第49話 Harmony? (円満?)
「ヒコヨシ様ー! ご無事だったんですね嬉しいです! さぁ話しましょう今後のこととかお互いのこととか全部! 私はヒコヨシ様がどんな人間だろうと全身全霊で隅々まで受け入れあいたっ!?」
どすっ、と首の後ろにチョップを打ち込む音がして、飛び込んできたその女子が畳に倒れた。
「もー何するんですかこのおじゃま虫」
べしゃっ、と床に広がった彼女は、夕映に踏まれながら首だけ向けて抗議する。
「何するんですかじゃねえよイカレ女」
「おお、修羅場だねぇ」
「しみじみと言わないでくださいよ。……それはそれとして無事で良かったですけど」
「ああん、なんて優しいお言葉……」
元気すぎるほど元気だったアリスは、夕映に踏まれながら頬を赤らめていた。
「何しに来たんだよ、無事なら帰れ」
「帰るところなんて無いですぅー。お祖父様は行方不明だし、公的施設のお世話になろうにも
「何言ってんだコイツ」
「セバスチャン、愛の巣ってなあに?」
「夫婦や恋人が暮らす住居ですね」
「へー、じゃあ今のがプロポーズなんだ……」
「ふざけんなバカ、こいつの頭がおかしいだけだ! ヒコヨシはわたしのもんだっつーの!」
「えっ」
割とショックを受けたっぽいアリスが、呆けた顔で彦善を見る。
彦善が肯定する意味で頷くと、
「……私、愛人でも構いまあいたたたたた! 髪の毛引っ張るのはズルいです!」
「食い下がってんじゃねえよ!」
と、さらに続いた。
そこへ手を叩く音がして、
「はいはいその辺にしとこうね。さ、これからの話をしようか」
せきなが場をまとめたのだった。
――それから全員がテーブルについて、改めて現状確認をする流れになる。
「さて、じゃあアリスちゃん、キミに起きたことを話してもらおうか」
「はい……」
せきなの隣に座るアリスは、どう見ても五体満足。そのことに安心はしつつも、彦善たちの目からは警戒が抜けなかった。
「……私は、あのアンドロイド……八咫に、ずっと身体を操られていました。最初は激痛が走ってたんですけど、それも最初だけで……痛みが消えてからはずっと、夢の中のような感覚でした。感覚……というより、現実味がなくて……でも、あの決闘の中で、ヒコヨシ様とノヴァ様が助けてくれたのはよく覚えています。私の身体を気遣って、それを良いことに私は……」
「……それは、キミのせいじゃないよ」
「私もそう思う。激痛は脳に干渉したせいだし……えっと、セバスチャン教えてあげて」
「はい。おそらくはじめは無理に脳に干渉しようとしたのでしょう。しかし契約者の肉体が壊れてしまえば元も子もありません。スペアとしての契約者も確保できなかったようですし、時間をかけて肉体を支配しようとしたようですが……私から言わせれば方向性にあまりにも無理があります」
「方向性?」
ノヴァの胸元でコロコロと転がるセバスチャンは、どことなく憤っているように言葉を続ける。
「彼女……八咫の選んだ『素体』は『木』でした。おそらくはこの地域の植物でしょう。機械としての万能ナノマシンに植物の特性は適合すれば非常に理想的ですが、動物である人間に干渉するのであればあまりにも『手を広げ過ぎ』です」
「欲張って、色々やろうとし過ぎってことか?」
「はい。ノヴァ様は『肉』を素体にしていますので彦善様の治療や同化に拒否反応はほとんどありませんが、八咫がそれと同じことを狙いとするのは……戦略的欠陥だったと言わざるを得ませんね」
「……」
戦略的欠陥。
そんなもので、目の前の少女が死ぬところだった。
その事実を胸の奥で受け止める彦善の顔を、横から不安そうに夕映が見ていた。
「でも良かったね、無事で」
「そんな……貴女のおかげですわノヴァ様。あの戦いのあと、私を治療どころか謎の教団からも守ってくださって……」
「そんなことしてたの? 偉いじゃん」
「ま、守ったって言うか、私が近づいたらあの人達が逃げていっただけだよ……なんかすごくぺこぺこしてたし、正直よくわかんないや」
「詳しくは調べてからだけど、どうやらマルス教はノヴァちゃんやあのデカい修道女みたいなヴァンシップを崇めてるみたいだからね。逆らうことはないだろうさ。今までは熱狂的なアークのファンかと思われてたけど、まさかこの件に協力してたとはね……そろそろ本格的にカルトじみて来たよ」
腕を組んで補足したせきなに、全員が黙る。今この街に、あの修道女……ニュートのような存在がいて、『これでこの先平和に暮らしました』となるわけがないのだ。
「……とにかく、僕は大人だからね。キミ達を守る義務がある……なーんて格好良いこと言うようだけど、実際は囲い込みさ。キミらには僕の『監視下』に入ってもらいたいのが本音だよ。夕映ちゃんは薄々気づいてると思うけど……」
「はい、せきなさんって独自のコミュニティ、持ってますよね」
「ベタベタした裏の人付き合いが苦手でね。自分でゆるーくコミュニティを作っちゃったのさ。組織名があるわけじゃないけど、君らもそこに入ってくれると助かるかな」
「……それ、兄貴もいますよね」
「うん」
「夕映……」
「わーかってるよ! その『家族の事情はわかるけどあの人は良い人なんだから仲良くしてほしい、けど強く言えないな……』みたいな顔止めろ!」
「そんな具体的な顔してたか!?」
「うん、してたよ」
「してた」
「してました」
そうなんだ……と彦善は驚いて、ともあれこの場の面々はせきな傘下ということになった。
「で、こいつはこれからどうなるんですか」
「こいつじゃなくてアリスって呼んでください、ユエ」
「呼び捨てか!? こっち歳上だぞ」
「あらそうでしたか、悲しい発育ですわねー」
そう言って胸を張るアリスだったが、正直大差は無い。人並みである。
「お前鏡見てから言え馬鹿野郎!」
「馬鹿とは失礼な!」
「はいはいケンカするんじゃないよ。とりあえずは僕の方で預かるけど、ゆくゆくは学校にも通わせてあげたいね。ま、決まったら連絡するよ」
「別にこんなやつどーでもよくなりました」
「私はヒコヨシ様と一緒の学校が良いです」
「でもお前歳下だろ?」
「ざーんねーんでしたー。飛び級制度ってものを知らないんですかー?」
「コイツ腹立つな……」
などと盛り上がった後、互いの連絡先を交換してお開きとなった。
「君らのスマホに僕ら専用のチャットアプリを入れておいたからね、盗聴対策は気を遣うんだよ。どこに例のカルトみたいなのがいるかわからないから」
そう言われて自宅に置いてきたはずのスマホを渡され、彦善は一旦夕映の家に戻る。
そしてそれからすぐに夕映の『例の発作』が3時間ほど来たので、その間ずっと抱きしめられてから何事も無かったかのように日常に戻った。
夕映の部屋で、彦善と夕映……そしてノヴァとセバスチャンが、対戦型格闘ゲームに興じている。
「セバスチャンそれ投げろ!」
「投げる。こうですね」
「崖に捨てるなー!」
「えっ」
お助けアイテムが崖下に落下する中、彦善の操るマジシャンのキャラクターがコンボをキメていた。
「ねえマスター、これおかしくない? 何でその技から逃げられない仕様になってるの? ただのステッキなんだから剣とぶつかったら壊れるべきだよね?」
「ああっノヴァがなんかやさぐれてる気がする!?」
「だったらお前もそのコンボやめろ彦善!」
「あっ抜けた。ふひひ、今度こそ誰かに即死コンボ決めるもんね!」
「ああ、ノヴァ様の成長を感じます。さすがお二人の勧めるゲームは我々の闘争的思考を……」
「そう言うのは後で良いから協力しろセバスチャン!」
「セバスチャン? 技の練習台になるのも立派な訓練だよね?」
「はい、その通りでございます」
「その通りじゃねえよお前もう残機無いんだぞ!」
などと盛り上がり、いつしか日は暮れて行った。そしていつしか、ふと夕映が自分のパソコンに届いていた一通のメールに気づく。
「あっやべ、これだいぶ前のだ……」
「スパムじゃないの?」
「いや……あれ? なぁ彦善……お前、おじさんやおばさんと連絡取れてるか?」
「あ」
そう言えば忘れていたが、今は一応音信不通のはずだった。
スマホを見ても連絡は無いが、ノヴァと出会う前から今までの現地情報を調べても、特段大きなテロの情報も無い。
「なにもないけど……」
「……じゃあさ、これどういう意味だと思う?」
夕映が画面から引き抜くようにして、メール内容を空中に投影する。
夕映に届いたはずのメール画面には、
『準備をして天星町から逃げなさい
猶予は2週間
これを彦善に伝えてほs』
とあった。
「お前の両親からだぜ、彦善」
「……」
「どうしたのー?」
文面を見る彦善の顔は、困惑に染まっている。
少なくともこの町の脅威がまるで去っていないのは――確定のようだった。
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