第6話 Alert(撃墜警報)
「ヒコヨシ、塩取ってー」
「ほい。なあ、お茶のおかわりって冷蔵庫の中だよな?」
「そだよ。わたしにもちょーだい」
「へいへい」
商店街の喧騒がうっすらと聞こえる昭和めいたキッチンで、彦善と夕映が向かい合う形で座って食事をしていた。
レンジで温めるだけで完成した夕飯は、具に赤味噌がよく染みた豚汁、煌めく餡のかかった白身魚の揚げ物、赤カブの一夜漬け、そして炊きたての白米と、スーパーで買い込まれたペットボトルの茶。湯呑みに茶をなみなみと注いだ彦善が席につき、再度料理に箸をつけ、口に運ぶ。
「ほんっと美味いな……」
普段からインスタント食品や惣菜ばかり口にしている二人からしてみれば、これほどまでに手の込んだ家庭的料理は久々である。
「でしょ? あの二人、マジ完璧和洋超人タッグって感じだよな」
「なんだそのマンガに出てきそうな……」
そう呟いた彦善の脳内に、堂々たる腕組みをして居並ぶ二人の女子の映像が浮かんだ。
「……良い子のしょくん!」
「ぶふっ、止めろって! でも声真似上手いな!」
「えへへ」
笑う夕映を見て、ようやく彼女が落ち着いたことに、内心安堵する彦善。
今日はちょっと深かったな……などと心配しつつ、美味しそうに食事を頬張る姿を見て、表情を和らげる。
「どしたの?」
「え? あ、いや……何でもない」
「そう? なら良いけど……あ、そう言えばさ、彦善のおじさんとおばさんって今どこの国だっけ。あのほら、お菓子みたいな名前の……」
「ビスティスタン連邦だろ?」
「あ、そうソレ。元気してる?」
「そりゃ元気してるとは思うけど、何で?」
「何でって……」
と、その時だった。
けたたましい電子音が鳴り響くと同時、同じ音色――サイレンが、外の公共スピーカーからも鳴り響く。
「撃墜警報?」
「……」
彦善の表情が曇り、キッチンの小さなテレビが勝手に灯ると、画面に現れたのは国営放送局の男性キャスター。
「――墜警報が発令されました。繰り返します。ただいま国連より、日本及び周辺国へ、撃墜警報が発令されました。
国民の皆さんは予想進路、墜落予想地点に関わらず、丈夫な屋根のある建造物など、なるべく安全なところへ身を隠して下さい。繰り返します。ただいま国連より日本及び……」
落ち着いた声で原稿を読むキャスターだったが、僅かにそのペースは早まり、焦りが伝わる。画面には大きく『撃墜警報発令、焦らず落ち着いて退避・避難を』の文字が広がり、傍らには3D映像の地球儀の上で、ほぼ日本全土が赤く光っていた。
「待って……撃墜って、日本の上空!? てか予想墜落地点この近くじゃん!」
「……」
「あ……ヒコヨシ……」
彦善の身体が震え、脂汗が空の皿に堕ちる。その右手が僅かに彷徨って湯呑みを掴み、カチカチと音を立てながら荒い息で茶を口に流し込む。
「んっ、んぐ……」
「……ヒコヨシ」
「ぷはっ、あ、ごめ……」
傍らに歩み寄った友人に気づかず、怯えたような声と瞳、荒れた呼吸で言葉を紡ぐ。
「いいから。落ち着きなよ」
「ぁ、悪ぃ、だい、じょ、ぶ、だか……」
「バカ」
震える彦善の言葉を遮って、夕映の華奢な腕が彦善の頭を抱える。
「落ちつけって。だいじょ……」
そう言おうとした時、その『音』は鳴り響いた。どこか遠くで一度だけ開いた打ち上げ花火のようなその音は、最初こそ些細なものだったが、続くゲリラ豪雨のような連続音は二人を驚かすには十分だった。
「きゃあ!」
夕映が叫ぶが、一瞬で終わったその音の直後、外から歓声が上がる。
「UFOが落ちたぞ!」
誰かが叫んだその言葉に続いて、我先にと走り出す足音。
それが止むと商店街から人は消え、喧騒は商店街の外へ移っていた。
そんな中、テロップが『警報解除・落ち着いた帰宅を』に切り替わり、安堵した様子のキャスターが原稿を受け取る。
「只今情報が入りました。未確認飛行物体はアメリカの
繰り返します。只今情報が入りました。未確認飛行物体はアメリカの巨大人型反重力兵器、通称『ネフィリム』により破壊され、破片は主に日本海へ落下したとのことです。
このあと桜川首相は8時43分より緊急記者会見を行い、防衛省からの情報を国民の皆様にお伝えすると……』
そこで夕映がテレビの電源を落とし、
「……行く?」
外を指さして、言った。
「はぁー……いや、今更だろ……鉄くず拾うのがオチだよ」
ため息をついて、落ち着いた様子に戻った彦善が、軽く言った。
「でもグラムあたり100円だよ? 100グラム1万円」
「まぁ……ね。でもいいや」
日本の法律上、地面に埋まった隕石は土地の所有者のモノだが、地面の上にある隕石は習得者、つまり、『拾った人間』のモノになる。
それと同様に、その学術的・技術的価値から高値で取引される『UFOの残骸』も、この時代に至っては先程のように人々が群がる『お宝』となっており――
「あ、ペリカリで値段ついてる。画像検索かけて同じ映像だったら通報しよ」
――このように、墜落直後はネットショップに真偽の怪しい『UFOの破片』が出回るのだった。
「ペリカリで買うのは流石にないだろ」
「もう売れてるよ? ほら」
見せられた夕映のスマホの画面には、『売り切れ』の文字が貼られた出品物。
商品名は、『【!!本物保証!!】UFOの破片300g!!!』で、それが5万円で取引されていた。
「アホだろ」
「なんで騙されるんだろな、こんなのに……」
「さぁ……? 冷めちまうし食べようぜ」
「ん」
二人は笑いながら食事を再開し、
「あ、でもさ、後で『上』行こうぜ。あそこなら誰も来ないし、色々落ちてると思うからさ」
「ん、分かった」
何気なく、ほんの小遣い稼ぎのつもりで同意した。
――それから少しして。
「よっこいしょ……と」
彦善が、商店街のアーケードの『上』にいた。
「彦善〜、手ぇ貸して〜」
「はいはい」
「登るの早いって……何食べたらそんな力つくんだよ」
「引きこもりに筋肉が無いんだろ」
「うるせえ」
夕映の身体を垂直に立った梯子から引き上げて、二人がいるのは商店街のアーケードの上……補修工事や電灯の配線を管理するための、古い工事用の足場だった。
今では小型の工事車両を街が購入したためにほとんど使われていないが、サビ一つなくしっかりとコーティングされた足場は傍目にもかなり丈夫で、遊具のような印象すらある。
半透明の屋根から透ける商店街の明かりがアーケードの骨組みを浮かび上がらせ、ホコリを被った屋根の上には、銀色のポップコーンのようなものがあちこちに散らばっていた。
「出して出して」
「はいはい」
夕映にせがまれて彦善が懐から出したのは、ラジコンのコントローラと、帽子程度の大きさの、UFOのラジコン。
電波を送ると音もなく浮かんだそれは、掃除機のような音を立てて屋根に散らばるポップコーン状の金属片を吸い始める。
「いくらくらいになるかな」
「さあ……あれだけの音がした割にあんまりないし、3万円行けばいい方じゃね? 値崩れもするだろうし」
「株やってたほうがマシだなー」
頭の後ろで腕を組み、ため息をつく夕映。彼女の資産は、凡人がそこらの宝くじに当たってもギリギリ届かない程度だ。
「それ言えるのすごいよな」
「株ってそんなに難しいかなあ、安そうなの買って、高いときに売るだけなのに」
「……短距離走を、足を交互に前に出すだけって言ってるようなもんだろ、それ」
「逆にさ、なんでみんな50メートルとか走れるの? 絶対バテるじゃん」
「極端すぎるだろ……ちなみにコレは?」
今もふよふよと浮かぶ銀色のUFO型掃除機、『ウェイジ』は市販品の全自動部屋用掃除機ではなく、それに似た夕映の手作りである。
「プラモが作れるなら作れるじゃん」
「はぇー」
およそパソコンを介する物はだいたい得意、と豪語する彼女は、プログラミングや電子工作に至っては一般的な高校生の枠を逸脱した、紛れもない『天才』だった。が、見ての通り
これで一応、彦善たちと同じ高校のクラスメイトなのだが……紆余曲折あって不登校になった彼女を、友人である彦善は、無理に学校に通わそうとは思っていなかった。
「……なぁヒコヨシ」
「?」
「今、わたしのこと考えてただろ?」
「そうだけど?」
「心配か?」
「え? どこが?」
「どこが、って……」
「お前はすごいじゃん、こうして技術もあるし、株でも金稼げるんだし……むしろ僕らのほうが進学とか就職とか考えないとだろ? だから心配なんてしてないが」
「……っ!」
言葉に割り込むようにぺしっ、と彦善のズボンが叩かれ、笑顔に歪んだ夕映が顔をそらす。
「え、何?」
「なんでもない! ほ、ほら、ちゃんと見てろよ、天才のわたし様からしたらそんなのいくらでも創れるけど、材料費とかあるんだからな!」
「はいはい……」
と、その時だった。
「?」
――一瞬。ほんの僅かな違和感が、彦善の脳に去来する。
それはここ、アーケードの上に来てからあまりにも当然のようにそうなっていて、今更のようにそれがおかしい事だと気づかなかった。
(そういえば、なんか違和感が……)
銀色のUFO型ラジコンは、相変わらず散らばったUFOの破片を集めている。それはおかしなことではない、が……
(なんで……)
――下から商店街の光が漏れているのに、どうしてあのUFOが逆光に見えないんだ? まるで何かにここが照らされてるみたいな……
彦善がそう思って、後ろを見上げた。
「……は?」
そこにあったのは、巨大な光。
月と同じ色をしたそれは、ゆっくりと背後の山へ『落下』していた。
「どしたのヒコヨシ」
「いや……どしたのって、アレ……」
「え? あっ」
ちかっ、と。
その光に気づいた二人の視線の先、それは最期に一度だけ激しく光り輝いて、音もなく消えた。
「……何だったんだろうな」
「さぁ? UFOの残骸だったんじゃね?」
「残骸ならここにあるだろ」
「反重力で飛ぶんだから、壊れ方によっちゃゆっくり落ちてもおかしくないじゃん?」
「あーそっか……おっと」
チカチカと『FULL』のランプが点滅し、自動でUFOの玩具がコントローラへ戻る。吸い込んだ残骸を袋に入れて、夕映は呟いた。
「もういっぱいになっちゃった。UFOの残骸って軽いし嵩張るんだよなあ」
「仕方ないだろ、それが無かったら今頃このあたりはぐしゃぐしゃだよ」
夕映の細い指につままれたUFOの残骸は、そのどれもが【ポップコーン現象】と呼ばれる現象により密度が低くなり、文字通り非常に軽く、大きく膨れている。
しかしそれによって破片一つ一つの空気抵抗が増すからこそ、この辺り一帯が無事なのであって、密度そのままの金属片がUFOの爆発速度で降り注ごうものなら大惨事である。
「反重力エンジンの影響が切れて圧力が変化すると……なんだっけ、この前習ったけど忘れたな」
「……ま、 いいや。明日、役場に売っといてやるよ。半々で良いよな?」
夕映がそう言って袋を取り出し、掃除機から破片を二袋に分けて回収した。
「あ、いや僕は別に……」
「なんだよ遠慮すんなって。一緒に取ったんだからさ」
「……んじゃ、楽しみにしてる」
「ん。最初から素直になれよ」
「……だな」
そうしてささやかな楽しみを残して、家の裏手から彦善は帰路につく。
台所で丸まって寝ていたタイショーは勝手に走り去って、夜のパトロールへと飛び出して行ったので、当然帰りは一人だ。
「気をつけて帰れよ」
「ん。ありがとな、食事も……ごちそうさま」
「にひひ、また来いよ」
「ああ」
扉が閉まり、来た道を戻って、駅前についたのは21時頃。
あとは駅をくぐる地下道を通って、マンションに向かうだけの、その途中。
「……?」
彦善が、『その光』を、もう一度目にした、その時。
「誘導に従ってくださーい! 歩きスマホは危険なのでお止めくださーい!」
聞き慣れない声が、駅前に響いていた。
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