第45話 Strategy(戦略)
――時刻は少し遡って、彦善たちがまだパソコン室にいたときの話。
「戦略?」
「うん。『戦法』って言っても良いんだけどさ、キミ、どう考えてるんだい? ノヴァちゃんが戦う間ずっと策もなく無防備ってわけには行かないだろ」
せきなが話を降って、彦善が考え、それに夕映とノヴァが気づいた。
「そう言えば決めてませんでしたね。でも何ていうか……何故か、どうにかなる気がしてて」
「おいおい何言ってんだ彦善、ノヴァはともかくお前が生身でアンドロイドと戦えるわけないだろ」
「いや、生身じゃないんだ」
「は?」
ジャキン、という金属音とともに、彦善の左半身を鎧が覆う。
黒い鈍色の鱗を重ねたようなそれは、金属光沢を持って自由に組み変わり、小さな盾を作ったり、篭手から刃が伸びたりと、彦善の自由に動かせるようだった。
「……なにそれ、中途半端な変身スーツじゃん。ノヴァに借りてたのかよ」
「借りてたって言うか……」
「階段から落ちた時にお兄ちゃんを直した万能ナノマシン、だいぶ馴染んだんだね。もっと増やす?」
「うーん、やっぱり全身覆う方が良いのかなぁ」
「そりゃそうだろう、顔丸出しなんて危なっかしくてたまらないよ」
「重くねえの?」
「全然。たぶん……」
そう言ってパキッと鱗のように1枚鎧の表面を剥がし、キーボードの上に落とすと、
ごすん
と派手な音がして、キーボードを真っ二つに破壊し、強化プラスチックの机に突き刺さった。
「……何がしてぇの?」
「いや違うんだって! めっちゃ軽いよーみたいなことを教えたかったの!」
「反重力は偉大だね。万能ナノマシンってこんな重かったのか」
「そだよ。ナノレベルの機構で反重力を生み出してるけど、意識的な電気信号でオンオフできるから気をつけてね」
「気をつけてねって言われてもなあ」
「とにかく全身を鎧で覆ってみろよ」
「ちょっと足すね」
空中を野球ボール程度の銀の球が浮かんで、シャボン玉程度の速度で彦善の肩に当たる。するとその球が弾けるように消えて、鎧が更に体積を増していった。
そして首から下を覆った鎧姿になった彦善は、少し興奮した様子で立ち上がり、手を握ったり開いたりして感触を確かめていた。
「なかなかカッコいいじゃないか。特別な名前とかつけちゃう?」
「いえ別にそれは……」
「エンリョするなよ男の子だろ」
「でもなんか全身銀色はダサいなあ」
「じゃあ黒くするよ」
彦善がそう言うと、ふっと鎧全体の色が変わった。
「しれっと色が変わったけどそういうことできるんだな。あとさ、変形してマシンガンとか出せるんじゃね?」
「うーん、出来なくはないけど危ないし、勿体ないと思うよお姉ちゃん」
「なんで?」
「暴発が怖いんだけど」
「あーそりゃそうか」
「それもあるけど、弾を飛ばしたら回収するの大変じゃない?」
「確かに」
「飛び道具は勿体ないから肉弾戦か、ロマンのある話だねぇ。……それで、顔部分は作らなくて良いのかい?」
「あ、そうでした」
そう言うと首元から金属が伸びて、彦善の顔が黒いフルフェイスヘルメットのようなものに覆われる。
「シンプルだなあ」
「派手にしたってしょうがな……あっ、これ首が動かない……」
「下手かよ」
「難しいんだって! でも困ったなあ、どうしよう」
「僕に良い考えがあるよ。まずそのヘルメットだけ残して――」
かくして、試行錯誤を繰り返すこと5分。
「うん、良いじゃないか」
全身鎧にフルフェイスのヘルメット、そして首元には白いファー付きのマントを纏った、傍目には鎧の騎士が完成した。
「暑そう」
「そう言えば暑くないなあ」
「万能ナノマシンは自然と自分を冷やす効果があるんだよ。機械だもん」
「つくづく万能だねぇ。じゃあ後は練習かな。一瞬でその格好になれるようにならないとね」
「……ですね」
――かくして、時刻は今に戻る。
ライトに照らされた河川敷のグラウンドで黒を基調にした巫女服を纏ったアリスは笑みを浮かべて高下駄で構えを取り、対する彦善は全身鎧に身を包んで、同じく漆黒の盾と剣を作り出した。
「――始め!」
審判役を買って出たニュートの声が響き、バッ、と服のはためく音とともにアリスの身体が彦善に肉薄する。
(早――! てかやっぱり僕狙いか!)
アメフト選手が敵をすり抜けるような動きでノヴァを抜き去り、セバスチャンを放り投げた彦善が、練習した全身鎧とマントを発生させる。
左から来た、と言語化するよりも早く彦善の身体が動いて、フック軌道の拳を鎧の腕で受ける。次の瞬間、彦善の脳裏に浮かんだのは自分を跳ね飛ばす軽自動車だった。
ガゴン!! と派手な音が響いて、彦善の身体が宙に浮く。
体勢こそ崩れなかったが、華奢なアリスの身体から放たれたとは思えない衝撃に面食らう中、
「お兄ちゃん!」
声がして、ノヴァの拳が空を切った。
バック転の要領でノヴァの身体をノールックで飛び越えて、ガラ空きのノヴァの背中を巫女服が変質した剣が狙う。
「ノヴァ伏せろ!」
金属音が響き、火花が散る。
次の瞬間、クロスした棒の先端に鈎爪のような形の金属が4つついた武器が押し出すような動きで剣を弾き返す。
「これは……!」
(行けるか!?)
意図を察して、笑みを浮かべる八咫。
バックステップで距離を取って、カシン、と閉じた鉤爪をあざ笑うように笑みを浮かべた。
「予想通り。やはりノヴァ、貴女は臆病者」
「……2対1だよ、八咫」
「だから優位だとでも? 数の優位は戦力が伴わなければただの的……こんなふうに、ね!」
「なっ……」
「クソが!」
明後日の方向に腕を向けた――ように見えて、その手の先には夕映とせきながいた。
慌ててその腕を止めようとして飛び出した彦善の腹を、握り込んだ八咫の拳がガントレットを纏って振り抜かれた。
「がはっ!!」
「お兄ちゃん! このっ……!」
「おや」
ノヴァが、空中から巨大なハンマーを振り下ろす。
鈍い金属音とともに八咫の右腕がそれを受け止めて、更に重力制御で重さを増した追加の一撃が八咫を中心にクレーターを作るがしかし八咫の笑みは崩れることなく、左腕がハンマーを殴るとさらに重い音がして、ノヴァの身体ごと数メートル弾き返した。
「貴女までですか、ノヴァ」
「だから、何?」
「ならばこの決闘が成り立たない……意味は分かるでしょう?」
「……」
「八咫。先程の別の契約者を狙う行為……一度は許しますが、次はありませんよ?」
「流れ弾に罪はないはず」
「あちらにいる私の可愛い信者達を害して、同じセリフを吐くつもりですか?」
「……ちっ、分かった。気をつける」
言葉を返さないノヴァだったが、この場の全員がさっきの攻防の裏は理解していた。
――八咫は、万能ナノマシンを防御に回すつもりがない。
言うなればアリスの身体そのものが人質で、そのまま武器。
八咫に攻撃された部分のナノマシンは機能を停止して焦げたように崩れ、破損箇所の修復はされるものの、ジリ貧なのは目に見えていた。
「人質戦法とはヴァンシップ様もやることが姑息だな」
「姑息? むしろ手加減でしょう。さっきのフックも今のハンマーも、もっと殺意を込めればどうにでもなったはず……それこそナノマシンの消費を狙うまでもなく、私の敗北で終わっていたのでは?」
「……できるわけ、ない」
「でしょうね! 貴女たちは、必死で同胞の死――たかが機能停止を、避け続ける! あの夜の食事会で、ダラダラと戦いを避けようとする……まるで意味がわからなかった!」
興奮のせいか口調を乱して、アリスの身体で八咫が笑う。
季節外れの雷雲が雷鳴を轟かせて周囲に小雨が降り始め、絶望的な今現在の雰囲気に拍車をかける。
「貴女たちは甘い……だから負ける。方程式にもならない単純な図式」
「っ……」
「人間めいてそのまま消えろ、出来損ない!」
笑みを浮かべたアンドロイドは、魔王のように笑っていた。
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