異世界サポーター ~サッカーで異世界を救ってみせようじゃないか~

おとのり

第1節 雨降って地固まる

プロローグ ー ①

「いやっ! いやいやいや。ワホマさん。これSランク悪魔の討伐クエストじゃん。うちら、神様特典のユニークスキル持ちの集団とはいえ、戦闘系の仕事となるとBランクの中でも下の方のクランよ? チート能力って言っても肉体年齢が停止してるくらいのもので不死ってわけでもないらしいし……。

 BランクとAランクの差でさえ、サッカーで言ったらJ3とJ2の差じゃなくてJ3とヨーロッパのトップチームくらい違うんだから普通に死んじゃうよぉ。勘弁してくれよぉ……」


 首にホイッスルをぶら下げた上下ジャージ姿のラフな格好の青年と呼ぶには些か草臥れた雰囲気がある男性は、目の前の女性エルフに泣き言を述べる。


 一方、ワホマと呼ばれたエルフの女性は冒険者ギルドの職員だ。泣きついてくる男を前に微笑みを浮かべているものの、胸中ではこれで数々の高難易度クエストを解決してきたクランなのよねえ、とタメ息が漏れる思いだった。

 しかも、目の前の男性こそが、このクランの最高チート戦力と呼べる人物なのだから困ったものである。




 さて。全てを振り返るには長くなる故、まずは話を1時間ほど前に戻そう――。




「色々と変わった方々ですが、信頼度は高いですよ?」

 冒険者ギルド2階に設けられている個室で依頼を受けるワホマは穏やかな笑みを浮かべながら後押しする。


 手元には王都アシュトルグランの北エリアに拠点を構えているクランが1冊にまとめられた資料が広げられ、依頼主であるシュシュケーに提示されていた。


「いや、しかし……。今回の案件は最低でもAランクのクエストに該当すると伺っております。こちらの〈ジャッドナーカゴシマ〉というクランは、見る限りBランクとなっておりますが? それとも、クランの中にAランクやSランクの冒険者がおられるのでしょうか? もしくは、相当に大規模なクランなのでしょうか?」

 羊人族と呼ばれる獣人の青年であるシュシュケーは、笑みを崩さない相手に困惑気味に確認する。


「いえ。正式なクランメンバーは全部で13人、職員などまで含めるともう少しいますが、どちらかと言えば小規模クランですね。個人でも最上位でBランクの方しかいらっしゃいません」

 青年の一縷の望みはさらりと断ち切られ、苦笑いも上手く作れなくなってしまう。



 今回持ち込んだ依頼は、彼の暮らす辺境の町であるマミで続く長雨を治めて欲しいというものだ。


 通常であれば冒険者に依頼する内容ではない。


 何しろ、天候に関することなので大規模な魔法の使用は国際条約によって制限されている事柄なのである。どうしても魔法で解決しなければならなくなった場合は、近隣都市だけでなく関係各国に書面を送るなど正式な手順を踏まなければならない。


 当然、簡単に話が進むはずもなく、基本的には自然に任せるしかないのが実情だ。そもそも、トントン拍子に話が進んでも数週間から数か月かかってしまうのが普通で、限界を迎えている彼の町では耐え切れるものではない。そもそも、それだけ時間がかかれば手遅れになるだけで天候も勝手に回復するものだ。


 それでも故郷から遠く離れた王都の冒険者ギルドにまで足を運んできたのには理由があった。



 長雨の原因が、悪魔によるものだと判明したからである。



 つまりは、今回の依頼は長雨をもたらしている悪魔の討伐と同義なのだ。


 悪魔デビル悪霊デーモン、モンスターの討伐は冒険者の専任というわけではない。状況次第で国軍が乗り出すこともあるのだが、様々な要因で外交問題になりかねない場合も少なくない。


 当然、悪魔や悪霊、モンスターといったものが国境などを気にして暴れることはないので、そういった時には国に縛られない冒険者に問題解決を託すことになるのが一般的である。


 ただ、天候を操作できるほどの悪魔となると並みの冒険者では太刀打ちできず、道中の大都市に配置されている冒険者ギルドでもすぐに対応できる冒険者がいないからとタライ回しにされた挙句、ついには王都にまで流れ着いた経緯があった。


 シュシュケーもわかってはいた。

 冒険者ギルドに依頼するには資金が圧倒的に不足していることは。


 申請すれば国から多少の援助を貰えるとはいえ、長雨の原因が悪魔にあることに気づくのに遅れ、農作物以外の収入源に乏しい彼の故郷は窮地に立たされてしまっていたのだ。最悪、土地を捨てることも選択肢に入れなければならないだろう。


 冒険者もボランティアではない。


 結局のところ、命の危険を冒してまで受けてくれる依頼料を用意できていない時点で、国に頼る他ないのである。そうなると、隣国に正式な書簡を送るなどして根回しが終わるの待って、ようやく軍を動かし討伐に動くのに更に何か月を待たされるかは考えたくもないことだった。


 今回も体よく断るために、いや、断らせるために実力の伴わないクランを紹介してきたのであろうと肩を落とす。



 しかし。



「ところで、依頼をお受けする前に確認しておかないといけないことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 青年の落胆に反し、ワホマは依頼を受けることを前提に話を進めてしまっていた。


「……え?」


「何か?」


「い、いえ。確認したいこととは?」

 恐る恐る尋ねる。ぬか喜びするにはまだ早いと言い聞かせながら。


「シュシュケーさんの暮らすカカラッタ地方にサッカーチームはありますか?」



「……。……はい?」



 一体、どんなことを訊かれるのかと身構えていたが、それは思ってもいないものであった。


「ご存じないですか……。ちなみに、サッカーはご存じですか?」


「あ……はい。見たことはないのですが、最近、王都で人気のスポーツというものですよね? 確か……、11人でチームを作って魔法を使わずにボールを蹴り合って得点を競うという」

 王都に到着し、この冒険者ギルドに向かう間にもチームエンブレムが描かれたフラッグを何度も目にしたことを思い出す。中には、サッカーの簡単なルールが記された看板も一緒に設置されているのも見かけることができた。おそらく、シュシュケーのような他所から来た者に対しての宣伝効果を狙っているものと思われる。


「実は、こちらの〈ジャッドナーカゴシマ〉の方々がサッカーをこの世界リトガに広めた伝道者でして。その上、熱狂的なサッカーファンなものですから、格安で請け負っていただくにはサッカーとセットにするのが手っ取り早いんですよ」


この世界リトガに?」

 職員の言葉に違和感を覚え、シュシュケーは思わず尋ねてしまった。


「ああ。言い忘れていましたね。この〈ジャッドナーカゴシマ〉の方々は、元々リトガの住人ではなく、異世界のチキュウノニホンという所から来られた転移者らしいのですよ。それもあって、今回の依頼には適任だと判断した次第です」


「転移者……」

 これまた思いもよらない言葉を耳にし、怪訝な顔になってしまう。


 自分が田舎者であるが故に、からかわれているのではないかと不審に思うほどだが、エルフ族は荒唐無稽な話を嫌うため全くのデタラメを口にしていることはないだろうと判断するしかない。


 で、あるなら、彼女の言葉を受け入れる方が得策だと頭を切り替える。


「私の町にはありませんが、立ち寄ったカカラッタの港町でサッカースタジアムとやらの完成記念式典の噂を耳にしました。サッカーチームというのもあるんじゃないでしょうか? 私の町からだと少し離れていますが……そうだった!?」

 実は、その町の冒険者ギルドのマスターから、王都の、しかも北エリアの冒険者ギルドに行くように促されていたのだ。


「?」


「すみません! 長旅で疲弊していたせいで失念していました! カカラッタの冒険者ギルドのマスターから紹介状をもらっていたんでした!」

 シュシュケーは慌てて鞄を漁ると、一通の封筒を取り出す。本来であれば依頼書と一緒に提出しておかなければならないものだったのだ。これによって、担当する冒険者ギルドの扱いも変わってくる。


 それを目にし、ワホマの表情が初めて曇る。


「あ……あれ? やはり、依頼書と一緒に提出しておかなければマズかったでしょうか?」


「ああ、いえ。問題ありませんよ。ただ、そちらのギルマスは何かと問題が多いだけで……。しかし、運が良かったですね。あの人でなければ直接ここに来ることはなかったでしょうから。そうなると、国軍に頼る羽目になるかAランク冒険者以上の手が空くのを待つしかなくなっていたでしょうね」


 王都アシュトルグランは4つのエリアにわけられ、各エリア毎に冒険者ギルドが設置されているのだ。中でもこの北エリアは高級住宅地が大半を占めるため冒険者に依頼しなければならない案件は少なく、平和なエリアであった。


 大きな案件も、今回のように外部からの持ち込みがほとんどで通常は便利屋的なクエストをこなしている。そのため、高級住宅エリアでありながらも低所得の低ランク冒険者が多く登録しており、逆に高所得の高ランク冒険者は他のエリアを拠点に活動していた。


 もちろん、有事の際はエリアを跨いでギルド同士が協力するのだが、今回の案件では〈ジャッドナーカゴシマ〉の本当の価値を知らないギルドに当たってしまった場合は緊急性を理解しながらもAランクパーティかSランク冒険者の手が空くのを待つしかないというジレンマに陥っていたことだろう。


 しかも、手が空いている冒険者がいたとしても、低額の依頼で引き受けてくれるかは相手次第になってしまう。


「そんなにスゴイんですか? 小規模のBランククランなのに」


「転移者というだけでなく、本人達の希望もあってあまり大っぴらにできない事情があるとはいえ、実績はじゅうぶんですよ。今回のような案件の場合は特に。そうでなければ、あまりオススメできませんけど……。とにかく行くだけ行ってみませんか? 運が良ければAランク冒険者の知り合いが立ち寄ってるかもしれませんし」

 ワホマの言葉に安堵が広がるのと同時に、不安も抱え込んでしまうシュシュケーであった。

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