第22話

 体育祭2日目も順調に試合は消化され、この日最後の組み合わせとなった。

 今回の祭りにおけるメインイベントとも呼べる試合である。


 年齢も性別も制限のない各地域の代表戦だ。


 3日目の最後の試合にする予定だったのだが、最終日はもっとお祭り要素を取り入れたほんわかした組み合わせにした方が良いのではないかという意見が出たために変更となったのである。


 ルールもリトガで普及させるためにジャージがシンプルにさせた部分を除いてフル適用する真剣勝負。


 馴染みのないものはスローインにかんするルールだろうか。


 リトガの住人の人間も、基礎値はチキュウで生きる人間と大差ない。しかし、巨人族などが本気でスローインしてしまうと下手な凡人のシュートよりも威力がある。そうなると自陣からのロングスローでさえ立派なセンタリングと化してしまう。


 ジャッドナーのメンバーの中でもロングスローに対する肯定派と否定派でわかれていたのだが、中盤での競り合いがなくなるのはサッカーとして魅力に欠けるという認識で一致した過去がある。


 そのため、ゴールキーパーが投げる場合はハーフウェーラインからゴールラインの間に追加でラインを設け、それを越えて投げ込むことを禁じるルールを創作していた。キックの場合はその限りではないとしているのは、力自慢の種族は器用さに欠けるため正確なコントロールは期待できないからである。


 更に、このラインより相手ゴールに近い位置からのスローインはラグビーのパスを参考にして後方にしか投げ入れることができないルールも追加させている。


 主審にジャージ。副審にノブとテッペキ、第4の審判にぢゃんぼが割り振られている。また、ケガに備えてツン姉も救護班として待機する徹底ぶりだ。とはいえ、子供サッカーの時よりも仕事がなさそうなツン姉は実況の方を張り切っている。


 

『そろそろ試合開始の時間が迫ってきました。ピッチの上では西地区と東地区を代表する選手が試合開始のホイッスルを今か今かと待ち構えています』


 女神の遺跡で見つけたマイクとは別に、放送機は普及している。基本的に有線の魔道具なので持ち運びには適していないが、町内放送などに使用されているのである。


 今回は、予備のマイクと配線を救護テントまで引き入れて使っている。


 そこまでしてツン姉が実況に力を入れているのは、何も趣味に興じているわけではない。


 何しろ町の住人は全員がサッカーに触れるのは初めてなのだ。


 サッカー用語も知らなければ何をする競技なのかもプレイヤーとして参加していない者からするとチンプンカンプンなのである。


 試合開始の時間が迫る中、ツン姉は手元の資料に目をやりながら選抜選手の名前を紹介していく。

 その中にはシュシュケーの名前もあった。

 王都で聞いた通り、町で一番の逃げ足と疲れ知らずの体力はサッカーと相性が良いのだから当然と言えば当然である。

 ただ、それを差し引いても羊人族は身長が小人族に次いで低い傾向にあるのでフィジカル面で劣るのは隠しようがない。


 マミの町では羊人族を中心に暮らしているが、それでも4割程度のものである。そもそも中央大陸は人間が多く暮らす土地であるため、この町にも大勢いる。それだけでなく、ガルガリード大陸から大昔に渡ってきたガルルー族がシュリルナ自治区で暮らしているのだが、そこから更に戦火を逃れてきた犬人族や狼人族もいる。


 その他にも様々な理由から流浪の民として各大陸から渡ってきた兎人族に牛人族、エルフに小人族と多種族な集団として互いに協力して暮らしている。


 見当たらないのは巨人族と竜人族くらいのものなのではなかろうか。


 選抜選手も、そんなマミの町の特徴が反映されたものになっている。


『西地区のメンバーは羊人族が3人、兎人族が1人、犬人族が3人、小人族が1人、人間1人、ドワーフ2人という構成なのに対し、東地区は羊人族2人、兎人族2人、牛人族1人、狼人族2人、猫人族1人、小人族1人、人間1人、エルフ1人という構成になっています。システム的には西地区が3-4-2-1なのに対し、東地区は4-4-2の布陣のように見えます』


 サッカーの練習など1週間程度しか行っていないので戦術などあってないようなものだが、それぞれの地区に5人で足を運びルールの説明であったりボールの蹴り方といったことから教えて回ったのだ。


 その中で理解度の高いエルフを中心に監督に近い人選も行い、短期間でそれなりにサッカーが成立するまでには至っていた。


 また、初日に子供達のものとは言え実際に本番も見ることができたことでより一層サッカーがどういうスポーツなのか理解が深まったようである。


 選抜チーム同士の戦いとはいえ、日頃の生活でスポーツをやっている者はいない。ちょっとした娯楽として体を動かすことはあっても、本格的なスポーツというものは普及していないのだ。


 体を動かすのも日常の農作業の一環であるとか、自警団に参加している者が鍛錬するとかいった程度だ。


 そのため、魂のレベルに大きな格差はなく、おおむね種族間の身体的特徴が勝敗のカギを握ることになるだろう。


 肉食系獣人は素早さと力強さに長ける反面器用さが低く視野も狭いのに対し、草食系の獣人は素早さスタミナ、視野の広さに長けるがフィジカルが弱く臆病であるといった具合だ。


 人間だけのイレブンであっても特徴は千差万別だというのに、そこに種族間の特徴まで組み合わさり、リトガでのサッカーは思いもよらぬ展開になることが多い。


 ジャッドナーの面々も、サッカーの技術はまだまだという認識ながら、この点だけはすでに上回っていると感じているほどだ。


『おおーっと、開始早々仕掛けた東地区代表のルガー選手、見事な裏抜けでしたがシュートは枠を大きく外してしまいました! 観衆からも安堵と落胆の声が聞こえてきます』


 西地区の選手が開始直後にふわふわした状態なのを見抜いたエルフの青年が素人とは思えない正確なパスをゴール前に通すと、素早さに長けた狼人族の青年がツン姉の実況の通りにディフェンスの死角をついてキレイに抜け出し一気に先制を狙ったのだが器用さがないというか大雑把な力任せのシュートになってしまいボールはゴールの遥か上を通過していってしまったのだ。


 しかし、このプレーで互いのチームに火が点いたのか、不慣れながらも見応えのある試合展開になっていく。


 素早さに長けたガルルー族と小人族のオフェンス陣に対し、フィジカルに長けた牛人族やドワーフを中心としたディフェンス陣といった構図である。その間をスタミナのある草食系の獣人の中でも体毛のあるモフット族と呼ばれる者たちがチョコマカと走り回ってつなぎ役になっている。


 異質なのは唯一参加しているエルフの青年だろうか。エルフは基本的に頭脳派タイプが多いので走り回ることは苦手なのだが繊細な作業は得意としており、運動量は期待できないなりに正確なトラップとパスで要所要所で良い仕事をしていた。


 そして、均衡が崩れる原因となったのもエルフであった。


『おっと、ランスラッド選手が✖を出しています。ケガではないみたいですが、スタミナ切れですかね。どうやら、まだ前半ですが東地区に動きがあるようです。ランスラッド選手が交代ですね。東地区としては、ランスラッド選手がいる間に点が欲しかったところでしょうが、無念の交代となってしまいました』


 前半35分での交代。ただ、登録人数は23人としているが例外的に全員交代可能というルールにしてあったのでこれを機に互いのチームで交代が数回繰り返されることになる。


 しかし、4人を代えた東地区に対して1人しか代えなかった西地区の方がゲームに馴染んでいることもあり、前半42分にとうとう先制することに成功したのであった。


『ゴーーーーーーーール‼ ゴールゴールゴール! ついに均衡が破られました。先制したのは西地区のギッタラン選手! 東地区のディフェンスが一瞬互いに見合った瞬間を見逃さずにゴール前のペナルティエリアに侵入し、豪快にネットを揺らしましたあああ!』

 ツン姉の実況に相まって、西側から大きな歓声と称賛の声が立ち昇る。


 対して、東側からも「まだまだー!」であるとか「これからこれから」といった声も聞こえてくる。


 この辺は前日のジャッドナーのメンバーが子供達に送っていた言葉の影響を受けてのものである。


 この雰囲気に主審を務めるジャージだけでなく副審と第4の審判を務める全員が嬉しそうな笑みを浮かべてしまっていた。

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