技術はまだまだだ。しかし、それを言ったら〈セッペノルグラン〉の現役選手もまだまだである。何しろ、プロチームとして正式に発足してからまだ4年ほどしか経っていないのだ。プロとはいっても、その前はただの素人。技術的には中堅の高校生レベルといったところだ。


 しかも、魔法のある世界で、魔法を使うことに慣れ親しんだ者に魔法を使うことが禁じられたスポーツをさせているのである。


 中には天才的な順応を見せている者もいるにはいるのだが、それは例外、特殊技能の部類であろう。


 今はまだ王都の4チームで3ヵ月に1度リーグ戦を行い、4回のリーグ戦での成績上位2チームが新年の祝いの場で国王杯をかけて戦うのが現在の最高峰の戦いとなっている。


 そのリーグ戦、毎回レギュレーションを微妙に変更して開催している。

 年齢制限であったり、身長制限であったり、種族制限であったり様々だ。むろん、これらの制限は特定の種族を排除するといったものではなく、出番の少ない種族が偏らないようにするための配慮でもあった。


 そうなると所属選手は幅広く登録しておく必要があるし、シュシュケーのようなプレースタイルの選手は重宝されるというものだ。



 しかし、この呼びかけにシュシュケーが即答することはなかった。

 戸惑いながら感謝の言葉を述べるも、返事は待って欲しいと伝えるに留まるのであった。

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