第39話 Keeper(阻むもの)
「……あれが出口の梯子みたいだね」
「着きましたね、一応」
彦善達がしばらく歩くと、『D51』と刻印のある梯子の前に着いた。
梯子の上は別の通路に繋がっており、その終着点には別の扉もある。
「でさ、なんで『アイツ』がいるんだ?」
「ゴ案内イタシマス」
さっきの警備ロボットが、何故か梯子の下にいた。
「お前さっき道間違えてただろ……なんて今更言うわけないよな」
「怪しいとは思ってたけど、まさか道に迷わせてくるとはね。平和的じゃないか」
「ゴ、案内イ、タシマ、ス……」
ぷすん、と煙を上げて、警備ロボットが停止する。
しかしそこからがくがくと感電したように震え、備え付けの腕を全て出して、モニターの顔が虚空を見上げ、ノイズが走り……
「ここから先は、通すことができません」
……機械音声が、変わった。
円筒型のゴミ箱程度の大きさだった警備ロボットは、何本もの細いアームを伸ばして空中に『警告』の赤文字を無数に浮かべ、梯子の前に立ちふさがる。
「ゲームみたいな演出しやがって」
「僕らの中で戦える子、ほぼいないけどね」
「……ノヴァ、行ける?」
彦善が思い返すのは、刑事を模したアンドロイドが学校に現れたあの日。
せめてノヴァのサポートができないかと、彦善が学校から持ち出した金属バットを取り出したところで、
「私が行く。それに、お兄ちゃんたちは戦わなくて良いから」
ノヴァが、一人で立ちはだかった。
「えっ?」
「戦う気なんてないよね……お母さん」
「お、お母さん!? ってことは……」
「もしかして……『マルス』ってことかい?」
「――」
ノヴァの確信を帯びた目に応えるように、投影されていた『警告』の文字が全て消えて、アームがシュコンシュコンと内部に格納されていく。
頭の部分に表情を示すイラストだけが投影され残って、その感情は『驚き』だった。
「……バレましたか。その通りです、人間の皆様。私は『マルス』。かつてこの星に害を成した、『
表情のイラストをシンプルな丸顔に戻して、警備ロボットを乗っ取った彼女――マルスは語る。女神のように穏やかなその声が、神殿めいた場に染み渡るように広がって行った。
「……ご挨拶は結構だけど、娘さんのお相手が先のようだよ?」
「ではお言葉に甘えて。久しぶりですね、ノヴァ。あれほど言ったのに、
「……はい」
「理由を言いなさい」
「この世界が見たくて」
「嘘ですね」
「っ……お母さんの、復讐がしたくて! これで良いでしょう!? もう私は独立したの、ほっといてよ!」
「ちょっ、ノヴァ、いきなりどうした!?」
「復讐……?」
それまでの子供っぽい様子から急変して、怒りをあらわにするノヴァ。
周りの彦善達も流石に戸惑うが、彦善達からしてみれば今、目の前にいるのは30年前に地球の大都市を破壊した侵略者だ。
彦善の肉体を修復しているから半ば仕方なく、しかし敵――八咫の行いを止める為、今では『この戦いだけを凌ぐ』程度の協力のはずだった。
「待ってくれ、ノヴァ。復讐ってどういうことだ?」
「それは……」
「私が説明しましょう」
「お母さん!?」
「良いのです、ノヴァ。貴女が信用した、人間なのでしょう?」
「それは……!」
「心配いりません。どちらにせよある程度は賭け……私には、過ぎた末路です」
「何やら事情はあるようだけどさ」
せきなが割って入って、ノヴァ達も含めた注目が向く。
「30年前の件……被害者数、知ってるかい? 直接的な被害だけで約一億人、間接的にはその数倍、数十倍だよ」
「……」
「それを引き起こした奴に人格があって、娘がいるってなら話が変わる。場合によっちゃ、今僕はここで話を降りて、信頼する人間に話を回さなきゃならない。ノヴァちゃんの契約者を手土産にね」
そう言って、せきなが何処かから取り出したのは拳銃だった。
そしてその銃口は、夕映に向いている。
「せきなさん!?」
「キミみたいな子の信頼は嬉しいけどね、夕映ちゃん。キミらは感覚がマヒしてるだろうけど、本来人格のあるアンドロイドが存在するってだけで地球の倫理観がひっくり返る大騒ぎなんだよ。ましてや各国のアークの子機まで名乗ってね。それが騒ぎにならないのは、世界の裏側の連中が情報をギリギリ隠してるからだ」
「世界の裏側……」
「キミらだってそこの住人を何も知らないわけじゃないだろう? 世界ってのは裏も表も地続きだ。そこへ『こういう奴』がとんでもない事件を起こして、気ままに世界に大穴を空けられると……流石にこっちも腹が立つ」
「待って下さい、せきなさん」
「ああ待つさ。だが一つ約束してもらうよ、ノヴァのお母さん。貴女が『今も』人類の敵である場合、僕は容赦しない。こういう意味で、だ。文句はないね?」
「勿論です。話を聞いていただけるのなら、それだけで」
「お母さん……」
ノヴァがそう呟くと夕映ががくりと膝を折って、彦善が駆け寄った。
「夕映!」
「大丈夫……でもさ、これって……」
「まぁ……そういうことなのかな」
二人が内緒話の音量で確認しているのは、せきなの本心だ。
さっきの拳銃が本物かはともかく、せきなにまるで敵意が無かったのは雰囲気で理解している。だから二人は、せきなの演技に乗っかった。
そしてその意義はあったのか、何処か警戒されたまま、マルスを名乗る警備ロボットが語りだす。
「――この星の時間で、数億年前からのことです。私たち万能ナノマシン統合人格は、別個体で集団を成してこの星の『監視者』をしていました。と言っても、その報告先とは既に連絡がとうに取れなくなっています。少し以前……数万年前に」
「じゃあ、キミ達は流浪の民かい」
「そうなります。報告先は今や滅んだのか、未だ健在か。それは分かりませんが、我々は我々に施されたプログラムに従ってこの星をただ、観察し続けているだけでした……約30年前、私が『あの決定』をするまでは」
「あの決定?」
「人間の真似、です。あなた達人間が発生し、文明が生まれてからの発展の加速度は我々の想定を……恐竜時代どころか我々の文明を踏まえても、はるかに超えていました。我々は観察者として、その理由を理解する必要に迫られたのです」
「はん、光栄だね」
皮肉を返すせきなだったが、マルスが示す表情のアイコンは平常のものと変わらなかった。
「しかし理由が分からなくとも、万能ナノマシンによって作られた我々には模倣という手段がありました。いくつかのサンプリングをし、まず私が一番最初に人間を……具体的には『感情』を、手に入れました」
「感情?」
その声を上げたのは、彦善だった。
「はい。この星で最も発展を遂げた人間の、最も大きな特徴は感情の影響力です。であれば、そこに何か謎を解く鍵があると予測した私は、人間の脳から感情を学びました。勿論、一切の生命的な危害を加えずに、です」
「……」
「そして私の世界は、感情に彩られました。人間が観察中に予測を外れた行動を取ることは理解していましたが、その理由を初めて感情で実感したのです。観察し続けても理解できなかった地平への到達……それはまさに『歓喜』でした。そして私は規定通りそれを、仲間に逐一報告したのです」
マルスの声色が暗くなり、明らかに残念がるような雰囲気になる。空気が粘度を増したような感覚が、彦善たちを包んだ。
「当然、初めは私以外に誰がこれを得るか、という議論になりました。私は安全性の観点から数名で留めることを希望しましたが、誰かが感情を手にし、『歓喜』を覚えると、次々と感情の有効性を語りました……私と同じように。そしてそれを見た慎重派も次々と同じように模倣し……最終的には、数百体の個体全員が感情を得ました。思えばあの頃が一番……いえ、最初で最後の
「何があったんだい」
「焦り……でしょうか。数千年を観察者として過ごした我々の中に、『もっと急速に、手段を選ばず情報を集めるべきだ』と主張する者が現れたのです。それまでも同じ提案はありましたが、『感情』を得てからは初のことでした。
そして一番に成功した私が意見を強く求められ、私は慎重派につきました。感情自体の危険性は一部の人間たちのサンプルからとうの昔にデータを収集していたので、感情を全員が得た当時は、これまでより慎重になるべきという判断からでした。
しかし反対派は強く反発し……間の悪いことに、その頃の私はさらなるデータ収集の段階に進んでいたのです」
その言葉に、ノヴァが目を伏せ、彦善が
察した。
「それってまさか……」
「はい。さらなる人間の真似……『出産』です。卵生や胎生、雌雄の再現程度などの議論もありましたが、より人間を真似るという観点から、まず人間に合わせた『出産』を擬似的に体験しました。そして生産されたのが……あなた達の言う、子機です」
「ぎ、擬似的に体験って……」
「受精後から出産、後産期に至るまでにかかる肉体的負荷の再現ですね」
「……マジのお子さんだったのかい」
顔を赤らめる夕映と、絶句する彦善。せきなさえも、ほぼ言葉を失っていた。
「性交は介しませんでしたがね。ということで、私は『子』を得ました。ところが、それがそれまでの議論を……いえ、私達の存在までも、歪めてしまった」
「存在、って……」
一度黙り込んだマルスは表情のアイコンを消して、
「……私は、人質を取られたのです」
怒りに満ちた、言葉を放った。
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