第25話 Stranger(変わり者)
――キミ達は、なんで勝ちたいんですか?
その問いを受け止めるような数秒が無音で流れて、口を開いたのはアリスだった。
「……変わった、いえ、おかしな質問ですね」
「えっ、そう?」
苛立ちすらにじませてアリスは言ったが、それに対して彦善は素で返した。
「八咫も、そう判断します。今の質問はもしかして、我々の混乱を狙ったものですか?」
「やっと喋ったなお前」
「……」
「で、どうなの?」
「引け目があるから下らない質問にも答えてあげるけど、それが私のすべきことだから、よ」
腕を組んで、半ば見下すような視線を向けて、アリスは言った。
「キミのお祖父様とやらは、キミを裏切ってたのにそれは変わらないの?」
「……貴方、性格悪いでしょう」
「えっ、初めて言われた……」
「敗者は何かを失うし、勝者は何かを得る。お祖父様の考えは今は分からないけど、きっと何らかの――もちろん貴方からしたら身勝手でしょうけど、理由はあると信じてる。だから私は、私が契約したこの闘いをやり遂げて、この子――八咫と一緒に、『高み』に立つわ。勝者が舵を取るのが、この世の真理。違う?」
「アリス様……」
「高み、ねぇ」
八咫は感銘を受けたように呟き、彦善は言葉を反芻する。
「そんなものは下らない、とでも?」
「ううん、むしろ嫌いじゃないよ」
「あらそう」
敵意の火花が散って、わずかに空気が濁る。しかしそこに手を叩く音がして、
「ま、性格の違いで仲違いしてもしょうがないさ。穏便な決闘の後に勝ったほうが好きにすれば良い、だろ?」
「……ですね」
「同感」
せきなが意見をまとめ、話を次に進めたのだった。
「それと話が進みそうなところに悪いんだけど、食事の用意ができちゃってね。味の落ちないうちに食べようじゃないか。どうだい?」
「食事……ですか。夕映は?」
「良いんじゃねぇの。今更毒とか疑ってもしょうがないし」
「だよね」
少なくともノヴァがいる以上毒を盛ることは考え辛いし、それはせきな達も理解しているはずだろう、と話がまとまる。
「決まりだね。じゃあ一旦食事にしようか」
かくして、奇妙な晩餐が始まったのだった。
せきなが二度手を叩くと先ほどの黒子衣装の誰かが列を作って現われ、盆にのせた皿を次々に運び込む。
穏やかに見えててきぱきとした速度であっという間に準備が整い、気づけばセバスチャンも含め、全員の前に食事が並んだ。コース料理ということなのか、小さなカップに入ったトマトのサラダが各々の目の前にある。
「それじゃあ、いただこうか」
いただきます、と声が上がって、全員が食事を始める。
「お代わりもあるから好きに言ってくれ」
箸もフォークも用意されており、彦善はとりあえず箸で少量の葉野菜とともに、細かく切られたトマトを口に運んだ。
「……」
「どうだい?」
「……美味しいです」
本心だった。
こういった料理が初めてではない彦善だったが、経験と比較しても、このサラダは全く違う味だった。
刻まれた葉野菜とトマト、そこにかかった紫色のソースの正体は分からなかったが、酸味と塩気がトマトの味と相まって絶妙な味を奏でている。
「……初めて食べた」
ぽつりと彦善の耳に入ったのは、夕映の呟きだった。
「美味しいかい? さっきも言ったけどお代わりは遠慮なくしてくれ」
「あ、はい……で、夕映、初めて食べたの?」
「お前もそうだろ。これ、普通のトマトじゃないぞ」
「え?」
言われて見直してみたが、細切れにされたトマトのような野菜は、言われてみれば知られているトマトとは少し違う気がした。しかし正直『気がする』だけで、もう一口食べてなお、まるで違いが分からない。
「鋭いねえ、それ、エルフの森で採れたトマトだよ。美味しく育ってるだろ?」
「はい?」
「品種名さ」
「あぁ、そういうことですか、びっくりした……」
「エルフとかいるわけな……あ、いや、アンドロイドはいたか」
言いつつ二人も、そして対面のアリスも、すぐに小さなカップのサラダを空にした。
「僕はお代わりしようかな。次にするかい?」
「はい、お願いします」
そう言うと、すぐにまた黒子が現れて皿を下げ、運ばれてきたのは澄んだ色合いのスープ。金色に輝く中にワンタンのような白い具が浮かんで、さっそくそれをスープで掬って口に運ぶ。
「……」
「ふふふ、口に合うと良いんだけどね」
「あ……はい、美味しいです」
言葉にならなかった。
何が入っているとかはまるで想像がつかなかったが、それが気にならないほど、とにかく旨い。それでいてもっと欲しくなる旨さではなく、一口で満足させてくれるほどの濃厚さがある。
そこでようやく、全員が気づいて彦善が言った。
「……あ、そう言えば話し合いでしたね」
料理の味に心を奪われて、全員が会話を忘れていた。
よく見れば八咫やノヴァも無言で食事を続けていて、
「ん……」
一番食事の進みが早かったアリスが、若干恥ずかしそうにしていた。
「そ、そうでしたね。それで、お互いに命を奪うことは望まない、という共通認識があることは理解しました。他に言いたいことがありますか?」
赤面を誤魔化すようにアリスが言って、ようやく彦善と夕映は考える。
さっきまでの敵対した雰囲気が食事のせいで和らいだことを実感しつつ、言うべきことをじっくりと考えた。
「……僕らは殺し合いを望まないわけだけどさ、そっちからしたらどうなわけ?」
「ふん、そういうことね」
何らかの思惑を見抜いたようにアリスは返したが、実のところ尋ねた彦善としては特に何も意図してはいなかった。しかしそれを言っても始まらないので、とりあえず黙っておくことにする。
「もちろん嫌々そうしているわけじゃないわよ。殺し合いは下策ってことくらい、そっちもこっちもわかってるってだけでしょ」
「それは察した。じゃあ『お前』はどうかなってさ」
「え?」
「そっちの八咫って奴」
「……」
スプーンを置いて、話を向けられた八咫が彦善を見つめる。
人形めいた冷たい瞳に見据えられて、その考えは分からないが、そこに体温は感じなかった。
「……若干まだ信じられないけど、お前と署長さんが僕を殺そうとしたわけだろ? あのアンドロイドを使って学校まで吹っ飛ばしてさ」
「はい」
機械的な返事に夕映の方から殺気が放たれたが、感じなかったことにして彦善は話を続けた。
「……それさ、どんな意味があったわけ?」
「どんな意味、と言いますと?」
「戦いはまだあの時始まってなかったわけじゃん? あのタイミングで僕が死んでたらどうなってたのかなって」
「強化」
「え?」
「私の強化。それと……アリスの、手間が省ける。手を汚さなくていい、って、聞いた」
「……ふうん?」
これまであまり耳にしなかった八咫の声は、感情の抑揚をあまり感じない静かなものだった。彦善や夕映はノヴァの子供っぽさを見ていたので
「残念だったか? 殺せなくて」
そこへあまりにも挑発的な、夕映の声がした。
「その認識はない」
「へぇ。でも失敗したせいで、お前のご主人様はお前を信用してないぞ?」
「っ……」
「……そんなことないわ」
八咫が目を見開いて、アリスが否定する。しかし動揺は明らかだった。
「嘘つくなよ、お前のお祖父様の言うことを勝手に聞いたアンドロイドを、信用する理由がないだろ」
「あー、僕もそこだけははっきりしてほしいんだよね」
意外なことに、そこで声を挟んだのはせきなだった。
「僕が聞いていた今回の『闘い』の流れは、各アークの子機による代理戦争ってことだったはずなんだ。じゃあ、どこの誰があの警察署長を手配して、キミとコンタクトを取らせたんだい? 場合によっちゃ、僕らは即ここで降参することになる」
「そ、それは!」
「困るんだろ? でも僕らだって隠し事されても困るんだよ。それはアリスちゃんだって同じだろ。それとも、まだおじい様に忠誠でも誓うかい? 止めないけどさ」
「い、いえ……」
「この場を利用させてもらうようで悪いけど、こうでもしないとキミを追い詰められないからね、許してほしい」
「あれ、仲間割れ?」
ノヴァが無邪気に言って、実際そうなんだろうな、と思いつつ、同時に妙な状況になったのを理解する彦善と夕映。
つまるところせきながこの場を利用して八咫の裏を探ろうとしているらしいが、彦善たちからしてみれば好きにしてくれれば良いので黙っている。
「説明してくれないかな。本当の意味で、この『
「それは……」
「八咫様、それは私がお答えしましょう」
その声は、さらに奥から聞こえた。
「セバスチャン……」
黒く光り、浮かぶ球体。
「……別に隠すつもりはなかったのですけどね」
八咫の側のセバスチャンが、空になった皿の前で語り始めた。
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