第42話 Separation(別離)
コンクリートがひび割れ、崩れ、三メートル近いロボット・天照が巨大貯水槽の壁に埋まっていく。
崩れた拮抗は戻ることなく、マルスの勝利で勝敗はほぼ決していた。
「さ、さすが古株は違うな……だがわかっているのかマルス……? 私を破壊しても、本体は別のところにある……お前の娘は何も助かっちゃいない」
「何を今更。少なくともあなたの一部をここで倒すことは、私にとって大きな
「ふひ……糧ね……」
底意地の悪い声が響いて、しかし状況は明らかにマルスの方が優位だ。
武者鎧の破片がばらばらと崩れ落ち、ひび割れが全体へと広がっていく。が、あくまでこの戦いは、お互いに遠隔操作している自分達の一部を戦わせているだけに過ぎない。またいつか天照が妨害してくることを考慮してか、勝利を目の前にしたマルスの声に明るさはなかった。
「糧……そうだよな、糧にしたいよな……ひひ……」
「何がおかしいのです?」
「なぁマルス、お前あとどれぐらい残ってる?」
「……」
「三十年! 逃げたと思ったら操られて、バラバラにされて! 逃げた先でお前、どれくらい残ってた? この三十年で、どれだけ復活できたんだ!?」
「黙りなさい、それが……!?」
「いやー、甘ぇなって」
ひび割れて崩れ落ちたはずの天照の破片が、一つに固まる。
足元のそれを認識したマルスは、即座に優先順位を切り替えた。
「完全な制御下に置けなくても、雑にぶっ放すことはできるんだよ!」
「くっ!」
万能ナノマシンとはいえ、破壊されてしまえば文字通りナノサイズのそれらは制御下に置くことが出来ず、ただのガレキとなるだけだ――本来は。
しかしそれでも、単純な物理法則――例えば燃焼や爆発を利用すれば、原始的な挙動を命令することで十分な兵器となりえる。
そしてこの時その殺意が向く先は当然……!
「食らえ!」
「遅い!」
足を一歩引く動きで、床に転がったミサイルを自分に取り込むマルス。
「え」
「終わりです」
失敗を目の当たりにして判断が鈍った鎧武者の頭部に、蒼色の杭が刺さる。
そして花が開くように刺さった先端が広がり、ひび割れていたボディ全体がバラバラの残骸と化す。
「お母さん!」
「行って! もうここは危険です!」
大音量で脱出を促し、その説得力を増すように周囲のコンクリートが悲鳴を上げる。
マルスと彦善たちとの間にはある程度の距離があるとはいえ、鉄球の乱舞であちこちが砕けた巨大貯水槽はその形を維持できなくなっていた。
「ノヴァ! あの扉を開けられるか!?」
「う、うん……」
「サポートします」
セバスチャンとノヴァが一足先に出口の鉄扉にたどり着き、電子錠にハッキングを仕掛ける。容易く赤いランプが緑に切り替わり、あとは彦善たちがたどり着くのを待つだけ。だが巨大貯水槽の梯子は何段階もの通路で仕切られ、
「……助かったって、思ったか?」
割れた頭部の片目を赤く光らせて、天照が問う。
「負け惜しみですね。いずれ貴女も……!?」
鉄球と同じように取り込んでいたミサイルが、爆発する。
内部からの爆発に脚部を破壊され、マルスが体を大きく傾かせた。
「お母さん!?」
「こ、これは……」
「そりゃ取り込みたいよなぁ! お前は三十年! ずっと私達を取り込んで、復活したかったんだから! 子供作ってボケたか!? 取り込まれるくらいなら、こうして『外』から持ち込んだ爆薬で自爆する発想! 無いわけないだろ!」
「がはっ!」
取り込みかけていた天照の破片が爆発を起こして、マルスの巨体が貯水槽の柱の下まで吹き飛ぶ。激突した柱からひび割れがさらに広がって、ミシミシと空間全体が悲鳴を上げた。飛び散った天照の破片があちこちで爆発し、その余波で壁にもひびが広がり、通路の金具が外れ、三人のすぐ後ろの梯子が支えを失って垂れ下がった。
「ひ、彦善、やっぱりお前が先に……」
揺れる足場と床からの高さで、夕映の足の震えが止まらない。
しかし狭い通路に追い抜かすスペースなどあるわけもなく、何より彼女を置いて行く判断を彦善とせきながするわけがなかった。
「何言ってんだ夕映! 進め!」
「夕映ちゃん、早く! 這ってでも行くんだ!」
「ぁあ……」
へたへたとした動きで次の梯子にしがみつき、必死で進む夕映。
そこへ空中を妖精のように飛ぶノヴァが駆け付け、夕映を後ろから抱き着くように抱え、空中を浮遊してセバスチャンが挟まる扉へ向かった。
「お姉ちゃん、動かないでね!」
「あ、ありがと……」
「ノヴァ、でかした!」
「急ごう!」
彦善が急いで梯子を上がり、さらに通路を進む。空中からショートカットしたノヴァと夕映が視線の先で扉にたどり着き、奥へと進むのが見えた。
その間にも貯水槽の崩壊は進み、天照とマルスの戦いの跡を爆心地として地の底に沈むような歪みが広がっている。
そして今更のように緊急事態を知らせる警報が響き渡り、赤いランプとアラートがけたたましく響き渡った。
「緊急事態です。緊急事態です。区画の放棄を行います。残存する方は、急いで撤退してください」
「うるさいなもう……!」
「せきなさん、早く!」
「バカ、僕なんか気にしてる場合じゃ……あぁっ!」
バギン、と嫌な音がして、壁からさらに通路が剥がれ落ちる。90度角度を変えた通路が垂れて、投げ出されかけたせきなの腕を右腕で掴んだ彦善が通路の端でうつぶせの姿勢になり、落下を防いでいる。が、それも一瞬で、通路の端に引っ掛けた彦善の足が外れて二人の身体が傾いた通路を滑り始めた。
「手を離せ! 彦善くん! 君まで落ちる!」
「ふ、ふざけないでくださいよ……ノヴァが来れば間に合うんです!」
「キミはまさか……!」
「お兄ちゃん!」
「頼む!」
ノヴァの声が響いた瞬間、彦善の手からせきなの腕が離れる。
一瞬空中に浮かんだせきなを即座にノヴァが抱えて、そのまま崩壊を続ける貯水槽内を飛んで、扉へと向かった。
「彦善くん!」
叫ぶせきなの視線の先、どうにか通路を這いあがった彦善が、ふらふらと梯子にたどり着いた。しかしその上の通路の壁にはすでにヒビが走り始め、柱すらも崩壊を始める。
「ヒコヨシィィィィ!!!」
通路の扉から夕映が叫び、巻き上がるガレキの土煙に彦善が飲まれていく。
「お兄ちゃん!」
「そんな……!」
全員が、絶望に顔を蒼ざめさせた。
しかし土煙の中から何かが飛び出して、『それ』は三名の目の前に現れる。
「た、助かった……」
「彦善!? その羽……!」
「セバスチャン!?」
光る羽を背中から生やした彦善が、ノヴァと同じように空中を飛んでいた。
いつの間にかセバスチャンが彦善を助けに向かい、翼に変形したらしい。
「そう言えばお前も浮かんでたじゃん!」
「と、とにかくそこどいて!」
「そうだった、行こう!」
慌てて全員が扉の奥へ走り、崩壊の土煙が貯水槽を埋め尽くしていく。
その崩壊に飲まれた二つのロボットの戦いの幕を閉じるように電灯が消えて、地下の闇に崩壊の音だけが暗く響いていた。
「……お母さん……」
人が走れる程度には広い地下通路で、ノヴァが呟く。
「ノヴァ、その……大丈夫か? 助けてくれて、本当にありがとうな」
「うん……大丈夫。あれが最後のナノマシンってわけじゃないはずだから……きっと、いつか会えると思う」
「……会えるよ、必ず」
「ありがと、お姉ちゃん」
そうして彼らがたどり着いたのは、河川敷の防災備蓄倉庫だった。
何の変哲もない、いつも通りの曇り空の下、土埃に塗れた彦善たちをランニング中の老人がいぶかしむような目で見る。
「……どこかで、休もうか」
そう呟いたせきなの言葉に、誰も反対しなかった。
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