第21話 Negotiation(交渉)
――その連絡は、即座だった。
「ノヴァ様、こちらにコンタクトが来ております」
「コンタクト?」
「通話要請です。相手がこちらと、話をしたいのでは?」
「このタイミングかよ……」
夕映がそう呟いたのが、この場全員の感覚だった。あまりにも早すぎる相手の動きに戸惑いはするが、話し合いを避けられる場面でもない。
「どうしますか?」
「お兄ちゃんに任せたいな」
「え、僕?」
「ダメ?」
「わ、分かった、とにかく受けよう」
「承知しました」
すると平たく黒い板に変形したセバスチャンが、表面に『SOUND ONLY』の文字を浮かべる。
「やー、どうも初めまして。キミ達が僕らの相手かな?」
セバスチャンを介した通話の相手の声はかなり若く、クラスメイトすら思い起こさせるような声色だった。しかし音域以外の雰囲気は大人そのものの、どこかちぐはぐな印象。
「……初めまして。お手柔らかに」
「あっははは! 面白い人……いや、『子』だな。声変わりはしてるが少なくとも成人はしてない。高校生でこの町の男子……はーん、やっぱりキミかあ、迦具夜 彦善くん。声の反響からして、随分静かなところにいるね? 地下かな?」
「っ」
一言だけで、見透かされた。
その事に恐怖しつつも、通話を切れない恐怖。それに対して彦善は、口に指を当てて、全員が静かにするのを促した。
「ま、こんなことをして驚かせても仕方ないか。下手に慌てないのは立派だね。というわけで、こっちとそっちは闘わなきゃいけないわけだが……」
「殺したいのか?」
「うん?」
空気が、冷える。
「お前は、僕を、殺したいのか?」
再度ゆっくりと響いた言葉はそれまでの空気を取り去って、数秒の静寂をもたらす。
「……なるほど、こりゃまた難儀だ。だがその質問に答えるなら、キミ達次第、としか言えないかな」
「つまり?」
「そっちだってこっちを殺す気は無いよね? って確認さ。高校生が人殺しに躊躇しないほど、この国は治安が悪くないだろう?」
「……」
「で、どうだいカグヤくん。またキミのご近所を吹っ飛ばされるよりは、話し合いをしたほうが良いと思わないかい?」
言葉は真理だが、状況は脅迫だ。
「話し合いに応じなかったら、また学校を吹っ飛ばすってことか?」
「それもやむな……ぎゃふん!」
「?」
相手側から違う声がして、声の裏で破裂音のような音まで聞こえた。
「ごめんごめん、今のは忘れてくれ! いや本当に申し訳ない。僕は改めてキミ達と話がしたいし、暴力に訴えることは絶対にしないよ。ま、信じてくれとしか言えないがね。強いて言うなら、こちらがそちらに今攻撃してないってことくらいしか、カードが無いんだが」
「……考えさせてほしい」
「なら、かけ直そうか?」
「いや、いい。今決めた。僕はアンタと会いたいし、僕らの今後の話をしたい」
「ふーん、なるほどねぇ」
再び数秒の沈黙が流れて、
「早いほうが良さそうだね。場所は、こちらが決めて良いかな?」
それまでと同じ声が、地下室に響いた。
「それは流石に怖いから嫌だ。……会うなら今夜、天星神社でどうだ?」
「え?」
「?」
それまでに無かった心底驚いた反応が返り、逆に彦善が疑問符を口にする。
「あ、いや、天星神社か……構わないよ。待ち合わせは何時にしようかな?」
「……そっちの希望は?」
「18時かな。なんならその後、一緒に夕食でもどうだい」
スマホを見れば、今の時刻は16時過ぎ。
歩いて向かっても、十分に間に合うタイミングではある。
彦善は目で周りに合図を送ると、夕映たちから返って来たのは肯定の頷きだった。
「わかった、18時に天星神社で」
「決まりだね。じゃ、待ってるよ。こっちの使いを賽銭箱の前に立たせておくから、目印にでもしてくれ」
そう言って通話は切れ、セバスチャンがもとの光る球になって浮かぶ。
「……話し合い、かぁ。一時間四十七分後に、話し合い……」
コンクリートの上に絨毯を敷いた地下室の床に寝転がるようにして、ノヴァが言葉を発した。
「なんだお前、闘いたかったのか?」
それを見て意外そうに、夕映が聞く。
「ううん、別に。私の想定してたシミュレーションパターンと少し違ったから、脳内で情報を処理してただけ」
「……思ってたのと違ったから考えてる、って言えよめんどくさいな」
「私、そんな漠然としてないもん。人間じゃないから」
「はいはい」
珍しく頬を膨らませたノヴァを夕映が軽く流して、
「で、さ」
と、話を切り替える。
「相手、何者なんだろうな」
「声から判断すると女性ですね。17歳程度の女性の声に聞こえましたが」
「え、僕らと同い年?」
「流石にそりゃないだろ」
「そうなのですか? 変声機を使った声ではありませんでしたが……」
「声色を変えてたとかかな。何にしても油断できる相手じゃなかったけど」
声一つでこちらの場所まで特定できるとなれば、少なくとも相当な訓練を積んだ人間に間違いはない。
ピースメイカーや刑事のフリをしたアンドロイドに襲われたことを考えれば、彦善たちが警察を相手にしているような危機感に襲われるのは道理だった。
「学校吹っ飛ばすような奴だし、油断できないなんて今更だろ……あれ?」
「どしたの」
「いや……考えてみたらさ、なんかおかしくねぇ?」
「何が?」
「さっきの相手だよ。彦善お前さ、今日学校で襲われたんだよな?」
「うん」
「じゃあ『やっぱりキミか』って向こうが言ったの、おかしくね? 今更じゃん。お前が怪しまれたから学校で襲われたんだろ?」
「……あれは、通話の相手が僕、って意味じゃないの?」
「そのへんどうなんだよセバスチャン」
「それはおそらく、ノヴァ様の判断が功を奏したのでしょう」
どこか得意げに、セバスチャンが言った。
「?」
「あの『尖兵』……お二人に分かるように言えば、刑事のフリをしたアンドロイドですが……彼らの通信は、ノヴァ様が妨害していました。おそらくそれにより、彦善様とノヴァ様が融合していた事実を知っても、情報を飛ばすことが出来なかったのでしょう」
「いつの間に……」
どうやら自分とノヴァの関係がバレてなかったと知って、彦善はわずかに安心する。とはいえ、もう自分が誰なのかはバレてしまったわけだが。
「え? じゃあ何お前、最初からその刑事がおかしいって気づいてたの?」
「違うよ、この国が電波でうるさすぎるから、触れそうな距離に来た人だけでも静かにさせてただけ。
学校ってトコはまだ静かな方だったのに……みんなで勉強し終わったらピコピコピコピコうるさいしさ。ここはかなり静かだから好きー」
「あーそういう感じなんだ……」
どうやら電波はノヴァにとってうるさいらしく、それを遮断していたと言うなら、盗聴された心配は無いのだろう。それに加えてこの地下室は、家主である夕映の意向で、わざと電波の圏外にしてある。
「ともあれじゃあ、今までのわたし達の話も向こうにそこまでバレて無いってことだろ。良かったじゃん……あ、そうだ彦善、ちょっとこっちの部屋に布団とか運びたいからさ、手伝えよ」
「ん、分かった……ノヴァとセバスチャンはゆっくり休んでて」
「はーい」
「わかりました」
そう言うとノヴァはクッションに腹ばいになって遊び始め、セバスチャンは部屋の隅に転がっていく。
そして階段を上がり、夕映の部屋に来たところで、
「……で、どうする?」
深刻な表情で、夕映が言った。
対する彦善は、深刻とは言い切れない複雑な表情をしている。それを見て長年の付き合いから、夕映は察した。
「お前、あいつらに同情してるのか?」
「それもあるけど……恩、かな。助けてもらったわけだし……」
「そっか。だろうな。じゃあお前に大事なことを教えてやる」
「?」
「わたしは、あいつらが死のうが生きようがどうでも良い」
「……」
暗い部屋に、その声はよく響く。
彦善を真正面から見据え、そう告げた夕映の目は、本気だった。
「お前さえ無事なら何でもいいんだ……本当は勝手に死んだバカなお前をぶん殴ってやりたいし、何で死にかけてんだとか、無事で良かったとか、言いたいこと、いっぱいあったのにさ……全部どうでもよくなっちゃったよ、お前を見たら……」
「……ごめん、心配させて」
「本当だよバカ! ……でも、わたしを昔助けてくれたのは、『そういうお前』だもんな……だから、わたしは好きだよ」
「……」
「お前に心配かけられて、心がぐちゃぐちゃになっても……お前はまた、わたしとこうしてくれるだろ?」
しがみつくように夕映は彦善に抱きついて、自然と彦善は床に腰を下ろす。すると夕映は体勢を変えて、さらに深く彦善に身体を預けた。
「これだけがわたしの生き甲斐で、生きてる理由ってのは知ってるだろ? だから、これをわたしから奪うやつは殺してやるし、これを終わらせないでくれたあいつらは、今はちょっと好きだ。
でもあいつらのせいでこれが終わるなら、わたしはあいつらをぶっ壊すよ……なあ彦善、わたしの気持ち、分かってくれたか?」
「……ああ、分かった」
「ん、よし」
さらに強く抱きしめられて、いつもそうするように、彦善は夕映の髪を梳くように撫でる。
「で、お前、どうしたい? お前のことだから、『やったー向こうと話が通じそうだぞ!』とか思ってんじゃねえの?」
「……うん、まぁ」
図星だった。
話し合いで闘いが解決、ないし僅かでも収まるなら、彦善はそれを望む。
「じゃ、頑張らなきゃな」
それから数分かけて、二人は新しい布団を地下室に運びこんだのだった。
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