第12話 An encounter(遭遇戦)
授業中の静けさに包まれた廊下を、事務の女性に連れられて彦善は歩いていた。
「あのー三宅さん、警察の人が僕に、一体何の用なんですかね?」
「もーやだぁ、そんなの決まってるじゃない、きっと昨日の覗き事件の件よぉ。お手柄だったんでしょ〜?」
「あー……」
上機嫌に返され、納得する。確かに昨日の騒動は事件になったはずなのに、まるで事情聴取等をされていなかったことを、彦吉は思い出した。
そして同時に何故か『何か』を忘れている気もしたが、特に思い出せない。
「アタシ初めて見ちゃったわ〜本物の刑事さん! 警察手帳をこうね、パカッって開いてね、『天星署から来ました』って言われちゃってもー、ドラマみたい! 帰ったら旦那に言わなきゃ! ウチの生徒が覗き魔を捕まえただなんて、すごく立派よ、立派! カグヤくん、署長さんとかに表彰されちゃうかも!」
「いや、そう言うのは恥ずかしいんで……」
などと言ってるうちに職員室の前に着くと、そこにはいかにも刑事といった格好の男性が二人。片方はグレーのスーツの若い男性で、もう一人は黒いスーツにトレンチコートの中年男性だった。
「やあ、キミがカグヤくんかな。とりあえずここじゃなんだから、生徒指導室をお借りしたよ。授業中にごめんね。キミに聞きたいことがあって」
物腰柔らかく、若い方の刑事が言った。
「あ、いえ、テストが終わったところだったんで大丈夫ですけど……」
「へぇ、そりゃ優秀だ。じゃ、とりあえず話を聞こうか。行くぞ」
「はい」
若い刑事とは対照的に、ぶっきらぼうに中年の刑事が言う。
連れられるがまま彦善が生徒指導室に入ると、若い刑事が背後で扉を閉め――何故か鍵までかけた。
彦善は、こういうのって先生の付き添いとかないのかな、と疑問には思ったが、特に口にはせず、キャスターつきの椅子に腰かける。
すると中年の刑事が机にばさりと紙を広げ、そこに目をやると、どこか見覚えのある連中の顔があった。
「あ、これ昨日の……」
「そう。
彦善の隣に腰かけた若い刑事が、トーンを変えず言った。
しかし距離が近すぎるせいか、圧迫感が強い。
「……な、なんか、近くないです?」
「そうかな? 気にしないで。それで、キミには写真を見て欲しいんだけど」
「あ、はい」
昨日見た通りの不良が五人、どこかふてくされた顔で写真に写っている。
とりあえず目を引くのは、昨日最後に倒したモヒカン頭だった。
「キミが通報した子達で、間違いないかな?」
「そうですね……実を言うとこの人しかあんまり印象にないんですけど……」
そう言ってモヒカン頭を指さすが、刑事たちの目は真剣そのもので、唇すら歪まない。その態度に彦善は、昨日はもしかしてやりすぎたかな、と不安になった。
「……こっ、この人たちで、間違いないと思います、はい」
「そうか」
「ありがとう」
礼を言われるが、まるで雰囲気は変わらないまま。
窓の外に一羽のカラスがやってきて、ガァガァとけたたましく鳴く。
その鳴き声に彦善は多少驚いたのだが、あいかわらず二人の刑事は無言で書類を引っ込めていた。
「では次の質問なんだかね、迦具夜くん」
「はい」
「キミ、昨晩『この子』と会ってないかな?」
「はい?」
写真が、一枚残っている。
そこには先日自分に絡んできた、昨日の件の元凶ともいえる不良が不満げな顔で映っている。が、その隣の書類には、妙なことが書いてあった。
「……あの」
「ん?」
「こっちも見ていいんですか?」
「ああ」
隣にあったその書類を、一瞬、彦善は健康診断の結果か何かかと思った。
というのも、そこには彼の名前から始まって、100m走や握力等の身体能力や、アレルギー反応を計測した血液検査の結果まで、妙に細かく書いてある。今どきはこんなデータも警察にあるのかなあ、と思った時、彦善は『とあること』を悟って、
「……やっぱり、薬物でもやってたんですか?」
と、呟いてしまう。
その言葉を待っていたように、刑事たちは姿勢を変えた。
「そこまで知ってるんだね」
「ええ、そりゃ……あれ?」
彦善の顔が、驚きで固まる。
そういえば……自分は何でそんなことを思ったのか? 理由が分からない確信に、外のカラスの鳴き声が相まって
「そう、キミは会ってるんだ、昨日の夜、釈放された『彼』に」
中年の刑事が、一枚の写真を出す。
「う゛っ……」
そこには、頭から大量の血を流して倒れた、やせ衰えた死体の写真。
うつぶせに倒れてはいたものの、彦善にはそれが誰か理解できてしまったし、その写真がどこで撮られたかも理解してしまう。
「脈が早い。動揺しているね。やはり君は知ってるんじゃないか?」
隣の若い刑事が、彦吉の『左腕』を右手で掴む。
そしてその時には、もう彦善は思い出していた。
――昨晩、自分が追い回されたこと。
――そして、スマホを失い、天星神社に逃げ込んで、そして……
「今朝からニュースにはなっていたんだけどね。知らないかな? ピースメイカーが何者かによって破壊された事件。そして今見せた、同じ場所で見つかった『死体』。司法解剖の結果から薬物が検出されているのはもちろんマスコミに流していないんだが……さて、キミは随分とこの件に詳しいようだね?」
彦善の体が、震えだす。
自分がしたことを思い出し、緊急避難とはいえ、人を殺めた事を忘れていた罪深さに恐怖した――のではない。
目の前の刑事の口が、がぱっ、と開いて、
中から銃口が生えたからだ。
「わあああ!」
身を伏せると同時、椅子の高さ調節レバーを下げた勢いで、さらにわずかに沈んだ彦善の身体の上を轟音とともに弾丸が掠める。しかし壁を抉る音の直後に降ってきたのは、
(み……水!?)
わずかな量の、水だった。
しかしその意味を考察するより早く、『何か』が彦善の左腕にだらんと垂れ下がっている。
「ひっ……」
そこにあったのは、腕。
機械のコードがはみ出した腕の断面から火花を散らして、ぶらりと揺れて床に落ちた。そしてその瞬間、彦善の勘が『次が来る』と思考を閃かせた。
「わっ、あ、ああ!」
叫びすら途切れ途切れに、机の下を転がるようにくぐり抜けて脱出する彦善。
その直後、またしても音とともに水が飛び散り、生徒指導室の机はバラバラに破壊された。
「なんっ、なんっ、なん……」
「二発の失敗。しかも一度は『私』の肩を誤射。思考優先順位の変更を提言、カグヤヒコヨシは一般的男子学生より運動能力が高い」
右肩から先のない、若い刑事が言った。
「否定。拘束の不備と視界外の予測にはイレギュラーが想定される。拘束の不備さえなければ『処刑』は完了していた」
大開きの口から銃口を覗かせたまま、中年の刑事だった何かが言った。
「どちらもこの擬態に起因する失敗」
「優先順位再確認。カグヤヒコヨシの破壊あるいは機能停止」
それまでの口調を捨てて、刑事だったはずの人間たちは水銀のように溶けた身体を変形させ、彦善を殺しにかかるアンドロイドに成り果てていた。
彦善の背後には鍵のかかった窓、前方は壊れた机と、両側にアンドロイド。
彦善の理解が追いつかない中、
「あの、刑事さん?」
唐突なノックと、解錠する音とともにあっさりと扉が開いて、事務の女性――三宅が、盆に乗せたお茶を手に持って現れた。
「すごい音でしたけど大丈……ぁ」
――2つの銃口が、入口に向く。
しかし次の瞬間ガラスの砕け散る音がして、刑事だったアンドロイドたちはそちらを向いた。けれど彦善の身体は、入口方向に向かって跳躍する。
「ひゃあ!」
彦善に突き飛ばされ、廊下に飛び出し、尻もちをつく三宅の周りで茶を入れた湯呑みが砕け散り、小窓を割りかねない勢いで扉が閉まる。
「み、三宅さん!? 大丈夫ですか!?」
そこへ偶然廊下にいた体育教師が駆け寄って、
「中で何か……」
そう口にした瞬間、扉の小窓が内部からの爆発で砕け散った。
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