第二章・時計仕掛けの惑星

第51話 Earth(地球)

 ――青い地球を眼下に見下ろす、宇宙ステーション。


 重力の制御という新たな技術を得た人類が、再び宇宙開発に力を入れるようになってはや30年が経つ。


『こちらアポロ100号、これよりに侵入する。接近するデブリなし、どうぞ』

『こちら【アレクサンドリア】管制塔、同じく接近するデブリなし。着艦位置変更なし、どうぞ』

『着艦位置変更なし、了解。着艦位置Sシスター-Aアポロ

『着艦位置Sシスター-Aアポロどうぞ』


 宙域に漂う数多くの人工物の中で、ひときわ大きい宇宙ステーション・【アレクサンドリア】に、近づくスペースシャトルがあった。

 日本の玩具がんぐ独楽コマに似たアレクサンドリアの白い外観はその軸を地球に向けて伸ばしてはいるが、その形は骨組みがかろうじてわかる程度で、『中心にキューブのあるコマの骨』と言うのが適切な表現だった。

 そしてキューブの一角、『SA』の文字が書かれた区画に、先程のスペースシャトル・アポロ100号が着艦する。

 無重力空間を泳いでやってきた工作機械達が、イルカのようなその背面からハッチを開けて、資材を取り出していった。


「お疲れさん。大気圏突破はもう慣れたか?」

「どもっす。いやーやっぱ何回見てもキレイっすね、地球」

「余裕が出てきたな。事故るなよ?」

「いやーでももうすぐ終わりじゃないっすか、この仕事も……」


 隔壁を2つ抜けた先の休憩室で宇宙服を脱ぎ、空気の満ちたそこで、さっきまでスペースシャトルを操縦していた若い男のパイロットが水を口にしながら、先に来ていた中年男性に言った。


「ああ、そうだな。長かったが、これからは工期が格段に短くなる」

「あと半年でしたっけ? ここも無くなるんすよねー。なんか勿体ないな」

「お前がゲロを撒き散らした場所なんぞ宇宙ゴミで結構だよ」

「それまだ言うんすか」

「マイケルなんか未だにネタにしてるからな」

「アイツしつこいんすよ! そりゃロッカー汚したのは悪かったっすけど……」


 と、その時部屋のモニターが勝手に灯り、どこかの国のニュース映像が流れる。


「もうスタンバイか、早いことだ」

「あ、日本だ。行きたいんすよねー、一回くらい」

「クジラが食えるぞ」

「マジっすか?」

「あとアンコという豆のペーストが美味かった。力の抜ける甘みだった」

「アンコ……それ、タナカがよく食ってる宇宙食に入ってませんでした?」

「なにっ、アイツ黙ってたのか、許せん」


 等と言っている間に、部屋に誰かが入ってきた。


「チェン! デミットさん! 観に行きましょうぜ、歴史的瞬間だ!」

「アラン、オレたちはここで……」

「何言ってんだ、アメリカのニュースクルーが来てる! 歴史の教科書にはみんなで写らなきゃ!」

「ったくしょうがねえな……」


 まんざらでもなさそうに、再び宇宙服を着る二人。そしてその場所――地球を見下ろせる区画に行くと、大勢の作業員達が並んで同じ場所を見ていた。

 そして赤い警報……全員が近くのものにしがみつく指示が飛んで、一分後。


 ――音もなく、錨が降りた。


 巨大な錨が、地球に向かって落ちていく。

 赤道上の一点をめがけて投下されたそれは、加速を続け、大気圏を抜けて、隕石のように落ちていく。

 建築中の宇宙ステーションからは錨に繋がれた地下鉄のトンネル並みに太いコードが、高速で吐き出されていた。


 ――そして、停止。


 一瞬の間があって、傍目には無音で跳ね回る宇宙服の人々。

 しかし通信では、歓喜の叫びが響き渡っていた。


 誰もいない休憩室で、ニュースからの声がする。


「この度、ついに理論上不可能とされていた宇宙エレベーター、その第一歩がここ、赤道直下人工島・シャングリラに落とされました。あの細く見える管は宇宙と繋がっており、今まではスペースシャトルで運んでいた資材を運搬できるようになったことで工期の飛躍的な短縮が……」


 ――休憩室の電気が消え、闇が訪れる。


 その後『節電』の紙が貼られるのは、この半年後。彦善達が戦いを終えてから、3日後のことだった。

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Nova's/Revenge ほひほひ人形 @syouyuwars

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