第33話 Action(行動)
「おお、無事だったんか彦善!」
「ええ、ぜんぜん何事も無くて……でも本当に記憶が無いんですよ、警察とか来たって本当ですか?」
「ああいい、気にするな……爆発のショックって奴だろう。
俺も昔、スキー中に崖から落ちたんだがな、頭を打ったせいでその時のことどころか、スキーに行ったことすら忘れててな。周りの奴らに驚かれたが、俺が一番驚いたよ。気づいたら雪山の崖の下だからな、わはは! ま、無事でよかったじゃないか、な!」
太った宿直の体育教師にそう言われ、バシバシと背中を叩かれ、パソコン室の鍵を受け取り、一人職員室を出る。セキュリティ的に学校というものはあまりにも甘く、職員玄関からこっそりと普段着の彦善たちが侵入しても、すれ違う教師にノヴァやせきなが見つかっても、『ボランティア部で作るのポスターの撮影をしたくて』と言えば、すんなり納得された。
「セキュリティがガバガバなのはありがたいけど、仮にも学び舎がこれってのは不安だねえ」
言いつつ、全員はパソコン室に隠れるように入り、せきながパソコンを起動し、どこかにメールを送った。
「これで良しと……お、来たね、早い早い。さーて、反撃開始と行こうじゃないか」
「反撃?」
ノヴァが尋ね、変装用の伊達メガネをかけたせきなが笑う。
すると示し合わせたように夕映が席につき、ためらいなく何かの機械を外付けする。ウインクするピエロのシールが貼られたそれが学校のパソコンに認識された瞬間に画面の色彩が一気に変わり、人目でわかるほどに性能が変わった。
「彦善、あと2……いや、3台でいい、コレ繋いで、こっちに持ってきてくれ」
「りょーかい」
言われた通りに手早く彦善が準備を済ませると、夕映の周りがパソコンのディスプレイとキーボードに囲まれる。
「ったく、硬ったいキーだなあ」
長い髪を後ろで縛り、口には棒状のチョコレートをくわえ、目が輝く。
「せきなさん、良いんですよね?」
「ああ、僕が許す。あいつらを丸裸にしてやろうぜ!」
「よっしゃー!」
そこからは、まるで演奏だった。
キーボードを夕映の指が高速で叩いて、4つの画面が目まぐるしく切り替わる。
授業で使えばお世辞にも快適とは言えない性能だったはずのパソコンたちは夕映の支持にことごとく従い、文字通り夕映の手足と化す。
「入りました。何見ます?」
「とりあえず監視カメラの映像からかな。パトカーの車輌無線も出せる?」
「楽勝です、彦善! そこの奴にスピーカー繋いで!」
スピーカーからは無線の声が流れ、画面にはこの町の防犯カメラからの映像。
それが終わるとすぐに別のディスプレイが目まぐるしく切り替わり、履歴書のような書類が出たかと思えば町の広報新聞の1ページが映し出された。
するとそこに映る男――この町の警察署長、田中武蔵の顔がスキャンされ、別の画面にあらゆる武蔵の映像が現れた。
「お兄ちゃん、これ何してるの?」
「人探し、かな。この人……いや、コイツが僕を殺そうとした奴だから、いまそいつがどこにいるか探ってる」
「へぇー……」
「ハッキング……でしょうか?」
ノヴァが感心し、セバスチャンが尋ねると、
「人聞きが悪いな、正当防衛で緊急避難だよ。身を守るために仕方なく敵を探しているだけさ」
「……なるほど?」
おそらくは正しくないことをせきなが言って、半信半疑でセバスチャンが返事を返す。
「で、どうだい夕映ちゃん、見つかったかな?」
「リアルタイムのはそっちです。今はあいつ……アリスの方を」
「了解。ならこのデータも使ってくれ」
「どうも」
まるで当然のようにせきながUSBメモリを取り出し、読み込ませる。するとアリスの顔写真が現れ、先程と同じようにスキャンと検索が始まった。
「さて、アリスちゃんは任せて……彦善くんとノヴァちゃん、話をしようか。さっそくだがこれ、どう見える?」
マウスを手に、1つの映像を選ぶせきな。
それはこの町の河川敷にある監視カメラからの映像で、おそらくは河川敷の公園にある有料駐車場を見る為のものだ。
「黒いトラック……あ、いや大型車ですよね、あからさまに怪しいですけど」
「だね。ナンバーはレンタカーだったけど、こんなもん貸してるところなんてあるわけないよ」
専用スペースにあるのは、黒塗りの大型車。濃いスモークガラスで一切内部の見えないそれは、あからさまに不審な車輌だ。そしてカチカチとマウスをクリックすると、その後部から男が一人飛び出してくる。
「おっと?」
「え、これ……いつのです?」
「このおじさん?」
慌てた様子のスーツの男性は、まるで逃げるように画面外に消えた。
その時刻は一時間ほど前で、現在まで早送りしても、黒塗りの大型車は微動だにしていない。
「えらく慌ててたが……戻してみようか」
「この車が入ってきた時ですよね」
「ねぇセバスチャン、触れる?」
「おまかせください」
誇らしげな声に続いて、にょいん、と触手のようなものがセバスチャンの表面から伸びてパソコンに接続され、マウスの操作無しに映像が戻された。
「この時からこの車は動いていませんね」
「昨日の夕方か……やっぱりいらんことしてたなあの野郎……」
「でも誰も出てこなかったね」
何か敵の動きはないかと、早送りしながら黒い不審車輌を見る3名。
その背後でアリスの情報を検索しながら、ふと夕映は気がついた。
既にハッキング済みの警察署・署長室のパソコンから情報は抜かれ、個人用パソコンのパスワードは分かっている。
「♪」
であればと、期待を込めて彼女は見つけたばかりの『それ』にハッキングし、
「お、ビンゴ。面白いの捕まえたぜ〜」
別のノートパソコンに、ハッキングを成功した――否、してしまった。
「パスワードはバラバラにしなきゃダメだぜ署長さん。さーて、何が映るかなー」
「夕映、何してんの?」
「署長サマの持ってるノートパソコンに侵入したんだ。内蔵されてるカメラから何か見えないかなって思ってさ」
「へー、やるじゃん」
言いつつ、カタカタと何やら入力することで、カメラからの映像が夕映の前の画面に小さく現れる。
しかしそれは、赤かった。
「?」
「テープか何か貼ってあるのか?」
「にしたって赤くはならないだろ。ちょっと待って、もう少し拡大す……」
「止めろ!!」
「え?」
せきなの気づきと叫びは間に合わず、
カタッ、と言う音とともに、映像は最大化されてしまった。
――1番から3番の電極に、電気信号。
――反応ありません。まだ致死量ではありませんが、やはり出血によるショックが……
「ひっ……!?」
「なっ」
「え? 何これ? ……え?」
「これは……」
夕映、彦善、ノヴァ、セバスチャンの順に声を上げて、全員が動きを止めてしまう。
「っ!!」
慌ててせきなが接続を切るが、既に全員の視覚が今の映像を認識してしまった。
「うげぇえええ!!」
「夕映!」
慌ててビニール袋を掴んだ夕映がパソコン室の隅に走り、彦善がそれを追う。
「今の……そんな……こんなこと、する意味があるの!? セバスチャン!」
「全くありません、この星の医療技術から考えても、このような確認行為に意味はもう……ありません……なのに……」
ノヴァすらも血相を変える今の映像は、血の飛び散る拷問だった。
生きたまま人間の身体を上からさばく、おぞましい行為。
それを淡々と行うアンドロイド『八咫』と、黒い球体。
『何故』とか、『どうして』とか、そんな言葉は誰からも出なかった。
ただ単純に『こいつは生かしておいてはいけない悪だ』と……全員が、理解してしまった。
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