第9話 ON AIR(配信開始)

 UFOが撃墜された日の日本時間22時00分、とある動画投稿サイトの片隅で、一つのライブ放送がスタートした。


「グッドなゴザル、略してGG! 忍ばない忍者、ゴザルマンによるゴザルちゃんねるの時間でゴザルよ〜。皆の衆、GG〜」


 ポップなフリー音源を鳴らし、和風でコミカルな背景に現れた、忍者の上半身。モーションキャプチャーによって揺れる腕と、顔文字のようにシンプルな顔の部位が浮かぶ表情は、子供向けイラストの忍者そのままだった。

 画面の片隅には和風の看板にコメントが筆文字で流れ、『GG〜』『ゲリラだ〜』などの文字や、スタンプが上へと流れる。

 同接人数は200人ほどで、それなりの人気を誇る配信者であることが見て取れた。

 そしてコメントの中にはスーパーチャット――いわゆる『投げ銭』と呼ばれる枠色の異なる文字も混ざる。


「お布施感謝でゴザル〜。と、それでは早速タイトル通り、本日拙者、急遽ゲリラ放送をさせて頂いているでゴザルが、それというのも……こちら! 本日撃墜警報が流れた天星町で、なんと! バスを運ぶ新旧の『ピースメイカー』が撮れたのでゴザル〜」


 ボイスチェンジャーによる高い声が響くと、コメントには『うおおおおおおお!!!』『マジか!』『レア映像』『神回確定』などとさらにコメントが流れた。

 そして早々と画面はバスを運ぶピースメイカーに切り替わり、3機の慣れた連携によって運ばれるバスが映る。


「では解説行くでゴザルよ〜。何と言ってもコレ! 新型! 警視庁の導入発表は先週、開発の発表は一年前、新型ピースメイカーの初の実践投入映像でゴザル! いやー、眼福でゴザルなあ。女性的なフォルムに、高い空中での姿勢制御能力!

 本来は腰に特殊警棒を装備しているのでゴザルが、今日は見えなかったでゴザル……おそらく天星署の格納庫に置いてきたのでゴザろうなあ。天星署はそこまで大きな警察署ではないので、車庫に格納されたピースメイカーが大通りからでも見やすいので有名でゴザル〜」


 すらすらとマニアックなデータを述べる配信者、ゴザルマンの実力に、コメントには『知識がすげー』『台本読んでる?』『流石忍者』『有名とは(困惑)』『現地の情報助かる』『元開発者ってマジ?』と感嘆が並ぶ。


「そして何と言っても新型ピースメイカーの凄いのは、遠隔操作システムを採用したことでゴザル。勿論法律上は車輌でゴザルが、人がいなくとも動かせるのでゴザルな。さて、では人が乗ってるか乗ってないかをどう見抜くかという話でゴザルが……実はここで拙者ゴザルマン、とんでもない方と偶然お会いしたのでゴザル〜。それが……こちら!」

「どうも〜。Good afternoon みなさん。わたくし、マルス教の求道者エクスプローラーマル子と申します」


 突如、ピースメイカーの映像を背景に、巨乳のシスターが現れた。


「本日はMr.ゴザルマンさんのassistantをやらせて頂きます。皆様、よろしくお願いいたしまーす」

「……というわけで、本日の特別ゲスト、マル子殿でゴザル〜。うーむ、やはりみなめちゃめちゃ驚いているでゴザルな……」

「うふふふ、コウエイです」


 普段からロボットゲーム実況や、各国の発表するロボット工学ニュースの解説を行うこのチャンネルのリスナー達は、突然現れた巨乳のシスターにコメントで、

『は!?』『誰!?』『巨乳シスター……だと……』『まさかの実写ゲスト』『これは打首獄門不可避』『忍者と実写シスターの並びがもうシュールなんよ』『デカい(説明不要)』『【悲報】ゴザルマン、裏切る』と、思い思いの反応を投げかけていた。


「マル子殿はヨーロッパでロボット工学を学んだそうで、ピースメイカーにも詳しいとか?」

「Yes。各国のピースメイカーの特徴、機能、調べました。頑張りました」

「なるほど。そして、マルス教の……」

求道者エクスプローラーです。マルス教の教えを探究する者、という意味です。配信もしてますヨ〜」


 その言葉に、僅かにコメントの勢いが増し、僅かな戸惑いと悪意が流れた。『マルス教か……』『入信不可避』『失望しました、メンバーシップ抜けます』『ハイロウ綺麗だよな』『カルトじゃん』


「こりゃ荒れるでゴザルなあ。別に良いけど、程度と限度は守って貰うでゴザルよ皆の衆ー。さてマル子殿、この映像だけでピースメイカーが無人だとわかると言うのは本当でゴザルか?」

「Yes。実は簡単に見抜く方法があります。それは着地。人間がいるといないでは安全装置の働きに差が出ます。ですから、公式の映像と比べると膝関節の駆動が違うんですね」

「分かるでゴザルか? 確かに……ココ! 急遽用意した画像なので少し荒いでゴザルが、今止めた公式の映像と今日拙者が撮った映像、間違いなく着地時の膝の曲げ方が、全然違うでゴザル!」

「他にも空中での姿勢制御に……」


 そうしてマニアックな放送はつつがなく終わり、時刻は深夜。

 町の片隅のガレージハウスから、一人の女性と、大男……巨人と呼んで差し支えない人間が、頭を下げながら出てきた。


「本日はありがとうございました。お陰様で、また一歩マルス教を広めることが出来ました」

「そりゃ構わないでゴザルが、こんな夜中に泊まる場所は大丈夫でゴザルか?」


 玄関で対応する細身の忍者装束の男性は、まだ配信の癖が残っているらしい。


「手配させましたので。あとこちら、お約束の謝礼です」

「はぁどうも……え゛っ」


 ガレージハウスの持ち主兼、ゴザルマンのいわゆる『中の人』、田中 ハジメは受け取った謝礼の封筒の厚みに忍者キャラの口調を忘れて驚く。


「こ、こんなに!?」

「素晴らしい配信でした。精緻で迅速で、何よりとても正確でした。これからもよろしくお願い致します」

「ぜ、ぜひとも……では道中お気をつけて……でゴザル」


 そうして、シスターと巨人は駅前のホテルに向かう道を歩いていた。スマホからネットを確認すると、既に耳の早いインフルエンサーが、『新型ピースメイカーの映像に現れたマルス教の巨乳シスター配信者』を面白おかしく書きたて、先程のゲリラ放送の切り抜きも爆発的に拡散されている。


「良い『拾い物』をしましたね」


 誰もいない夜道を歩きながら、巨人の従者にシスターは語る。


「ハイ。しかし何故、このようなことを?」

「あら、気づかなかったんですか?」

「申し訳ありません……」

「一つは、『市民権』。これで私の存在は、世間に認知されました。『まずは知ってもらうこと』……求道者エクスプローラーとしての初歩です」

「しかし、であれば他にも適任はいたのでは? 彼の編集速度は中々のものでしたが、他にももっとインフルエンサーはいましたし……」


 そう。

 ピースメイカーを一目見ようとあの場に現れた配信者は彼だけではなかったし、実際に別の配信者も後から到着していた。


「世間からの認知を狙うなら、彼では無かったと?」

「内容からして一般的では……」

「構いませんよ内容なんて」

「は……?」


 戸惑う従者にそう言うと、女性は手袋に包まれた両手の指を一本ずつ立てて、続けた。


「視聴者が求めているモノと、大衆が求めているモノは違います。彼の発言などどうでもよく、『私と』『ピースメイカーによって』『弱小配信が爆発的に拡散される』。大衆が求めているのはそのストーリーだけです。着地時の膝の曲がり具合など、知りたい大衆はいませんよ。それはただのマニアですから」


 うふふ、と笑い、求道者エクスプローラーは身を翻す。満月を背景にその笑みは明るく、悪戯を済ませた子供のように無邪気だった。


「あとは、『彼女』を待つだけ……今、『ヒーロー』の舞台は整いました。哀れな『噛ませ犬』の戯れには、安全な柵と手入れされた芝生が必要ですからね? 『騎士』である貴方にも期待していますよ」

「……マルスの名に誓って、全霊でお応えします」

「うふふ、楽しみですね!」


 その視線は、町外れの山――天星神社に向くが、居並ぶ杉の木が、1つの悲劇を隠している。


 今まさに消えようとしている命の灯火は、笑う求道者エクスプローラーの目にすら、映るはずがなかった。




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