第32話 Hide and seek(隠れんぼ)
「ここはもう危険だと思う」
そう言ったのは、彦善だった。
ニュースを知り、慌てて着替えた三人は帽子やサングラスで一応の変装をして、
「細かい話はあとでしよう。幸い今日は土曜日だから逃げる場所も心当たりがあるし、明日にはあの人……せきなさんと約束した決闘があるから、それまで約一日、逃げ切ればどうにかなると思う。あの約束は無くなってないんだろ? セバスチャン」
と、裏口前で今日の動きの確認をする。
「はい。
これを後から無かったことにしては、決まったはずの決着も無かったことになりかねず、闘いが成立しなくなります。次の戦いを見据えて決闘の合意を取ったにもかかわらず、次の対戦相手に指摘されれば不利になる傷を残すことは考えづらいでしょう」
ふわふわと浮かぶセバスチャンは、確固とした口調で言った。
「いや、話は分かるし逃げるのは賛成だけどさ、せきなさんになにかあったかどうかもまだわかんねぇし……」
――♪
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「っ……」
全員に緊張が走り、彦善が玄関のカメラ映像を見る。するとそこには、
『助けてくれない?』
と書かれた紙を持った、笑顔のせきなが映っていた。
慌てて裏口から回収に周り、
「いやー……助かったよ、この家良いねえ、隠れ家にピッタリだ」
ところどころ焼け焦げた巫女服の彼女を、キッチンへと招き入れる。
とりあえず水を勧めると、ごくごくと一気に飲み干した。
「いや……無事なのはいいんだけどさ、わたし、せきなさんに家教えたことないんだけど……」
「あれ、覚えてないかい? 初めて会った時にキミ、一人暮らししてるってことは教えてくれたじゃないか。だから『あんな小さい子を一人きりでどこに住まわせてんだ』って君のお兄さんに聞いたらすぐに教えてくれたし、キミとお兄さんに何かあったら、僕が助けるって約束は昔からしてたのさ。良いお兄さんだねえ」
「……あのバカ兄貴」
「未来を見据える優秀な跡取りじゃないか」
夕映は顔を赤らめて目をそらすが、そこに周りの笑顔が向く。が、穏やかな雰囲気に浸っている時間はない。
「さて、来て早々悪いんだけど、もうここもあまり安全じゃないね」
「……今さっき、隠れ家にピッタリって言いませんでした?」
「それに関しては僕がこんなえっちな格好で来ちゃったから……本当にごめん」
「えっち?」
言われて目を向けてみれば、派手に敗れた白装束に緋袴、そして除く黒のインナーとサラシは確かに人前に出られる姿ではない。
「お兄ちゃん、えっちって何?」
「私からも質問します。確かに機能的な損失は大きいことが理解できますが、えっちとはどのような状態を指すのでしょうか」
「……説明が難しいなあ」
「蠱惑的ってことさ。両手に花は結構だけど、少しくらいなら不可抗力で見られても仕方ないかな」
うふふ、と冗談めかして笑うせきなだったが、目を向けられた彦善は意味が分からず首をかしげる。
「せきなさん!」
「おっと怖い怖い。冗談はさておき、着替えは切実に欲しいかな……僕と夕映ちゃんは体格も似てるし、着替えとかあるなら貰えると嬉しいんだけど」
「あっちにあります。ついでに、変装とかしますか?」
「お、いいね、お言葉に甘えるよ。いやー、巫女服着てないと僕なんてどこにでもいるただの美少女だからねー」
そう言って、廊下の奥へ去って行く二人。
しかし夕映がひょこりと顔を出して、
「覗くなよ」
とだけ言って、去って行った。
「いや覗かないって……」
と言いつつ、水を汲んで椅子に座り、ノヴァたちも促す。
大人しくテーブルに着地したセバスチャンと、物珍しそうに部屋のあちこちを眺めるノヴァに対して言えることもなく、静かになったキッチンに奥の部屋からの声がした。
――せきなさん、もう脱いだんですか!?
――急がないと危険だろう、さあ早く服を出してくれ。これかい?
――あ、そこは違……
――違わないじゃないか、へー、キミもなかなか際どいのを……
――そっちじゃないです! こっち!
「……お兄ちゃん、どうして黙ってるの?」
「え? あ、いや、珍しいなって」
「珍しい?」
「いや、せきなさんをあっさり自分の部屋に入れたからさ……他人を入れる事ってあんまりないからな、あいつ」
「そうなの?」
「うん」
「でも、あの人あんまり人間じゃないよ?」
「……うん?」
あんまり、人間じゃない。
「……それは、どういう意味で?」
「そのまんまの意味。体温とか脈拍とか見える範囲の情報はお兄ちゃんやお姉ちゃんと変わらないけど、中身は全然違うよ?」
「……へー。そうなんだ。まあ気にしなくていいと思うけどね」
「そうなの?」
「ああ、だってあの人、味方だろうし。だったらそこまで気にしないかな」
「……そうなんだ」
「危険や差異を知りつつ受け入れる、と言う彦善様の観点は非常に重要ですよ、ノヴァ様。この星の人間を
「あ、そっか……そうだね」
「(……そっか?)そう言えばさ、二人とも……ちょっと質問良いかな」
「?」
「なんでしょう」
言い回しが気にかかり、そう言えば、と思い立って、彦善は二人に尋ねる。
「二人はさ……この闘いを、どう思ってるの? 正直に聞きたいんだ。アークに闘いの情報を渡す、とかじゃなくて……君たちの考えとして、聞きたくて」
言いながら、彦善自身の理性が『まるで人間扱いだな』と
「私は、誉れ高いことだと思います。宇宙に名だたるアーク様方のお力添え、一助になれるだけでも生まれた甲斐があった、と言うものです」
「へぇ……」
彦善の表情が、変わる。
それまでの穏やかな笑み自体は変わることなく、その中身が、明らかに変化した。
「……ノヴァは?」
「私、は……」
その時だった。
「おい、戻ったぞ」
「んふふ、どうだい?」
廊下とキッチンの境に、夕映とせきなの二人がいた。巫女服からイメージがまるで違う、キャップにサングラス、外国のロックバンドの絵が描かれた黒いシャツに白い上着を羽織って、下はジーパンだった。
「何話してたんだ?」
「いや、大したことじゃないよ。この闘いをどう思うかなって」
「はぁ? ……そんなこと聞いて、なんか意味あるのか?」
「いや、別に。興味本位」
「ふーん? で、ノヴァはなんて?」
「いやそれがまだ聞いてなくて」
「へー、気になるね」
全員の視線が、椅子に未だ座ったままのノヴァに向く。
少し戸惑ったような顔をしつつ彼女は、
「うーん……よくわかんないかな。参加すること自体は、しなきゃな、って思うけど」
それまで通りの笑顔で、そう言ったのだった。
かくしてそれから十分後、土曜日の朝の裏路地を、彦善達は歩いていく。
「こういう時って、防犯カメラを避ければ良いんだよね」
「この街はそこまで都会でもないからね。一応僕も警察と付き合いのある身だから、大体の監視カメラの場所は覚えてるよ」
「……そういうもんなのか?」
「警察を敵に回した……なんて考えたくはないけどね。テレビの情報は遅すぎるし、ネットの情報は多すぎる。とにかく見つからないように動く、逃げるときの基本さ。そして安全な場所を確保してから、ゆっくりと話をしよう」
まるで教師が教えるような言い回しは全員によく伝わり、効率よく防犯カメラを避け、彦善達は『その場所』を目指していた。数分前に、
「さて、適当に逃げるわけにもいかないけど、あいにく僕も連絡手段が無くてね。キミ達のスマホやパソコンも正直使うのは避けたい……何かないかなあ」
「要は『使えるネット機器』と、『防犯カメラの無い場所』ですよね?」
「理解と話が早いじゃないか、そう言うことだよ」
という会話を彦善とせきながして、心当たりを全員が脳内で模索した。が、まるで最初から思いついていたかのように、
「僕に案があるんですけど」
と、彦善が挙手する。
「ほう?」
「――とかどうです? 今日なら人もあまりいませんし」
「え、それどうなんだ? 流石に危険じゃない?」
「また行って良いの? 楽しみ!」
「うーん、採用!」
というわけで、全員は普段より時間をかけて、『そこ』にたどり着いた。
誰もがよく知り、彦善達が知る限り監視の目もあまりなく、ネットが使える場所……
「高校なんて、何年ぶりかなあ」
土曜日で部活動の声が響くその場所――
県立天星高等学校に、無事到着したのだった。
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