第27話 Peace(平和)

 ――人が死ぬ映像、というものを、現代の先進国に生きる人間は、なるべく忌避して生きている。


 人が二人、石段を転がり落ちる……アクション映画なら大した山場でもないその映像は、落ちた二人が動かなくなるところで止まっていた。


「……この先は?」

「ノヴァ様の実力に関わる部分なのでお見せすることはできませんね。そちらの伝えたい内容を示すには十分でしょう」

「確かに」


 セバスチャン同士が言葉をかわし、映像は消えた。どうやら今のは、ノヴァのセバスチャンが撮影していた『生の』映像らしい。


「……で、これがなんなんだよ、見るからにこのお人好しバk……彦善が襲われてたじゃん」

「そこまで言うなら言い切れよもう」

「否定はしません。しかし現実問題、この直後に契約者となる人材が殺された。警戒度を上げることに異議があるとは思いませんが?」

「……」


 空気が、重かった。

 機械的に処理される映像に誰も何も言えないのに、説明だけが続いていく。


「この後、武蔵様はアリス様を手配し、その裏で迦具夜彦善の対処を思案しました。契約してはいないものの、こちらの動きを妨害しているとしか思えない行動。勿論、情報戦、という観点からすればあり得なくはありませんし、卑怯などという思考ではありません。シンプルに迦具夜彦善が脅威だからこそ、この強硬策は実行されました……現状を考えれば、それもまた裏目だったようですが。ともあれそういったわけで、武蔵様の要望は許可され、八咫様の万能ナノマシンを用いて攻撃を仕掛けました。しかし阻まれ、我々の動きを協力者たるせきな様に看破され、これ以上の信頼関係の棄損を避けるためにこのような運びとなりました。その件に関しましては、あらためてせきな様に謝罪いたします」

「納得はしきれないが理解はしたよ……にしても、まさか夕映ちゃんの知り合いとはね。世間って狭いねぇ」


 せきなの軽口もどこか的を外して、しかし保護者としての責任感からか、彼女は言葉を続けた。


「ただ、もう良いだろう。あまりアリスちゃんの前で言いたくはないが、司法解剖の結果、カエサルくんの身体からは薬物反応が出ている」

「薬物反応?」


 その言葉に、一番大きく反応したのは彦善だった。


「そう言えば夕方、キミの学校にも来ていたらしいね。あまり死人の不名誉を広める趣味はないが、不良仲間とのぞきをやらかそうとして通報されたらしいじゃないか」

「そんな! あのお兄様が……」

「気の毒だが証拠はあるんだよ。キミもつい先日まで外国暮らしだったんだから、思い出の中のお兄ちゃんがいくら綺麗でも、警察の記録まではごまかせ……ごまかすのには限界があるんだ。同情はするけど容赦もできないよ。責任ある大人としてね」

「っ……」


 かなりのショックを受けているアリスだったが、反論はなかった。それはせきなが信用できるからなのか、彼女がさっきの映像から薄々何かを感じていたからかは本人以外わからない。


「……でも、許せません」


 それでも、彼女は意地を張るようにそう返した。


「お前さあ……」

「夕映、無理ないって」

「許すことは無いよ。恨みだってあるさ。でもそれをぶつけることは許されない。いいね? それだけは約束してもらう。それが出来ない、あるいは破られた場合、僕はこの件から手を引かせてもらうってことで、良いかな?」

「それは……はい」

「けっ」


 つまらなそうに夕映は言ったが、その表情に本気の怒りはなかった。

 彼女とてここで感情に任せてはいけないという理性は働いていて、それはこの場の人間全員が一応そうだった。その濃淡が違うだけで、この場の人間は殺し合いを望まない……そんな言葉にしていない共通認識が、食事の中で生まれ始めていた。


「さて、せっかくの料理が冷めちゃうから頂こうか。美味しいお肉を取り寄せたんだ。和牛だよ」


 未だ湯気を立ち上らせる皿の上のステーキ肉はよく焼かれ、茶色にきらめくソースがかかっている。するりとナイフが入った一口大のそれを口に運べば、とろりと肉汁が口の中に広がって、常識外れに柔らかい食感が彼らを驚かせた。

 この、ことあるごとに桁外れに旨い食事が、明確に彼らの戦意を削いでいる。

 それがおそらくはせきなの思惑だとして、どうにか話し合いが続いている現状が彼女の掌の上であることはそれぞれ察していたが、そこに異論は挟めなかった。


「さて、そろそろ話もまとまってきたと思うんだが……具体的に、どう決着をつけたものかね? 中世の決闘みたいな感じで、フェンシングに立会人をつけてどちらかが降参するまで、ってことができるのかい?」

「そのような人間的感覚の決着は非推奨ですね」

「と言うと?」

「例えば今のお話に合わせて説明いたしますと、人間的感覚では喉元に剣先があれば生殺与奪を実力で握ったと言えるでしょう。それは確かに実力の差を示したことになり、つまり決着です。しかし八咫様やノヴァ様に限らず、『ヴァンシップ』の喉元に剣先を突きつけられたところで何の行動の阻害にもなりません。つまり決着足りえません」

「なるほどね? じゃあ君たちのいう決着って何だい?」

「それは……」

「破損」


 黒いセバスチャンの言葉を継いで、八咫が声を発した。


「私達ヴァンシップの万能ナノマシンは、同じ万能ナノマシンを破壊するのに適した固有振動を発するための『レシピ』を備えている。これは、仲間内での裏切りを抑制するために共有している情報。それを発しながら接触による破壊をすることで、決闘足りえる」

「ノヴァ、そうなのか?」

「そーだよー。って言っても数字で言えるわけじゃなくて、見たら大体わかるようになってるだけだけどね。『この波長で殴れば壊れやすいかな』って感じ」

「へー……」


 万能だから無敵、とはならないんだな、とそれを聞いて人間全員が思った。


「だからまあ、いいんじゃない? パラディウムはまだ始まったばっかりなんだしさ、ぱっぱっと決闘で決着させて、次に行きたいんでしょ? あなたも」

「……」


 ここへ来て珍しくノヴァが、八咫を知ったような口ぶりをした。

 あなた『も』という言い回しにノヴァ自身を含めるのかと言う疑問が彦善の胸に湧いたが、


「誰にだって、『目的』はあるもんね?」


 人間めいたその言葉がノヴァの口から放たれた時、わずかに場の空気が変わった。


「……目的?」

「ノヴァ、そんなのがあるのか?」


 夕映が呟いて、彦善が尋ねた。


「そりゃあるよお兄ちゃん。『私は、この戦いを勝ち上がってお母さんに会いたい』。その為にお母さんから作ってもらったんだし、当然でしょ?」

「……うん?」


 今度こそ、決定的に空気が変わる。

 そしてそれが、『今ここで立ち回りを間違えたら殺される』と、彦善と夕映に悟らせて、口を開いたのは彦善だった。


「せきなさん」

「……なんだい?」

「そちらの八咫の親機って……天照、なんですよね」

「ああ、らしいね」


 それだけの言葉が妙に冷たく聞こえ、彦善の身体に冷や汗が流れる。


「じゃあこっちもその情報を出します。ノヴァの親機は、あの『マルス』です」

「……へぇー」

「あら」


 既に場の雰囲気は、悪と正義に分かれてしまった。

 人類を苦しめ、西暦を終わらせた機械の巨人、『マルス』の子機……手下とも言えるその存在と手を組んだ二人と、日本を守るアーク、『天照』の子機とその仲間。


「……せきなさん、信じてもらえるかわからないけど、私達は契約するまで知らなくて! ……それに、安全を確保するためにはこうするしか……」

「ああ、わかってるよ」


 そう言って、指を銃の形にしたせきなが、その先を彦善に向けた。


「え」

「ばぁん」


 一瞬のことで、理解が遅れた。

 銃の形をした指から何かが放たれるはずもなく、声が響いただけで、そこには何も起こらない。


「あのねえ、気持ちはわかるけど、僕らを舐めないでくれよ夕映ちゃん」

「え……っと、今の、何です?」

「本当に何でもないよ。ちょっと脅かしてみただけさ……それでね、繰り返すけど、僕らを舐めてもらっちゃ困る」

「……って言うと?」


 はーあ、とため息をついて、せきなが言った。


「こっちはね、キミ達を殺そうとして許してもらう、なんて大恥までかいたんだ。今ここで正義の名のもとに君たちをぶっ殺して終わり、なんて、恥知らずな真似はしないよ……僕も、そしてアリスちゃんもね。だろ?」

「……恥ぐらい、知ってます」


 二人の言葉は、彦善と夕映と……そしてノヴァがこの場で掴んだ、平和的結論だった。


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