第30話 Blast(楽しい時間)
明るい室内で、コップを掲げて夕映は言った。
「と、言うわけで! 決闘まで修行……なーんてマジメに少年マンガみたいなことはやってられないので、今夜はとことん楽しく、遊びまーす!」
「いぇーい」
「いぇーい」
神社の駐車場で爆発が起きたその頃、ドラッグストアで買い込んだお菓子その他を地下室に運び込んだ彦善たちは、気晴らしに遊ぶことにした。
アークの子機同士の戦いという荒唐無稽な争いはどうにか話がまとまり、明後日の夜に全ては終わる。
消滅した現実感を取り戻したくなる精神が半ば自暴自棄を起こして、選ばれた行動は逃避的な遊戯。
しかしそれまである程度普通ではないにしろ、あくまで常識的に生きてきた彦善たちにとって、あまりにも非現実的な情報の負荷を逃避で和ませようとしたのは、ある意味仕方のないことだった。
「その前にもう一回確認するぞ! なんかもうありがちな、『この戦いが終わったら私たち消えちゃうの……』ってのはないんだよな、ノヴァ! セバスチャン!」
「あはは、そんなの無いよぉ。もともと『好きにしなさい』っておかーさ……『マルス』には、命令されてるし……私が負けちゃうのは残念かもしれないけど、ま、そんなのは仕方ないよね。私も壊れるの、ヤダし!」
「よーし良いぞ、その意気だ! てなわけで彦善」
「……うん?」
「うん? じゃないだろ、ゲームしようぜゲーム。対空コンボとハメ技練習したから」
「お前まさかノヴァにそれやるつもりか?」
「そ、そんなことするわけないだろ」
「なら良いけど」
「ねぇ、ゲームって何!?」
目をキラキラさせたノヴァに見守られて、先日の対戦ゲームが始まった。
「へー、そのコントローラで指示を入力するんだあ」
「ああ、まぁ一回見ててくれ」
画面に出たのは杖を持った子供の魔女と、ジーパンを履いた牛の獣人。
「おらっ、喰らえおらっ」
「ハメ技ってこいつのかよ……」
明らかに意図を持って、牛の獣人が画面内で遠吠えを上げ続ける。
それによって起こる小さな衝撃波自体は大したダメージを与えないが、明らかにそこから連携技を繋げますよという意図がモロバレだった。
「しゃーない、やるかあ……教育に悪いけど」
「ん?」
意を決した彦善に合わせるように、魔女が丸い円形の魔法を放つ。
衝撃波と衝突して実体を残したそれは、走り込んだ魔女にキャッチされてもう一度投げられ、さらにもう一度放たれた衝撃波と相殺する。しかしまた実体を残した円形の魔法に続けて魔女がもう一発同じ魔法を放つと、2つの魔法が獣人の前後を挟む形で転がり始めた。
「おっ」
そして無警戒にジャンプしたところに、
「はいコンボ」
「え?」
獣人の真上から、円形の魔法を放たれた。すると右下に飛ばされた獣人は右下の輪に弾かれて左の輪に向かう。
すると左の輪に衝突して上の輪に向かって飛ばされ、上の輪を衝撃で浮かせながら右下へ。
「あっ」
時間にして1秒弱のループは莫大な連鎖ダメージを産み、ゲージが真っ赤になった獣人は易易と吹っ飛んだ。
「……あのさ、何今の」
「魅せプ。他にも方法はあるけど、そいつの衝撃波利用するのが一番楽だし」
「二度とやらんわこんなクソゲー!」
放り投げられたコントローラーをノヴァがキャッチして、わくわくした様子で画面を見た。
「やらせてやらせてー」
「いいよ。んじゃ最初は動かしやすいこのキャラで、アイテムも全ありにしようか」
かくしてそれから30分後。
「なんだノヴァ、めちゃくちゃうまいじゃん」
菓子の袋を開けながら、夕映が言った。
画面上では彦善とノヴァの操るキャラクターが、見事に協力してシナリオボスを倒している。
「ハンデももういらない感じだよね」
「へへん、私、上手い?」
「上手い上手い。3人でやろうぜ、アイテムアリでいいからさ」
「いいね」
「さんせーい」
さらにそれから30分後。
「あっ、ちょっ、あぶね! 何でノヴァのお助けキャラだけアタリばっかなんだよ!」
「あははー、なんか勝手に倒してくれるね」
「豪運過ぎる……」
幸運もあって、ノヴァが三連勝したところで疲れた彦善がトイレに向かうと、その後ろをセバスチャンがついてきた。
何故か無言で。
「……ちょっと待っててくれる?」
「はい」
そしてトイレから出てハンカチで手を拭う彦善が、
「お待たせ。で、何の用?」
と尋ねた時、セバスチャンはコロコロと部屋の隅に転がっていった。
「……少し、話しませんか」
「構わないけど」
壁に身体を預けて、座布団の上に座る彦善とセバスチャン。
目がある訳では無いが、セバスチャンがノヴァの方を向いていることを、彦善は何となく察していたがしばらく無言の時が流れて、
「……本当に、良かった」
「?」
その呟きを、彦善は聞き逃さなかった。
「良かった、って何が?」
「ノヴァ様が、早々に満足する形でこの闘い――ポリオを、終えることができそうで。私は、満足していると言うことです」
「ふーん?」
これまで事務的に語っていたセバスチャンがそう言ったことを珍しく思いつつ、彦善は未だゲームに興奮する二人を見た。
その様子はまるで姉妹のように仲が良くて、心の底から楽しそうな――人間のように、見える。
「……もう少し、怖いものだと思ってたんだけどな」
「何がですか?」
「いや……人格のあるロボットって、まだいまいち信じられなくてさ」
「私たちからしてみれば、タンパク質――肉による電子回路形成の方が特異ですが」
「あ、そういう感じなんだ。でもまぁ、そうなんだろうね。ちなみに何で人格をプログラミングされたかとか、聞いて良いやつ?」
「……構いませんし、答えは明白ですが」
「?」
「『人格』こそが、種を最も成長・繁栄させるからに他ならないから……それはこの星、地球を見ても一目瞭然でしょう? ある程度強く理知的な人格を持つ種族だからこそ、この星の機械は人の手を借りなければ進化できない」
「はーん、なるほど」
知性の伴った人格が種を発展させる、と言われ、彦善の理解は早かった。
「逆に言えば、人格を持たせればどんな機会も成長と繁栄を目指すでしょう。その意味で、機械人格を研究段階で留めているこの星の人類の行いは正しく慎重です」
「まぁそんなこと言ってたから、マルスが来て困ったんだけどな」
「……」
「……なぁ、お前さ、セバスチャンじゃないだろ」
まるでそれがどうでも良いことのように、頭の後ろで手を組んで、彦善は言った。
「……何故わかりました?」
「それ言っちゃったら自分からバラしたのと同じだよ。普段からもう少し感情的になってたらバレなかったかもね。『マルス』さん」
「っ……私は、貴方の洞察力を見くびっていたようです」
「別に? 親子ってそういうもんじゃん。気になって見に来ることもあるでしょ」
――『好きにしなさい』っておかーさ……『マルス』には、命令されてるし……
ノヴァのあの訂正で、彦善はマルスの『人格』をある程度察していた。
命令がそれで、自分を助けたのがノヴァの人格から来る意思なら、ノヴァは信頼に値する自由意思を持った、独立した人格……彦善も夕映も、もはやそう認識している。
「……たださ、もしかしてアンタ、ノヴァから隠れてる?」
「はい。この通信も、あと数分が限界ですし、セバスチャンを介して『これ』が出来ることをあの子は知りません」
「やっぱ、探されてたり?」
「当然です。私は、それだけのことをしました……ですがそれでも、あの子には関係ない。危害が及ぶのは避けたいのです」
「ふーん……親子、なんだね」
「……やはり、信用できませんか?」
その言葉に、わずかに空気が軋む。
「まー……ね。でもだからって、アンタのことをバラしてもこっちが危険になるだけだしさ、黙っとくよ」
「……賢明ですね」
「これであとは、明後日の決闘だけ乗り越えれば良いんだろ?」
「はい。本当に信じられないほど十全に、あの子の闘いは終わります。では」
それだけ告げて、あっさりと『マルス』は逃げた。
もしかしたらこれで自分は人類史レベルの大罪人かもな、と彦善は思ったが、
「お兄ちゃんお帰り!」
ノヴァの顔を見た瞬間、心底、別に良いか……と、思ってしまったのだった。
――しかしそんな平和がとっくに崩れていることを、まだ彦善たちは知らなかった。
「昨晩7時頃、天星神社で起きた車輌爆発事故ですが、警察はこの件を先日の少年の不審死及びピースメイカーの破壊事件と関係の無い『事故』であると、今朝の記者会見で発表しました。これを受けて世間では様々な憶測が……」
「……え?」
キッチンで始まるはずだった朝食の空気を、アナウンサーの声が破壊する。
「なにかあったの?」
そう言ってパジャマ姿で首を傾げたノヴァの顔は、あまりにも無防備に見えた。
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