第8話 不死王対策を考えろ


 無事に神殿を味方につけることができた。

 次は国防大臣だ。


「居場所が判明しました」


 兄上が陛下に報告する。

 それを俺たち――王后陛下、王女殿下、母上、友人、伝令部隊長、神官長――も一緒に聞く。


「敵の戦力は? 魔物がいたか?」


 不死王みたいな強敵が他にも居ては困る。

 まして国防大臣ターゲットを回収するのが目的となれば、俺が出ていっても敗色濃厚となる。


「いえ、人間だけです」


 うむ、と陛下。重々しい表情を崩さず――つまり油断ならない状況だとの認識を示しながらも――僥倖、好機、千載一遇……! そういった認識もにじませる。

 そして陛下は俺を見た。


「ならば、この件はジャックなしで取り掛かろう。

 その間に、ジャックよ。不死王に勝つ方法を得るのだ」


「はっ」


 かなり厳しい条件だ。急に強くなれと言われたようなもの。しかし、そうするしか活路がないのも事実。時間的猶予は、ここしかない。



 ◇



 長い年月を研鑽に費やしてきた不死王に勝つには、普通に修行したのでは追いつけない。まして時間が限られているのでなおさらだ。

 エリンの工房に様子を見に行ったが、魔道具はまだ完成していないという。


「例の謎金属の封印効果を強める方法を発見したんだ。不死王対策なら、そっちを使うのはどうだい?」


 ありがたい。さすがエリンだ。

 思わず拝んだ俺を、エリンが苦笑い。

 あ、お布施いる? ご利益オナシャス。


「ご利益はないけど、とりあえず使えるようにしておくよ。明日にでも取りに来ておくれ。

 あとは……そうだねぇ、『ました工法』ってのがあるんだ」


「ました工法?」


「エルフが進化してハイエルフになるみたいに、ドワーフも進化してハイエンドワーフになる事があるらしいんだ。ハイエルフと同じく伝説的な存在だけどね。

 そのハイエンドワーフの中でも、建築系の奴が使う奥義や真髄みたいなもんかな。元来魔法が苦手なドワーフが、土の精霊に愛されて魔法を駆使した結果、『造ろうと思った時には既に完成していた』という事が起きるそうだよ。

 膨大な魔力を持つあんたなら、擬似的にでも同じような事ができるんじゃないかい?」


 精霊に愛されて、ということは、精霊が術者の代わりに魔法を使ってくれるということだろう。魔法を駆使して、ということは、部分的に手伝ってくれるのだろう。

 精霊にやってもらわなくても、自分でやれば完成はする。その所要時間を短くして、瞬時に完成させれば、結果的には同じことだ。

 魔力でゴリ押しして魔法の規模を拡大したり、ゴーレムを作って作業させたり、時短の方法はいくつかある。


「建築か……」


 戦闘とは分野が違うと思って、考えもしなかったが――攻撃3倍の原則というのがある。砦とかの軍事拠点を攻撃するときは、防衛する側の3倍の兵力が必要になるという原則だ。

 砦とまでいかずとも、馬止めの柵とか、矢から身を隠す設置型の盾とか、簡単なものでも実用的なものはある。

 建築――地形の変更という選択肢。造るまでしなくても、場所を移動して適切な地形を選ぶくらいなら、よくあること。考えもしなかったのは俺の落ち度だ。強くなって慢心していた。

 不死王の他にも、あのレベルの敵がいたら。しかも謎金属の封印効果が効かない相手だったら。そう考えると、他にも打つ手はほしい。ました工法――建築という選択肢は、短期間にまともな成果を得られそうだ。


「あ。でも、なんでそれが『ました工法』?」


「やろうと思ったら、もう終わってってことさ」


「なるほど……実物が見られる場所は?」


「有名なのは、ドワーフ王国の王城だねぇ。

 他にもいくつか『これがそうだ』と言われてるものはあるけど、本当かどうか分からないね。なんせハイエンドワーフが最後に生きてたのは、もう数百年前だからねぇ」


 そんなところもハイエルフと同じか。まあ、居ないものは仕方ない。とにかく得られるだけの学びを得なくては。


「じゃあ、ちょっと見物に行ってくる」



 ◇



 ドワーフ王国へ行くにあたって、問題が1つある。出国手続についてだ。反乱軍と呪詛のせいで機能が麻痺している。しかも、もし手続できたとしても、その情報が反乱軍に伝わって、俺の不在を狙った動きが発生するだろう。従って、出国手続をしないで、空を飛んで出ていくことにした。

 入国手続をしないで他国に入ると密入国になってしまうが、幸運にもドワーフ王国は北東の砂漠地帯を越えた先にある。この砂漠はどこの国にも属していないので、砂漠から入れば入国手続だけして入れる。

 ちなみに砂漠が国に属さないのは、植物が育たないから。農業も牧畜もできないので人が住めず、従って税を取れない。そのくせ支配するなら国境警備や出入国管理の人員を配置しなくてはならない。調べれば地下資源があるかもしれないが、調査費用も馬鹿にならない。それで資源が見つからなければ全てが無駄になる。せめて「ある」と信じられるだけの情報が必要だ。

 そんな場所なので、まっすぐ突っ切ったほうが近くても、普通は迂回する。途中で補給もできないし、歩いて進めば方向を見失って遭難する危険もある。砂漠の地形は、風に吹かれて砂が移動し、一晩で風景が激変することもあるので危険極まりない。しかし俺なら、空を飛んでいけるわけだ。補給も遭難の心配もない。

 そんなわけで、道中の様子は全カットである。ひたすら飛ぶだけで、事件も起きない。たまに鳥を見かけるぐらいだ。

 無事に入国し、ドワーフ王国の首都に到着した。


「これが首都……」


 ドワーフの首都は、山の内部をくり抜いたような巨大洞窟の中にあった。どうして崩落しないのか不思議だが、とても広いので地下だといっても圧迫感とか閉塞感とかは感じない。

 洞窟であることを活かした街作りなのか、地形に制限された結果なのか、階層構造になっていて、吹き抜けから各階の端っこを見渡せる。


「まさか、こんな大空間を、掘って作ったのか……?」


 規模からは信じがたいが、たぶんそうだろう。掘ると同時に崩落しないように魔法をかけたはずだ。


「で、あれが王城……」


 王城は、吹き抜けのど真ん中にあって、各階層をつなぐ螺旋階段が備わった、巨大な柱のような外観だった。各階層につながる空中回廊が伸びているので、大樹のようにも見える。


「物凄い数の精霊だ……!」


 王城周辺を飛び回る精霊の大群が見えた。目に魔力を込めれば、そう魔力が多くない人でも見えるだろう。これほどの数の精霊は、他ではお目にかかれない。

 ました工法で造られたというのもうなずける。建造当時から、今なお精霊に守られているのだろう。回復魔法を常に宿しているようなものだ。点検や補修など必要ない。傷めばすぐに精霊たちが直すはずだ。


「これがました工法……要点は、数の力か」


 精霊にしかできない技術とかだったら諦めるしかなかったが、これなら何とかなりそうだ。多数の魔法を同時起動する――各種強化魔法でいつもやっていることだ。

 でも使う魔法は変えなきゃいけない。ちょっと練習が必要かな。ちょうど帰りも砂漠を通る。あそこなら人目もないし、練習には好都合だ。



 ◇



 というわけで、砂漠地帯に戻って練習開始。

 砂はいくらでもあるし、地形を変えても迷惑をかけないので、ゴーレムを作って仮想敵にする。砂が動き、人形ができた。その砂の分だけ、地面がえぐれる。

 普通は、えぐれないように埋める作業を同時並行するのだが、ここではそんなそんな気遣いも不要である。


「同じように、土魔法で堀を作って〜」


 ズゴゴン!


「壁を作って〜」


 グモモモ!


「天井も作って〜」


 ズザザザ!


「罠を配置して〜」


 しゅぴぴぴーん!


「防衛兵力を配置して〜」


 ズビズバァ!


「サクサクっと完成。砦というより、ダンジョンでも作ったような気分だな」


 今回はダイジェスト方式だ。テンポの良さは大事だからね。別に山場でもないし。今はまだ、完成品のイメージを掴むための模型作りといったところだ。

 もちろん実物大なので、その利点も活かす。テストプレイだ。


「仮想敵ゴーレム、突撃」


 ズドドド!

 雪崩のようにゴーレムが突撃してくる。渋滞すると周辺に迂回し、別のルートを探し出す。今回の狙いは、まさにそこ。俺自身が想定していない抜け穴を探し、改良することだ。


 ドゴン!


 おっと、さっそく成果が出た。堀に落ちたゴーレムが、後続のゴーレムの足場として機能し始めた。さらに防壁が破壊され、そこからもゴーレムが入り込む。


「ふむ……ショートカットされたときの対策が必要だな。枝状の構造にして、常に挟み撃ちで迎え撃つか。年輪みたいな多重構造にすれば時間稼ぎも……いや、そもそも壊されにくい構造にするには……」


 改良して試し、欠点を見つけてまた改良する。

 そのうち欠点が見つからなくなる。仮想敵ゴーレムを動かしているのが俺なのだから当然だ。俺では思いつかないことをしてくれる敵が必要だ。ゴーレムの制御を誰かに任せる――あっ。

 不死王から伝令部隊長を盗んだとき、俺は「もっと自由に考えないと」と反省したんだった。その「自由に考える」というのが重要だ。この点を強化してみよう。


「あーして、こーして、そーして、どーして……ばばーん! 完成!」


 自立思考機能を魔法で構築。物理的な実体を持たない魔法でできた「脳」だ。

 魔法を部品みたいに組み立てて脳の機能を再現――というのは無理なので、魔法をコピーする魔法をベースに改造して、俺の脳をコピーした。いちいち知識や思考回路を入力・設定しなくても、コピー元である俺の知識・思考回路が自動的にコピーされる。

 ただし、これだと俺と同じことを考えるだけになってしまうので、思考回路を変更する。人の性格は、経験によって形成される。なので意図的に知識を削ってやれば、思考回路を変更できる。

 喜怒哀楽になぞらえて、直面した状況を常に「喜ぶ」「怒る」「悲しむ」「楽しむ」という4つの思考回路を作ってみた。


「では改めて、実験開始だ」


 構築けんせつした防御を攻めさせると――

 「喜び」は、オモチャを手に入れたように色々と試し始めた。

 俺自身は「喜び」に近いことをしていたが、「喜び」のほうが多くのことを試している。思いつく方法は俺自身と同じだが、やっても駄目だというのが予想できたから試さなかった事まで「喜び」はいちいち試して、その結果からまた何か思いついて試し始めた。

 「怒り」は、荒々しく力押しの戦法を始めた。

 単純な力押しは当然通じない。だが通じなかった結果から、ゴーレムを強化して再挑戦している。俺自身は、仮想敵ゴーレムを強化するという発想がなかった。だが考えてみれば、不死王がそういう戦法を取らない保証はない。

 「悲しみ」は、迎撃や罠を警戒しながら慎重に攻め始めた。

 不死王が俺をナメて油断してくれなければ、こういう戦い方をするかもしれない。「悲しみ」が操るゴーレムは、慎重な分、動きは遅い。だがこれは単なるシミュレーションだ。不死王なら同じことを超高速で実行するかもしれない。

 「楽しみ」は、包囲したまま動かなくなった。

 兵糧攻めや封印ということか。俺より強い不死王が、こんな手に出る可能性は低いだろうが、俺が粘れば面倒くさがってこういう方法に切り替えるかもしれない。となれば、この手の戦法への対策も必要だ。素晴らしい発見だ。


「なるほど、なるほど……それじゃあ、どうやって対策するかも考えさせてみるか」


 この日、俺の戦闘能力は大きく進化した。

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