第23話 Watcher(監視役)

「ダメです、全ての盗聴器、反応ロスト。機能してません」


 彦善たちが集まった時、町の何処かの有料駐車場、そこに停められた真っ黒な大型トラックの荷台の中で、黒服にサングラスの女性が、特に残念でも無さそうに言った。中はモニターやパソコンが並ぶ基地めいた部屋と化しており、計3つの人影がある。


「世話役の巫女に混ぜたエージェントからの連絡もありません。おそらくあの神社全体に妨害電波のようなものが流されているかと」

「なるほど、これ以上下手に動けばあの方を怒らせるだけだな。逆鱗に触れる前に、余計なことをするのは諦めよう」


 もう1名の男の黒服の報告をさらに受け、あっさりとその初老でスーツ姿の警察署長――田中 武蔵むさしは、命令された仕事を諦めた。


「『上』からはなんと?」

「ふぅ……いつも通りだよ。『取ってこい』に、こちらは『かしこまりました』。分かりやすいだろう?」


 安い煙草に火を着けて、皮肉交じりに煙を吐き出す武蔵をとがめるものは、ここには居なかった。


「それはまた……難儀なことですね」


 そう言った黒服の女性の前には、今やなんの役にも立たないモニターと高性能ノートパソコンがあるだけだ。

 物量的に対策不可能な、あるゆる妨害電波さえ対策したはずの盗聴器の群れは、まるで手品のように全て動きを止めている。


「上は現場の苦労など知る由もない。どこも同じだな」

「しかし、このままでは……」

「このままでは、何だ? 何も困ることはない。なんせこの国で一番大きな『言い訳』が転がってるんだからな。あの方が拒否いたしました、と報告すればそれで終わりだ」

「……あの女性は、そこまでの存在なのですね」

「何者なのか、とは聞くなよ?」

「はい」


 すると二人の死角からコトリと音がして、人数分のコーヒーが置かれる。それを淹れたのは、サングラスをかけた黒服男だった。


「気が利くな」

「暇なので」

「使える部下だ」


 そう言って武蔵はコーヒーを口にし、さらにため息をつく。


「……ま、実際のところ、この話はまるでイレギュラーだ。キミらもこういう仕事なら分かるだろう、『今回の任務はまともではない』。『特に依頼主が』だ」

「それは……」

「確かに、と、言わざるを得ませんね」


 そもそも普段の彼らは、もっと違う仕事をやっている――否、やっていた、はずだった。

 警察署署長である武蔵がたまたまある程度政界に顔が利くとはいえ、所詮は地方の町の一署長。そこへ議員のツテで回されたSPが行うのは、裏社会の有名人、倶利せきなの監視及び盗聴と、報告。

 そして驚くべきことに、行なわれているのは各国の『アーク』の代理戦争だという。あまりにも人選が雑で、突飛で、信じろという方が無理な話だ。

 しかしそれを彼らが信じた――否、信じさせられたのは、『人格のあるアンドロイド』と『万能ナノマシン』を見たからだ。

 今の科学水準も大概だが、だとしても明確に人格を持った人間そのもののアンドロイド及び万能のナノマシンなど、人類が辿り着いているはずがない。もし辿り着いていたならば、この世はとっくにもっと地獄めいたものになっている――『人格のあるアンドロイド』とは特にそういう存在だし、それを理解できない彼らではなかった。


「まさかこの歳で宇宙人のお遊びにつきあわされるとは思いませんでしたよ。昔の自分に聞かせてやりたいですね」

「同感だ。さぞ正気を疑われるだろうな」


 人の世を歩く、人の世に無い技術の結晶――そこから導き出される結論は、人類が人類以上の文明から『まだ』アプローチをかけられているという、信じがたい事実。『マルス』の襲来すら忘れられかけてきたこの世界で、『実は宇宙から来た人類以上の技術を持つ何者かが、既に地球に来ています』と言われ、誰が信じると言うのだろう。


「ある程度、世の中を理解してたつもりだったんですけどね。まだまだ甘かったみたいです」

「キミはいくつかね?」

「30です」

「なるほど、よく学んでいるな」


 言いつつ、武蔵の思考は『この先』を読もうとする。


(『アーク』の端末を名乗るアンドロイドたちが闘うのは受け入れざるを得ないとして、重要なのは私が今、どう立ち回るか……小市民の本領発揮だな)


『アンドロイド同士の戦い』を治安の観点から公にはできないとしても、それにしたってアリスが――武蔵の孫が巻き込まれる理由は本来はどこにもないし、『あの女』が関わるのなら、もっと財界も政界も大規模に動かせただろう。

 だが強大な存在を感じ取った武蔵がまず選んだのは、とにかく相手の、全ての要望に従うことだった。


 なるべく優秀な未成年が必要と言われれば孫を紹介し、監視が必要になれば立候補し――武蔵からしてみれば、今や自分は『あの方』の前に立つ立場に来ることができた。つまり、何も間違えていないということだ。


 署長という立場の更に上、政界を目指している武蔵にとって、明らかに今回の件は人生のメリットになるだろう。あと分からないのは、この先にある自分の椅子……つまりだ。


 ――人知を超えたアンドロイドたちの闘いを見届けた先に、自分はどんな椅子に座っているのか?

 それが武蔵の立ち位置から見えないと言うことは、答えは一つ。『自分がまだ誰かの駒である』ということだ。つまりこの件が終わっても、自分はこの町の警察署長のままで人生を『上』に使われ続ける可能性がある。

 それはあまりにもつまらないな、と思いつつ、武蔵は気晴らしに口を開いた。


「……キミたちは、マンガを読むかね?」

「マンガですか?」

「多少は」

「ではこういう話は知っているかな。ある日、冴えない大学浪人生の青年のところに黒服の男がやって来て言うわけだ、『貴方は宇宙人の生贄に選ばれました』と」

「……?」

「ああ、昔読みました」


 黒服女は首を傾げ、男は笑顔で返す。


「オチは知ってるかね」

「生贄になることなく、大学に裏口入学して終わりでしょう」

「なんですかそれ、面白いんですか?」

「そんな話が面白いから巨匠なのさ。でだ。自分が主人公の青年の立場だとしたらどう思うかね?」

「……あまり幸福にも見えませんが」

「ほう?」


 そう答えたのは、男の方だった。


「世界の真実を知っただけで、裏口入学したとしてどうなります? 夢を宇宙人が叶えたところで、また大学の試験なり就職なりでつまずくだけでしょう。そして今日もどこかで宇宙からの無理難題に応える誰かを思う……さぞ退屈な人生でしょうね」

「あー、結局宇宙人の支配は抜け出してない、と」


 納得したように、女性が言う。


「ですね。救いがない」

「なるほど。確かにそうだが、私は思うんだ」


 言葉を切って、武蔵は語る。


「彼はね、真っ当にオーダーをこなしたのだよ。依頼者のストレスなくね。これは仕事において非常に大事なことだ。その点において、冴えない主人公は黒服より明らかに優秀だったのさ」

「優秀、ですか」

「ああ。何故ならそもそもその宇宙人の理屈が、『我々は強い。よって従え』という知性のカケラもない理屈だからだ。であれば、そう言う輩のオーダーは、いくら理不尽でも全部叶えてやるのが一番話が早い。それを主人公が知らなかったとしても、結果的に冴えない主人公のもたらしたラストシーンが最も正しいのさ」

「……」

「それで話は戻るが……私はね、最近まで依頼主はそのマンガの宇宙人のような存在だと思っていた。圧倒的実力差で人類を黙らせ、こちらの事情などお構いなしに振る舞う存在だと」

「つまり私たちは『漫画の中の黒服の男』だと?」

「ああ。だが今や違うのは、『我々は身勝手な宇宙からの侵略者に屈服した、汚れ仕事だけをやらされる宇宙人の下僕ではない』ということさ。今までそれに殉じてきたつもりだが、今はもう辞めていい。

 最近の流れで私は確信したよ。人類の一部は、明らかに彼らアンドロイド……ヴァンシップを知って、利用しようとし始めている。小間使いの時期は終わったのさ」


 また新しい煙草に火を着け、武蔵は告げる。


「……何故、そう思ったのですか?」


 椅子からわずかに身を乗り出し、部下達が話に集中している。釣れたな、と武蔵の嗅覚が告げ、内心で笑みを浮かべた。


「あの方が出たからだ。どう考えても、この件には『政界が何か能動的に噛んでいる』。であれば、この件は『横暴な宇宙人に振り回される地球人』ではなく……」


 何かの皮が剝けるように、あまりにも唐突に雰囲気が変わる。


「『宇宙人から利益を受ける地球人の話』だと?」


『利』を前にして、人は弱い。

 しかし、ただ上からの指示・命令に従うだけの存在だった彼らにとって、自分たちの上司を軽々と超越する『利』に繋がるロープの端をぶら下げられて、果たして倫理的でいられただろうか。


「ああ。誰のどんな思惑かは知らないが、『アーク』やその端末を名乗るくらい思い切った連中だ。まさかキミ達だって、機械に魂が宿っているなどと思ってはいまい?

 あの裏にいる誰かを引きずり出す気は無いが、あの裏にある技術は間違いなく金になる。ならば今まで下僕として尽くした我々も、誰が何を企んでいるかくらい、調べてみても面白いと思わないか?」


 返事は、何よりも空気が示していた。

 かくして、欲と好奇心に取り憑かれた人間が新たに3名、世界の裏側を探り出す。

 少なくともこの時、彼らの中に芽生えた欲の萌芽を知るものは、彼ら以外には宇宙のどこにもいなかった。

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