第17話 Ark(巨大人型反重力兵器)

 ――アーク。


 それは新暦を迎えて三十年の月日が流れた人類にとってはもはや馴染み深い、巨大人型反重力兵器……要は、『巨大ロボット』の総称だ。


「……アークの、進化のため?」

「うん」


 そして、だからこそ、


「いや……どういうこと?」


 彦善も夕映も、

 そもそもアークは各国の防衛的軍事力及び、UFOを打ち落とす『兵器』として名を馳せている。先日のようにアメリカが日本上空のUFOを打ち落とすこともあるが、あくまでそれは軍事的同盟を結んでいるから起こりえたことであって、本来は各国それぞれに国連から割り当てられたアークが各国領土を防衛している。


 そんな、雑に言えば『正義の巨大ロボット』であるアークの為に、今目の前にある、明らかに人類の技術を越えたアンドロイドが闘っている……と言われても、二人は首をかしげるしかない。


「……まあ、そう言う反応にもなるか。そもそもが……」

「え?」

「ううん、ごめん、何でもない。じゃあもう少し説明するけど、お兄ちゃんもお姉ちゃんもさ、『人類史初のアーク』……マルスは、知ってるでしょ?」

「まあ、一応……」

「……、知ってる?」

「どういう風にって……西暦1999年に現れて、世界各国の都市を破壊したアークだろ?」

「うん、で、その後は?」

「バラバラになって……あ、バラバラって言っても壊れたんじゃなくて、UFOに分裂したんじゃなかったかな? そしたら通常兵器が効くようになって、それを各国がそれぞれに破壊したんだっけ」


 腕を組み、うろ覚えの知識を口にする彦善。


「そう。で、何でそうなったかって言うと、反重力装置の特性のせいだな」


 と、そこへ夕映が口をはさんだ。


「え、そうなの?」

「ネットじゃ常識だよ、『反重力装置は、その効果を及ぼす対象が一定の質量を越えると、通常より影響下の物質が丈夫になる』ってな」

「……何で?」

「わたしだって詳しいことは知らないけど、そんな難しい理屈じゃないだろ。重力を遮断できるんだから、爆風とか衝撃とか、そういうのも遮断できるんじゃねえの」

「正確には、『重力を遮断された領域』と『通常の領域』の間に発生する力のズレの境界が、外部からの影響を妨害していることで起こる現象ですね」


 続いて、口の無いセバスチャンが音を発する。


「例えるなら、川の流れに逆らいながら進む船に対して水中の側面から攻撃を加えようとすると、攻撃が水流にある程度阻まれた後、川下に流れるのと似ています。水流を重力と考えていただければ、それによって外からの影響が『境界で阻まれ、流される』ことになるのですね。より正確に言えば、影響が流されるのは下流ではなく上空で、『船』が『丈夫になっている』のではなく、『護られている』のですが」

「なるほど」


 その性質があるからこそ『マルス』は暴虐の限りを尽くし、『アーク』は通常火器を受け付けない唯一無二の兵器として、各国に振り分けられている。

 そこまでが常識として、ではノヴァたちのようなアンドロイド……【supectaculmuスペクタクルム】に属する【万能ナノマシン統合人格ヴァンシップ】とやらが、アークの進化の為に闘わされている、と言われても理解が及ばない。


「うーん、難しいかなあ。私たちヴァンシップが、アークから作られた存在ってだけなんだけど。で、私たちをまとめて呼ぶときはスペクタクルム」

「……え?」

「……は?」


 しかしシンプルな表現が、二人の脳を貫いた。

 あまりにも単純で、しかし、受け入れられない世界の事実。


「……アークが、キミ達を作った?」

「そんなに不思議? バラバラのUFOになったマルスを知ってるのに?」

「え、あ……確かに……?」


 言われてみれば、アークのもとになったマルスは、分身したのだ。

 であれば、小規模な分身は、傍目には制作と変わらない。


「あ、そっか。人類は自分たちが『アーク』を御しきってると思ってたんだね」

「そりゃそうだよ……って言うか、そうじゃなきゃ今頃この世界はアーク同士が戦う大惨事になってたんじゃないの?」

「あ」


 彦善の疑問に対して、夕映が閃いたように呟いた。


「……、ってことか」

「ん?」

「彦善、今お前が自分で言っただろ、『アーク同士が戦う大惨事』が、今まさにお前に起きてる『この話』なんだよ」

「あっ……つまり、?」

「そゆこと」

「その通りです」


 世界の真実はあまりにも単純で、しかしまだ不可解。


「なんで……そんなことを?」

「人間的には、戦争に理由なんて今更聞くのか……とでも言えたでしょうね。しかしこれは、論理的理由がありますよ」

「理由?」

「先ほども述べましたが、です。より強く、より強大に……それは、生命体の本能です。しかしには理性がある。星そのものを破壊するほどの力を得たからと言って、星を破壊するのは愚かなこと……であれば、より『弱い』存在を産み出して、その闘いのデータをフィードバックすることが、闘争という必要悪を残したまま進化する唯一無二の方法です。そしてそのために用意されたのがノヴァ様のような【万能ナノマシン統合人格ヴァンシップ】による【戦いポリオ】……そしてその参加者たちを指して、【supectaculmuスペクタクルム】と呼びます。ご理解、いただけましたか?」

「……文句はないわけじゃないけど、納得はしたよ」

「僕は助けられたから、よけい文句も言いづらいかな……もちろん、迷惑ってのはあるけど」

「こればかりは、より純度の高い、現実的戦闘データ収集のためですので。社会生活から隔離した空間での闘いもある程度有意義ではありますが、それではどうしても得られない闘争のデータもあるのです」

「ルールに縛られた闘いじゃホンモノじゃないってことか」


 格闘漫画の悪の組織めいた言い回しに、わずかに彦善は自嘲する。


「はい。もちろん、アークの存在自体を脅かさない程度の節度は求められますが、その節度をいかに守るか思案することも、有意義な戦闘データの一つです」

「身勝手だな」

「惑星の支配者とはそういうものです」

「支配者……ってことはさ、今更だけど、?」

「はい」

「それは、キミの……ノヴァの人格とは別なのか?」

「そーだよ。鋭いね。私を作ったアーク……お母さんって呼んでるけど、お母さんと私は別人格。だってそうしないと、お母さんが私を操縦してるだけでしょ? それじゃ採れるデータが極端に少なくなっちゃうから」

「へぇ……となると例えばアメリカの……アークエンジェルとか、中国の紅龍とかにもお前らみたいなのがついてるってことか」

「そうなりますね」

「……」


 まるで都市伝説のような、陰謀論のような、現実。

 アークには人格があり、それらがアンドロイドを産み出して、自分たちの進化の為に闘わせている――それは、あまりにも荒唐無稽な現実だった。


「ちなみにもちろん、人類にも益はあります。この行為を阻害した場合、『闘いポリオ』を阻害されなかったアークだけが進化をし続けることになりますから、人類の指導者たちはおそらく、その利を得ることを代価に、多少の損害に目をつむることにしたのでしょう」

「あーはいはい、そういうことね」


 西暦まで続いていた各国のいさかいは、完全なゼロになったわけではないにしろ、アーク配備以降――つまり新暦以降、その戦火は明らかに縮小している。

 それを考えればアークは明確に地球を平和にした巨大ロボットであり、実は人間社会を巻き込んで戦っています、と言われても受け入れざるを得なかったのだろう――と、彦善が考えたところでふと気づく。


「……もしかして、僕を助けたのも戦闘データ採集のためだったりする?」

「はい。基本的には」

「でもお兄ちゃんを助けるにはそれしか無かったし、不都合も無かったでしょ?『闘いポリオ』に定められたルールの一つではあるけどさ」

「……ルールなの?」

「はい。最低1名、『palladiumパラディウム』と呼ばれる人物を設定し、協力を仰ぐことが可能です。これには本人の署名が必要ですが……」

「……ヒコヨシ。まさかお前、変な書類に名前書いたの? 高校生にもなって?」

「書いてねぇよ」

「書いてませんね。しかし早めに署名しておいたほうが話は早いかと。どちらにせよ、今の彦善様はノヴァ様と同体……ノヴァ様の一部と同じ扱いですから」

「……何で? もう僕の体から剥がれたじゃん?」

「なんでって、まだお兄ちゃんの身体の中に、私の一部のナノマシン入ってるし。そう扱わないと、人間の中に『隠れられちゃう』でしょ?」

「あー確かに……ん? ってことはさ、もし今日学校で負けてたら……」


 顔色を悪くした彦善から言いたいことを察して、ノヴァが笑みを浮かべた。


「……私が隠れられなくなるまで、破壊されてたと思うよ」

「ひぇえ……」

「例えるなら、肉のジュースですね」

「例えなくて良いよ」


 ぞっとする話だった。


「……とにかく、話は分かったよ。君たちはアークを進化させるための闘いをしていて、僕はそれに巻き込まれたと。そこまではまぁ仕方ないとして……これから、どうなるの? もしかしてここもまた襲われるとか?」

「それを危惧するなら、早めにパラディウムとしての署名を頂きたいですね」

「……何で?」

「パラディウムが社会生活を行う人間である以上、そのパラディウムの住居はお互いに交渉等に用いる『準不可侵領域』ですので。少なくとも学校であったような奇襲は難しく……」

「それ早く言って!」

「いえ、しかしそれでは安全を盾に契約を迫ることになり、契約者の自由意志を……」

「良いから早く! 署名させて!」

「かしこまりました、ではここに署名を」


 セバスチャンがそう言うと、空中に白紙の立体映像が浮かぶ。


「なぞれば良いの?」

「はい」


 言われるが否や、人差し指で『迦具夜彦善』と名前を書いた。


「へー、お前の苗字、久しぶりに見たかも」

「?」


 すると夕映も手を伸ばして、


「ほいっと」


 躊躇ためらいなく、その上に自分の名前を書いたのだった。













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