第26話 Intrigue(企み)
「……別に隠すつもりはなかったのですけどね」
――八咫の側のセバスチャンが浮かんで言葉を発した時、全員がそちらを意外そうに向いた。
本来仲間であるはずの八咫も、アリスも、せきなも――だ。
「せきな様が知りたいのは、私と八咫様がどのようにあの男――武蔵とコンタクトを取ったか、ということでよろしいですか?」
「よろしくないね。ついでにそっちの思惑も喋ってもらわないと、信用できない」
「……なるほど、しかし貴女は契約者ではありません。そこを加味して言えない情報もありますがよろしいですか?」
「ちっ……まぁ仕方ないか」
その言葉を耳にして、彦善は少し意外に思ったが、そういえば彼女が『保護者』を名乗っていたことを思い出す。
「ではご説明いたします。そちらのお二人がご存知かどうかは知りませんが、まずこの『闘い』の目的はご理解頂いてますか? アリス様」
「……アークへの、戦闘のデータ収集でしょう」
「全くその通りです。アークの皆様にとって、この星での戦いは原生種の皆様をあまりにも多く巻き込みすぎてしまう。よって考えだされたのが、原生種の皆様に協力して頂いてデータのみを更新し、『よりよい争い』を模索する方法、つまり『研磨』を意味する『
「それと、勝手に彼を始末しようとしたことにどういう関係があるんだい」
腕を組んで尋ねるせきなに、視線を落とすアリス。
つまらなそうにスープを口にするのは夕映だけで、他は食事の手を止めていた。
「それは……アークの皆様の、想定外の事態があったからです」
「想定外の事態?」
「はい。それが『
「過保護……?」
「僕、殺されかけたんですけどね」
意味が逆では? という皮肉を込めて彦善が言うと、
「はい、実際はそうなのですが……まず『
しかし各地のアークの皆様は、この段階で既にその難易度に気づいたのです」
「難易度?」
「はい、単純に言えば、契約者に適した年代が属する社会的システムと肉体年齢の不適合ですね」
「何も単純じゃないんだけど」
「失礼しました。要するに、契約者として適合できる年代の方々は、地球の社会的にはまだ弱者――子供、ということです」
「えっ、契約者に年齢制限とかあったの?」
「……おいノヴァ、聞いてないぞ」
怒りと言うよりは呆れの感情をにじませて、夕映がノヴァを見る。
「だってあの時お兄ちゃんとお姉ちゃんだけだったし、言わなくても良いかなって」
「そうかよ、まぁ確かにそうだったけどさ……」
「大変失礼いたしました」
「今更だしいいよもう」
そこで水を口にしたアリスがコトリとグラスを置いて、意を決したように口を開く。
「子供だと……何か不都合があったの?」
「はい。それが『保護者からの保護』です。壊し合い……あなた達の言語では殺し合いを踏まえたこの闘いを、子供にはさせられない、という反応がアークの皆様に返りまして。我々セバスチャンとしても対応せざるを得なくなりました」
「……まぁ、そうなるよね。逆に何でそれ想定して無かったの?」
「生物学的に考えれば、肉体的ピークをただ情報や経験のインプットに費やすことはむしろ非効率なのでは?
我々としましても、肉体的ピークをほとんどの人間が学習に費やすという社会システムを論理的に理解し難かったのです。実際、少し時代を遡ればアリス様や貴方がたの年齢では、性行為や戦争への参加など、ピークであることを活かした活動に費やしていたはずですが?」
「なるほど、機械らしい観点だねぇ」
つまり、『お前らの身体は契約するのに適していたと思っていたから話を持ちかけたのに、めっちゃ過保護に扱われてて困る』ということかと、彦善は理解した。
「……そういった理由から、アークの皆様が各地の有力者に話を持ちかけた段階で、ある程度有力者の要望を確認する交渉のタイミングが生まれました。そして今回の場合、それが『アリス様の契約前の、迦具夜彦善の殺処分』です」
かちっ、と音がして、スプーンが置かれる。
ただそれだけの行為で夕映から放たれた殺気は全員が察したが、服の袖を彦善が掴んで事なきを得た。
「お怒りは察しますが、これには事情があります」
「言え」
「はい、勿論。それというのも……迦具夜彦善が、アリス様の兄、田中
「――え?」
そこからの動きは、一瞬だった。
「アリスちゃん!」
グラスの割れる、音が一つ。
それに混ざっていくつもの音と動きがあって、結果が一つ。
「ふぅ、びっくりした……」
そう口にしたのは、彦善だった。
椅子を引いてテーブルから離れ、手にナイフを持った夕映を上半身で抱きしめるようにして、夕映の顔は彦善の背中の向こうを向いている。
「……バカヒコヨシ、余計なことすんじゃねぇよ」
「いや危ないだろ! しっかりナイフ持ってんじゃん怖いなあ……」
「けっ」
床にナイフを捨てるように落として、そう言った夕映がテーブルの方を見れば、
「怖いってのは、こういう奴を言うんじゃねぇの?」
「……っ」
割れたグラスを彦善の顔があった高さに突き出した、アリスがいた。
テーブルに膝立ちで乗った彼女の膝下には食器が散乱して、水やスープがシミを広げている。
「……食べかけだったのに」
ノヴァが呟いたが、その言葉に反応できる状況でも無かった。
「で、どうするよクソ女。ここでお話はおしまいか?」
「待ってくれ、今の話を聞いてはいお別れ、じゃ話し合いの意味が無いよ」
「せきなさん、意味をなくしたのはコイツの責任じゃないの?」
「悪いが、こっちもさっきのを聞いてるから負い目は無いね。キミだって、彼が殺されそうになったからナイフを取ったんだろ?」
「……夕映」
「わーかったよクソバカお人好しが! お前のそう言うところ大嫌いになりたいんだからなわたしは!」
「わかってる、ごめん」
「バーカ!」
ぷい、と夕映が顔をそらして、
「……話を続けますか?」
黒いセバスチャンが、話を続けようとする。
「おい空気くらい読んでくれ。あのね、アリスちゃん、まず話を聞けるか? 気持ちはわかるが、彼は僕らに殺されかけて尚、ここに来てるんだ。言いたいこと、わかってくれるか?」
「は……はい」
「いい子だ、ほら置いて。……まず片付けを待とうか」
せきなの手が2度叩かれて、また黒子が現れ、一切の同様無くテーブルの上が片付けられ、何事もなかったかのように次の肉料理が並んだ。しかもどう意思疎通したのか、ノヴァの前には先程のスープも再度用意されている。
「で、こちらとしても今の話は無視できないんだ。カエサル君って……あの署長の孫だろ?」
「はい。本来の契約者になるはずだった方ですね。それを昨晩手にかけたのは、そちらの迦具夜彦善でしょう? それがあって、彼の殺処分が図られたのです」
「……待て待て、話は分かるが経緯がわからん。キミ視点でどういう流れでそうなった? あのクソバカ署長に話を持っていった段階から話をしてくれ」
「はい。まず先日までの段階で、契約者を手配するのは田中武蔵様の予定でした」
「それは聞いてる。キミの話だと、アークの誰かがあの署長に話をしたのかい?」
「いいえ。武蔵様に手配させたのは、政界の別の人間です。八咫様の親機が天照様ですので、それが誰かは天照様に聞いていただければ」
「ああそうかい、どうせ連絡は通じないだろうね」
「話を続けます。しかし昨晩、集合予定時刻前にカエサル様の生体反応がロストしました。それを知った私と八咫様がピースメイカーを借りて向かうと、そこのノヴァに破壊されたのです」
「……待て、あれってそう言う経緯だったのかい?」
「はい」
「悪いが、証拠は?」
「あるよー、セバスチャン、映像あるでしょ?」
「はい」
「映像?」
尋ねるより早く、ノヴァの方のセバスチャンが変形して、モニターに変わる。
そこに映ったのは、
「えっ、お兄様?」
石段を登りきり、彦善に追いつき、反撃されて石段を落ちる、彦善とカエサル二人の姿だった。
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