第13話 補給線を狙え

「さっそくだが、どこから手をつけるべきだと思う?」


 王城――

 星の魔女を仲間にした国王陛下が、さっそくその占いを聞いていた。

 ちなみに、代価は俺。星の魔女を、俺の飛行魔法で雲の上へ連れて行くこと。星がよく見えることで、星読みの魔法が精度を増す。


「共和国が勢いを取り戻す――星は、そのように告げています」


「ふむ……カリス公爵あたりが、息子を失った勢いで議会を掌握するか?」


 制度的には共和制でも、特定の議員の発言力が絶対的なら独裁は可能だ。そして、共和制であるがゆえ、誰かが強く制止するということは、君主制よりも難しい。

 要するに、カリス公爵の悲しみや怒りが共感を呼んで、共和国が一気に動き出す可能性がある。

 白鯨騎士団とその団長が共和国の軍事面で支柱的な役割を果たしていたことを考えると、白鯨騎士団の壊滅と団長戦死の喪失感はカリス公爵以外の議員にも伝播しやすいだろう。


「発言をお許しください」


 国防大臣が進み出た。


「聞こう」


「共和国が一致団結して侵略してくるとしたら、その勢いは面倒なものになるでしょう。

 そのため人的被害を与えて相手の戦意をくじく通常の作戦では、効果が薄いと愚考いたします。そこで、共和国の馬――その餌を焼き払ってはいかがでしょうか?」


 馬は厳重に守られている。うまやは武器庫と同格の扱いだ。しかし、食料庫と違って、馬の餌を保管する倉庫は守りが薄い。いざとなれば、馬には雑草でも食わせておけばいいし、あれもこれもと守るには兵士の数が足りない。

 ただ、人為的に集められた馬をちゃんと食わせられるほど、雑草は多くない。草食動物は馬だけではなく、野生の草食動物まものがその土地の植物の量に見合った数だけ存在する。そこから無理に雑草を奪えば、餌が不足した草食動物まものが凶暴化しつつ街へ迫ることになる。畑の農作物などが荒らされ、そうやって巡った因果が人に戻るわけだ。


「なるほど……馬の餌を奪えば、馬は使えぬ。共和国は進みたくとも進めぬわけだな」


 またしても時間稼ぎの策だ。

 しかし、時間を稼ぎ、その間に他の国との決着をつければ、共和国は無謀な戦いに挑むか、諦めるしかない。もともと王国軍のほうが人数が多いのだ。共和国との国境は守りやすく、三面戦争でなければ、帝国や連邦と戦って疲弊していたとしても、共和国に負ける可能性は低い。


「御意。なおかつ、戦後に憎しみを残しにくいかと」


 白鯨騎士団を壊滅させたので今更ではあるが、あれも狙いは同じだ。人が死なないほうが関係は悪くなりにくい。


「であるな」


「黒梟騎士団に任せましょう。こうした暗躍的活動では、彼らが最も頼りになります」


 表沙汰になっている戦力のうち、最も暗部に近いと言われる騎士団だ。黒いフクロウ。その名が示す通り、目に見えにくく、音に聞きにくい。

 牧草地やその保管施設は、共和国内にいくつもある。というか、領地ごとに領主それぞれが保有しているものだ。空を飛べても、俺では手が足りない。


「よろしい。

 では、その間に帝国と連邦をどうするかだが?」


 意見のある者は? と陛下が居並ぶ面々を見渡した。


「陛下」


 と手を挙げたのは、今や正式に「ランバー伯爵」を継いだ兄上だ。


「帝国と連邦に対しても、同様の――つまり、補給線を叩く作戦はいかがでしょうか?

 前線部隊を叩くよりは、たやすいかと」


 精鋭をどこに配置するか。補給線に、とは考えない。もちろん補給が断たれたら戦えないのは、相手も承知している。できるだけ守りを固めたいとは思うだろうが、それで前線の戦力を削るのでは本末転倒。

 

「それで撤退すれば良し。補給線の修復に分散すれば、さらに叩いて各個撃破、か」


 他には? と陛下。

 しかし誰も手を挙げなかった。

 俺なら飛んでいって首都を一撃という手が可能だが、もちろん黙っておく。絶対にろくなことにならない。

 1つ思いつくと、他の方法がなかなか思いつかない。思いついた1つのことに囚われてしまう。時間があれば、数日別のことに没頭して忘れてからもう一度考えてみるというのが効果的だが、今この場ではできないことだ。


「よろしい。では実行だ」


「「ははっ!」」



 ◇



「というわけで、君には補給線を叩く役割を頼みたい」


 国防大臣から、具体的な指示を受けた。

 作戦はこうだ。まず俺が飛んでいって補給線を叩く。国軍はその間に移動。補給線を叩かれた敵軍が、撤退すれば追撃し、分散すれば各個撃破する。


「先の作戦が功を奏し、帝国軍も連邦軍もまだ国境にいる。従って、補給線は国境の向こう側。通常なら回り込んで現地に行くのも、現地から撤退するのも苦労と危険を伴うが……飛べる君には関係ない。そうだな?」


 帝国と連邦を争わせる作戦は、今も効果が継続中。両国は戦闘を続けており、いつ、どうやって終わるか見通しが立たない。

 王国としては、いいぞもっとやれ、と囃し立てたいところだ。


「その通りです、閣下。

 確認ですが、できるだけ死者を出さない方向でよろしいですね?」


「うむ。ただし十分に補給が滞る必要がある」


「承知しました」


 殺さなくていいというのは、気が楽だ。

 まあ、実力差が大きいことが前提になるが。拮抗すると、加減する余裕はなくなる。



 ◇



 というわけで、帝国上空である。

 雲より高い所から見下ろせば、まず見つからない。なお星の魔女は例外である。


「あれが補給基地か」


 物資の管理のためか、基地を設けているようだ。つまり、ここを破壊すれば帝国軍の補給は滞る。


「……が、面倒なやつがいるな」


 トロール――力が強く、驚異的な回復力がある。その回復力は、持久力の高さにもつながっているから、なるほど運搬に向いている。アンデッドみたいに不眠不休で動けて食事もいらないというわけにはいかないが、人間よりはるかに適任だろう。知能が低いので、引率係が必要だが。

 こいつらもダンジョンから出てきたのだろう。人間の軍と協力しているのは奇妙な光景だが、幸運にも戦力差は圧倒的だ。トロールはタフだが、レヴナントほどの不死身ではないし、奴らを率いるボストロールも不死王ほど強くない。

 ただ、そのタフというのが面倒だ。


「電撃で麻痺をばらまけばいいと思っていたが、人間を気絶させる威力ではトロールには効かないし、トロールを気絶させる威力だと人間が死ぬし……そもそもトロールの回復力だと、状態異常を解除するのも早いからなぁ」


 都合よく人間だけ攻撃する魔法とかは存在しない。

 ……いや、でもその逆はあるな。


「ホーリーブレイズ」


 天界から聖火を召喚する魔法だ。地上世界の炎とは異なる原理で燃えており、そのため「熱」の伝え方も地上世界の炎とは異なる。この聖火は、邪悪なものを焼き払う一方、善良なものには効果がなく、神聖なものであれば癒やしを与えると言われる。もっとも「神聖なもの」が地上世界に顕現することは滅多になく、あったとしても神話の中の出来事になってしまうほど大昔の話だ。

 ともかく、この魔法はアンデッドを焼き払うのに効果的で、魔物にも高い効果を発揮することが多い。また「善良なもの」には、まともな道徳観をもつ人間も含まれるため、犯罪者にこの魔法を浴びせて改心したか確かめることがある。


「どうだ……?」


 聖火の輝きが消えて、帝国軍はたちまち大混乱に陥った。人間の兵士たちは、ダメージこそ軽いものの、正気に戻ったらしい。呪詛が焼き払われたのだろう。気づいたらトロールが複数いるのだから、混乱するのも無理はない。


「……意外な発見だったな。しかし一般人には使えないか」


 まさかホーリーブレイズで解呪できるとは。

 人間のダメージは軽い。といっても、それは鍛えた兵士を基準にした話。子供や老人、病人やけが人、その他体の弱い人が喰らえば、それなりに深刻な状態になり、治療が必要――その人数が多すぎて、手が回らなくなるだろう。治療中に再感染して元の木阿弥ということになる可能性もある。


「トロールへの効果は、期待したほどじゃないが……」


 トロールへの効果は限定的だった。火傷を負ったが、たちまち治っていく。この驚異的な回復力――いや、再生能力こそがトロールの最大の強みだ。

 こちらも制御を失っているようで、何が起きたか分からない様子だ。しかし、本能に従って、とりあえず近くの人間を攻撃し始めた。

 トロールに効果が薄いのは、アンデッドほど邪悪な存在ではないからだろう。トロールは知能が低いので、基本的に中立な野生動物といえる。むやみに近づかなければ、積極的に襲ってくることはない。その意味では、凶暴性はゴブリンにも劣る。


「これはこれで、ありか」


 帝国軍は、たちまちトロールの群との混戦に陥った。もはや補給線を維持するどころではない。

 見ているだけで、どんどん帝国軍の被害が拡大していく。奇襲による混乱は、3倍から5倍の相手を打撃できる。

 だが、そこは帝国軍。補給物資とともに到着する後続部隊がどんどん参戦していって、最終的には数でゴリ押し、盛り返す。

 帝国兵の被害は少なくなかった。戦術的には、戦力の逐次投入は愚策なので当然の結果だが。とはいえ、帝国兵が増援を要請しても、まず到着するのは物資を運搬中の後続部隊だ。


「……そろそろ決着だな」


 帝国軍の状況は、終わりを迎えようとしている。眼下では、帝国兵たちがボストロールを囲んで戦っているところだ。

 帝国軍の犠牲者は多数。重軽傷に、死亡も。なるべく殺さないようにとは思ったが、この状況だとそこまで重要なことでもない。帝国兵は俺に気づいていないようだから、王国へのヘイトが高まる心配はないだろう。あとは俺の気持ちだけだ。そのうち、どこかでのんびり休もう。

 とにかく作戦は成功だ。帝国軍の補給線はズタズタになった。補給基地の機能も失われ、物資の管理ができなくなったので、立て直すまでしばらく補給が滞るはずだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る