第29話 Discipline(懲罰)
「お疲れ様。色々とありがとうね。また明日からよろしく頼むよ」
天星神社の離れの中、畳の部屋に正座し、整列して深々と頭を下げた黒子たちは、音もなく足早に歩き去っていった。
「よく訓練されてるなあ……」
徹底的な黒子ぶりに感心しつつも、その巫女服の女性……せきなは、後ろを振り返る。するとそこには、巫女に背負われた少女、アリスがいた。
しかしその顔は安らかな寝息ではなく、汗を浮かべた見るからに異常なもの。
先ほどの食事会が終わるや否や、我慢していたものが噴き出すようにして、彼女の体を動けないほどの不調が蝕んだのだ。
「もう、しわけ、あり……」
「あーあーもう気にしなくていいよ。どうやらマッサージとかが中途半端だったみたいだね。よく頑張ってくれた。布団を用意させたからゆっくり寝なさい。良い医者も薬剤師も呼んであるからね」
「はぃ……あの……」
息を切らして意識も朦朧なアリスが、
「いつもの、くす、りが……私の、カバンの中の、ダイヤルボックスに……ばん、ごう、は……」
「……そうか、取ってくるよ」
それだけ言うと、力尽きるように眠りに落ちた。そして外に出たせきなは玄関先の柱に、
ガン!
と、拳を打ち付ける。
「ふざけやがって……!!」
その様子を後ろから伺う巫女たちも困惑しているようだったが、その表情は先程寝かされたアリスを気にするもの。彼女らとて裏の仕事に属する者存在ではあるが、だからといって人並みに――それこそ明らかに薬物の悪影響が出たまま
「失礼」
するとそこをするりと抜けて、一人の白衣の長身の女性が玄関先に出る。
「なんだいちーちゃん、そっちにいたのか」
「それはこっちのセリフだ。この国の家は出入り口が分かりづらい。あとその呼び方はどうなんだ?」
思わず周りの巫女が見惚れるほど、その女性は美しかった。
すらりとした長身に白衣をまとい、金髪を後ろで纏めた彼女は日本家屋にそぐわない雰囲気を放ち、手にはハンドメイドの革袋を持っている。
「悪いが軽口を叩いてるヒマは無くてね。さっそくで悪いが診断を……」
「もう済んだ。手持ちの薬草で何とかしよう」
「へっ」
目を丸くして、驚くせきな。
その視線を長身の女医・『ちーちゃん』は珍しそうに受け止めて、
「……貴女を驚かす日が来るとはな。明らかに危険な薬3つ、あれだけ目立てば鼻でわかるさ。ったく雑な薬をあの歳に投与したもんだな……」
「やっぱり雑かい」
「丁寧さがない。とにかく作ってバラ撒くだけの仕事で出来た粗悪品だな」
そう言うと女医はタバコとポケット灰皿を見せつけ、せきなが頷くのを待つ。返事が返ると、ぴん、とオイルライターのフタを弾く音とともに青い火が点いた。
「ふー……まさに今がそうだが、不純物が肉体から一気に抜けて負担が酷い。かと言って処置が遅れたぶん、それだけ身体の『芯』が毒される……これで十全の対応だから困るんだ」
「身体の芯、っていうと脊髄かい?」
「……脳だよ。私達の芯はどうしようもなくそこにある。このタバコ程度ならいくらでも精神力で止められるが、アレは違うんだ。不純物が身体を蝕んで、目的の成分が頭と身体を研ぎ澄ます……泥水で服を洗うようなもの、と言えば伝わるかな?」
「ああ、十二分に……」
そう言ったせきなの目が、怒りにギラついたのを女医は見逃さなかった。
「……最悪、ウチに連れてこい。命だけは助けてやる」
「最期の手段だね」
「仕方ないさ」
「了解。考えとくよ。じゃあ悪いけど今晩は、あの子を診ていて欲しい」
「構わないが、家主が不在は困るな」
「日付が変わらないうちに戻るさ」
「……なら『あの二人』……いや『全員』使え。それだったら、私も今夜だけ徹夜してやる」
「……分かった」
そう言うとせきなは取り出したスマホでどこかへ電話をかけながら駐車場へ向かい、女医は中へ戻った。
巫女たちに案内され、畳の部屋に戻れば、そこには清潔な布団に寝かされた患者の姿。先に焚かせておいた香のせいか、その寝顔は穏やかだ。
「……悪趣味だな」
何を指してそう言ったのかは彼女にしか分からないまま――
――次の瞬間、爆音が部屋に響いた。
「!?」
女医が巫女たちをかきわけて慌てて外へ走ると、音の出処を探るまでもなく、夜の闇に炎が立ち上っている。
その炎の中にあるのはどう見ても一台の車で、既に骨組みだけが影を浮かべるその中に、生きた人間が存在出来るはずがない。
「おい……嘘、だろ?」
その時、空からひらひらと何かが女医の前に落ちる。
ちぎれてわずかに燃えるそれは、どう見ても……
「――っ!!」
せきなの服の、切れ端だった。
「ようこそお越しくださいました、お客様」
そしてそこへ、声がする。
女医が振り返ればそこには機械めいた肌の人形――アンドロイドが平然と立っていて、まるで周囲の騒ぎに動じていない。
「私は、八咫。貴女を、アリス様の主治医として、歓迎する」
「歓迎……なるほどね、そういうことか」
「そう。抵抗は無意味……理解したなら、彼女の身体を明日一日で十全にすること」
「……見ての通り、友人が爆死したから喪に服したいんだがな」
「そっちの調査に、貴女は必要ない。それとも今から、別の車で帰る?」
「……なるほどな。それは危険だ」
「ふふ、賢明」
燃え盛る炎と、街中から響き渡るサイレン。そんな中、嫌でも置かれている立場を理解した女医は諸手を挙げ、アンドロイドに従い――そして、その後。
無人の車が爆発した『事故』が全国に報道されるのは、翌朝のことだった。
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