第35話 Invade(侵略)

一台のミニパトが、天星町の大通りを走っていた。


「はぁーセンパイ、今日も何も無かったですねー」


ハンドルを握る女性警官が制限速度ちょうどを維持したままハンドルを切り、警察署へ向かう道に入る。

明るい髪色の短い髪、小柄で快活そうな雰囲気の彼女の横には、やる気なさげに黒髪をひとまとめにしたマニキュア中の女性警官が助手席に座っている。


「そーね後輩、貴女の買い食いが小学生に見られたこと以外は」

「ちょ、ドラレコ入ってんですからそれ言わないでくださいよ!」

「入ってるからこの程度なのよ。ほら素直に運転しなさい」

「げっ……」


ちらりと見せられたスマホの画面には、いつバレたのか、自分の裏アカウントが加工された笑みを浮かべていた。


「ダメよー、この仕事で人間ナメたら。授業料としてあとで加工のやり方教えてね、現役女子大生(笑)さん」

「あーもうわかりましたよ!」


ミニパトの周囲には様々な車が並ぶが、全体が赤信号待ちで速度を落とす。


「で、仕事の話なんですけどぉ」

「あらマジメじゃない。この後ジム行くんでしょ? 狙ってるのはこのマッチョ? なんかチャラいわねー、あ、でもタトゥーはしない派なんだー」

「ああああああプライバシーがあ!」

「ごめんって、後で鍵アカにしときなさいね。で……仕事の話って?」

「いや、そのまんまですけど」


ガコン、とギアを変えて、ミニパトが発進する。周りもパトカーの近くとあって動きは大人しかった。


「今日もですけど、パトロール強化って意味ありますぅ?」

「……署長のお孫さんが亡くなって、無登録のピースメイカーが見つかって、高校が爆発して、ニセ警官が現れてたらそんなもんじゃない?」

「まーそうなんですけど……いや、改めて聞くだけでもやべーっすねこの街……じゃ、『それ』どう思います?」

「……ま、信仰は自由なんじゃない?」


小柄な女性警官が指差すのは、『マルス教』の宣伝用大型トラック。

赤いコンテナ部分に『アークは神の使い』『礼讃が未来への道しるべ』と白文字で書かれ、堂々と大通りを走り回っている。


「つい最近ですよね、コレ」

「そうね〜。で、何が気になるの?」

「いや、何ってことは無いんですけど。なんかいかにもその内もっと、大きい事が起こる気が……しません?」

「アンタ、次からはもう少し考えてから話しなさいね」

「ひどい!」


言ってる間にも左折したトラックは大通りを去り、どこかへ向かう。


「いちおう私にも野生の勘があるんですよぅ。マジですよコレ」

「せめて刑事の勘とかにしなさいよ。私達刑事じゃないけど」

「じゃあそうします、女警官の勘で、最近この町やばいっす」

「だったら?」

「え?」

「だったらどーすんのよ、って言ってんの。この町がヤバかったら、貴女は逃げるの?」

「い、いえ……」

「でしょ? 逃げられる立場の人間じゃないんだから、嫌な予感がしてんなら覚悟だけキメときなさいって」

「……うい」


言いながら、もう一度ミニパトが赤信号で止まる。

最近まで『広告募集中』だったビルのディスプレイには、『マルス教年間恒例イベント・近日動画公開』のCMがリピートして流れ、世界各国のアークたちが雄姿を披露している。

最先端の3D技術と未公開映像を惜しげもなく使われたその動画はクオリティが高く、また最近人気の実況者も登場するとのことで、今もカメラやスマホを構えた人間が集団でその映像を撮影していた。


「……ホント、どうなるのかしらね」

「何か言いました?」

「なんにも。ほら帰って……あ、駐車違反」

「え゛」

「あそこ。裏路地の前。歩行者から車が見えなくなるのよねー」

「あああああふざけんなもう帰るだけだったのにいいいい」


絶叫し、泣く泣く女性警官たちは職務に向かう。

その様子を見届けた黒いフードの人影が、大通りから路地裏へ消えた。

そしてその人影は人のいない道を抜け、誰にも見られないまま、街のはずれの廃倉庫街へたどり着く。

夜の帳はすっかり降りて、最低限の街灯しかない廃倉庫街は、解体前にたった一つ残った倉庫以外は、アスファルトの敷かれた何もない広い空間になっている。

そこをしばらく見つめた黒い人影は、そのまま廃倉庫へ向かい、いくつもの車が停まる駐車場を抜けて、倉庫の裏手の扉を開いた。


ガコン――と大きな音を立てて扉が開けば、同じように黒いフードにマントという、いかにも邪教と言った格好の人影が、深く頭を下げて奥へ迎え入れる。

厚く黒い布のカーテンをめくって促されるまま奥へ進み、壇上の裏から登場すると、そこは宇宙空間だった。


「――」


マイクのスイッチを入れた時特有のノイズが、場に響く。

壇上に現れた黒い影と、それをひざまずいて迎える同じ格好の黒い影たちは、プラネタリウムのような星明りだけを光源に、今ここに集っているのだ。


「……『儀』が、動きを見せました。明日、選ばれし『』がその身を、この星はより一歩、安寧の未来へと近づくでしょう」


壇上の人影がそう言うと、跪くフードの影はいくつかがぶるぶると震えだした。

中には嗚咽を漏らす者もあらわれ、それを慰めるように近くの人影が肩を叩く。


「……映像を」


壇上の人影がそう告げるとプロジェクターが起動し、降りてきたスクリーンに映像が投影される。

それは三十年前の夜、『マルス』が現れ、街を破壊し、当時の近代兵器を一身に受けてひるむことなく闊歩する映像だった。


「何と神々しい……」

「まさに神の化身!」


白みがかった銀色で二足歩行の、のっぺりと細長い人型のシルエット。

兵器らしさのないその造形で何発もの爆撃を受けながら意に介することなく、何かを探すように街を歩く、巨大な人型。


「およそ人の身で作れるものではない」

「愚かなる人類に遣わされた天使だ!」


足元の町は炎に包まれ、工場の爆発によりキノコ雲のようなものまで上がる。

その下で何万人もの人間が……命が逃げまどっているというのに、この場に集う人影たちにしてみればそれはなんでもない、ただの映像。マルスの神々しさを際立たせる、エッセンスでしかないのだろうか。


――映像の中の巨大ロボット、マルスが動きを止める。


「おお……」

「『慈悲』だ!」

「『神のお慈悲』だ!」


始めに崩れたのは、頭部だった。

まるでブロックをばらすように、頭からばらばらと降り注ぐマルスの一部。

それが空中で変形して丸い帽子のような――アダムスキー型のUFOへ変形して、空の果てへ散っていく。


「マルス! マルス!」

「マルス! マルス!」


誰かがその名を喝采して、一瞬で伝播したその礼讃の声が会場を熱狂に包んだ。

そして映像が終わり、その喝采の鳴り止まぬ中、


「――静粛に」


壇上の人影が、フードを取った。

そして彼らを象徴するアクセサリ、蒼い『後光ハイロウ』を起動して、金髪糸目のその女性――仲間内からは『ニュート』と呼ばれ、『マル子』として活動する動画投稿者が――素顔を晒す。


「世界が変わるその時まで、あと僅かです」


その笑顔と、その声が、信者たちを魅了する。


「それでは皆様、心穏やかにその時を迎えましょうね」


会場の外では、今も次々とマルス教のトラックが集う。

土曜の夜の闇の中、彦善たちが知らないところで、別の思惑が大きく動いていた。



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