第47話 Game End(終幕)


「がっ、あああっ、あ、ああああっ!!」


 超高速で地面を跳ねるように転がる八咫がグラウンドを照らすライトの上まで跳ね上がって、三角に敷かれたライトの中央に突き刺さる。

 数回点滅した後に煙をあげて消えたその様子は、八咫の意識を象徴しているかのようだった。


「戦闘不能……ですね。おめでとうございます、お二方!」


 ニュートが朗らかに笑って、周りの黒マント達が喝采を上げる。

 しかしその中から飛び出して一番に彦善に抱きついたのは、


「ヒコヨシーっ!!」

「ゆぇぶっ」


 もちろん夕映だった。


「バカバカバカバカ大馬鹿野郎! 心配かけやがってバーカ! 信じてるのも辛いんだぞバーカ!」

「何言ってんだかわかんねぇよ……でもありがとう、なんとか勝てたよ」

「うぅ〜、うぇっうぇっ」


 ぐすぐすと泣く夕映の顔をハンカチで拭いていると、その背後から足音。


「おめでとうございます、ヒコヨシさん……と、ノヴァ様」

「……アンタは」

「今更ですが、自己紹介をしましょうか。私は合衆国旗下のアーク、【セラフィム】の『子機』・ニュート。そして……」


 小雨の中天に掲げた指をパチッ、と鳴らすと、空から何がが降ってくる。

 地響きとともに現れたのは、大男だった。


「この人も?」

「ええ。名乗りなさい、ゴリアテ」

「はい。ワタシは合衆国旗下のアーク、ミカエルの子機ゴリアテです」

「……そりゃ、チームを組むこともあるわけだ」


 そこへさらに、せきなが現れる。

 その背後では黒マントたちが穴からアリスを引っ張り上げ、意識を取り戻したらしいアリスが呆けたようにへたり込んでいた。


「それで? 僕らは疲れたし帰りたいんだが……宗派替えするまで帰さないぞ、とかあったりするかい?」

「いいえまさか。目的は……」


 その時だった。

 雨の中に一迅の強い風が吹いて、気まぐれに弱まっていた雨が強さを増す。


「……まだ少し、手間がかかりそうですね」


 ニュートが振り返り、見上げる先には八咫が突き刺さったライト。

 ガラスが割れるような音が響き渡り、金属を裂く音が雨音に混ざって聞こえてくる。


「ア……アアアアアアアアア!!」


 でろりと周囲のライトが三本溶けて崩れ、八咫がいたライトに吸収されていく。


「……おい、日曜朝の最後じゃねえんだぞ」


 そして現れたのは、鉄の巨人。

 見上げるほどの高さの巨人が現れ、その場にあったスマホからけたたましく撃墜警報が響き渡る。


「おやおや、理性も捨てて適合できない物質と無理に同化して……よほど、『感情』が制御できなかったのでしょうね」

「アンタのんきに何言ってんだ!?」

「……いえ、良い機会かと思いましてね」

「はい?」


 雨に濡れたニュートが、笑みを浮かべて拳を胸の前で合わせ、笑う。

 突然の巨大ロボット出現に周りの黒マントたちは祈るような体勢に移るが、


「みなさん、騙されてはいけません! あれは言うなれば墜ちた天使! あれこそ我々が戦うべき、悪魔の姿です!」


 高らかな宣言によって、周りの混乱が少し落ち着く。しかしそうしている間にも巨大化した黒い八咫は拳を振り上げて、


 ――爆発が、拳を砕いた。


「!?」

「お早いこと」


 修道服が糸のように解けて、伸びて、周囲に広がっていく。

 ぬかるんだ地面に刺さったそれが同化を目論むのはさらに地下、広範囲に広がった、コンクリートの層。


「あれを追い込んで頂いたお礼です。私も少しばかり、手の内をお教えしましょうか。ゴリアテ、保護して差し上げて」

「ハイ」


 大男がマントを振ると、するりと地面に吸い込まれる。そして絨毯のように宙に浮いて、彦善達を持ち上げ、そのまま黒マントたちが避難して行ったグラウンドの隅に飛行した。


「うわ……」

「すご……」

「……怪獣映画だね、こりゃ」


 コンクリートを組み上げて身を起こした巨体の姿は、背に一対の翼が生えた大天使。

 熾天使セラフィムの名を冠する自身を誇るように両腕を広げ、先ほどの爆発で黒煙を上げる巨大化した八咫を誘った。


「――!」


 無言で再度拳を振り上げ、振り下ろす鋼の巨体。

 細い人形のようなシルエットだったが、素材の差があるのか拳を受け止めたニュートの腕にヒビが入る。それだけでバラバラと周囲にコンクリートの破片が降り注ぐが、周りの黒マントたちは全員が歓喜に震えていた。


「……お兄ちゃん?」

「あ、いや……」


 嵐の中、戦いを繰り広げる巨大ロボット。

 周囲には警報音が響き渡り、それを特等席で見ている自分達。


「神様!」「おお、素晴らしい……」「これが神の力だ!」「我々を救う神の慈悲だ!」「ありがとうございます、ありがとうございます!」


 周囲から黒マントたちの歓声が響く。

 誰もが感謝を叫び、喜びを謳い、自分たちを救ってくれる存在に祈りを捧げている。


「……空気は読めよ、ヒコヨシ」

「わかってるよ」


 それだけ言葉を交わして、闘いに目を戻した。

 腕を掴んだ八咫はそのままコンクリートの身体を砕き、それを捨てようとする。

 しかしバラバラになった破片が巨体にまとわりつき、振り払うような動作をしてもむしろその体表がコンクリートに覆われていく。

 その腹部分に真正面から右ストレートが突き刺さって、奇妙な高音とともに弾けるような音がして、八咫の全身に亀裂が走った。


「……すごい、もう固有振動数を見抜いてる……初見のはずなのに」

「固有振動数……なるほどね、そうしないとああやって破片を利用されたりするわけだ」

「うん、それにそもそも、さっきの爆発って……」

「ま、演出って奴だろうさ」


 ノヴァとせきなが言葉を交わして、現象の答え合わせ。

 前方では膝を折った八咫が、見下ろすような姿勢のニュートに苛立ったように苦し紛れの拳を振り上げて、それを真正面から巨大な拳に潰された。

 そして二つの巨体が同時に崩れ、その土煙が周囲に広がる。

 その中から蒼い後光ハイロウの灯りが見えて、いつの間にか大穴が開いた雨雲から注ぐ月の光を浴びて、笑顔で彼女は立っていた。


 オオオオオオオオオオオオオ!!!


 周囲から大歓声が上がり、叫ぶような音量で神の御業を称えつくす。

 そんな中彦吉の足が震え、力が抜けて、かすむ視界の中、ノヴァと夕映が手を伸ばすのが見えて……


「……良かった、生きてた」


 天星神社で目を覚ましたのは、次の日の朝のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る