第46話 Disappointment(絶望)
彦善が初めて人を殺したのは、5歳の時だった。
その日仲間たちと一緒に『プレゼント』を持たされ、空港に置き去りにされ、迷子になったと勘違いした彦善はプレゼントをその場に放り出して、大人を探した。
そしてその日テロが起きて、和平交渉に向かった政府要人は大多数が死亡。
過激派テロ組織は『偉大なる戦士』として彦善を育て上げ、似たような選ばれ方をした『偉大なる戦士』たちと5年を過ごした。
きっと戦いの先に素晴らしい未来があり、戦いの半ばで天に召されても勇者として迎えられる、そんな世界を漠然と信じていた。
けれどそんな小さな夢は、爆風とともに消えた。
その日ゲリラ戦を生き延びた勇敢な戦士たちは、たまたま見つけた廃ビルで夜を明かすことにした。
安全を確認するために倉庫の床を調べていると、彦善が見つけたのは小さな扉。
子供ならたやすく進める通路だったその先は、小さな地下室だった。
ここならさらに安全だと思った瞬間、爆音が轟いて熱い風が通路から吹き、彦善は吹っ飛ばされる。
そして来たときより明らかに短すぎる通路を抜けて、そこで見たのは赤い地面。
「……あ」
いくらでも見てきた光景の、はずだった。
散らばる死体。
飛び散ったガレキ。
それが今回は自分以外の仲間で、自分のいた建物だっただけで――
「わああああああああああああああああああああああああ!!!! みんなが、みんながあああああああああああああああ!!!!」
幼い手が、ガレキを掘り起こそうとして血まみれになる。
しかしその手が止まることはなく、やがて力尽きて、雨の中仰向けに転がる姿があった。
(……あれ?)
そこで、彦善は気づく。
今のが俗に言う走馬灯……人が死に際に見る過去の映像だと気づき、さらに自分があの時と同じように、雨の中、仰向けに転がっていることに気がつく。
「ヒコヨシ!! 起きろよ! 起きろって言ってんだよ馬鹿野郎!!」
うるさい幼馴染の声がする。
何で自分が倒れてるんだっけ……と思った瞬間、その顔が絶望に染まった。
「生きてた。しぶとい」
「お兄ちゃん……良かっ、ぐぶっ!」
「抵抗は無意味」
「ノヴァ!」
寝返りをうって、どうにか声のする方を向いた視界で、ノヴァが八咫に踏みつけにされている。雨のせいでぬかるんだ地面に、ノヴァの顔が無理矢理沈められていた。
「やめ……ごぼっ、あ……」
口から雨水混じりの血が溢れて、折れた左腕は動かない。
「『レシピ』を寄越しなさい、ノヴァ。繰り返すけど、抵抗は無意味。貴女からレシピを奪って、私は次の戦いに進む。今レシピを渡すなら、破壊まではしない」
「嘘付かないで……! 貴女の性格はもう分かってる!」
「……知ったような口を」
「あぐっ!」
サッカーボールのように蹴飛ばされたノヴァが泥水に塗れて転がり、立ち上がろうと震えたところへさらに髪を掴まれる。
大した抵抗もできず目線を合わされ、アリスの顔とノヴァの顔が至近距離で向き合った。
「う……」
「八咫。既に貴女の勝ちは確定しました。貴女が宣言すれば、勝利はしますよ」
そこへ、空中からの声。
審判を務めていたニュートが、八咫を睨むように言った。
「ニュート、貴女の口車には乗らない。そうしたら私より早く、こいつからレシピを奪うつもり」
「……」
「女狐め。ノヴァ。ほら早く、レシピを寄越して」
「う……あ……ああっ!!」
――嫌な音がして、ノヴァの右肩が砕ける。
「ノヴァ! もういい、降参しろ!」
「……貴女の『お兄ちゃん』がああ言ってる。ノヴァ、諦めて」
「いやだ……私は、お母さんの……」
「本当に、意味が分からない。しかも貴女、『肉を
「ベース……?」
「……万能ナノマシンは、万能であるがゆえに不安定。間違えて鉄を泥の柔らかさにするのも茶飯事……だからこうして、素体にする物資を登録する。私なら『木』。だからこうして麻薬物質を出して契約者を操れるのに……お前らはこれ見よがしに『人を操る』!!!」
「心外ですね、救済ですよ」
「私は、操ってなんて……」
「嘘をつくな! じゃあ何故お前に3人も従う!? 何故私の契約者はあんな下らない話し合いをしたんだ! どうせお前が操ったんだろう!? 人間を洗脳するその紅い眼で!」
「八咫……貴女……」
――はっ。
その時、笑い声が漏れた。
「なぁんだ……そう言うことかよポンコツアンドロイド……」
ふらつく身体を起こし、彦善が立ち上がる。
「ポン……コツ……?」
「お前は何もわかっちゃないんだよ。僕らは『争いたくなんてない』。そんなことも分からなかったお前が、全部ぶっ壊したくて暴れてるだけか。そりゃ勝てねえし、その先には何もねえよ、ポンコツ」
「貴様……っ!?」
「舐めプは終わりだポンコツ野郎!」
「彦善!?」
叫びとともに、地面から何かが飛び出し、水流が八咫の顔を射つ。
「な……これは、水道管!?」
驚く八咫の背後、さらに別の管が飛び出して、背後のライトが一つ消える。
火花を散らして迫るそれが八咫に触れると電気が走り、その服の表面を焦がした。
「ひぎゃあっ!! こ、これは……バカな、何故電線がこんな表層に……くっ!!」
防御体勢のつもりなのか、周囲に白いプレートを生み出す八咫。しかしその数はあまりにも少なく、明らかに護りきれていない。
「ノヴァ!! 前だ!」
「っ!」
「がはっ……あああ!?」
ノヴァに蹴られた八咫が、落ちる。
泥の溜まった穴が突如出現してそこに落ちた八咫は、
「な、何が起きて……ひいっ!」
その穴を塞ぐように土から飛び出す電線の蛇。それを避ける方法は、最早一つしかなかった。
「く、くそっ……!」
アリスの身体から分離して、隙間を抜けて電線を避ける。
それしかないとわかっていて穴から飛び出した先で、戦闘体勢を構えた八咫の胸に、コツン、と何かが当たった。
「え?」
それはただの、ノヴァの破片。
せいぜい数個のそれらを見て、八咫は察してしまった。
(反、重力……?)
起動したのは反重力。
脳裏に浮かんだのは、偽刑事が飛ばされた時の――!!
(しまった、こっちは……!!)
『西』。
太陽がそうであるように、地球の重力下に無いものは自転速度で西に飛ぶ。
その速度は、時速1700km。
……決着には、十分だった。
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