第9話 エース公爵

 国防大臣を回収。伝令部隊長による「放送」もあるので、今後は取り戻した味方が呪詛の影響を再発する心配なく、反乱軍への反撃を進めていける。

 となると、あとは領民の人口が多い領主から順に取り戻していくことになる。


「兵士が多いから簡単には行かないのではありませんか? 小さな領地から始めるとばかり思っていましたが」


 母上が言った。

 軍事に疎いので、当然の疑問だろう。しかし、だからこそ時々鋭いアイデアが出てくる。伝令部隊長を最初に取り戻すべきだと言ったのも母上だ。とはいえ、今回はその「時々」から外れたようである。


「本隊を接近させて相手をおびき出し、その間に別働隊が領主を正気に戻します。

 相手にとっては、囮だと分かっていても、無視していてはそのまま潰されるので、対処せざるをえない。有効な方法ですよ」


 国防大臣が説明する。


「まあ、それも優秀な別働隊があればこそ、だがな」


 陛下がそう言って俺を見た。


「ジャック、不死王対策は……?」


 と尋ねる兄上。

 王女殿下と王后陛下も不安げに見ている。


「ずいぶんマシになったと思います。

 あとは不死王がどれほどの使い手か……という所ですね」


 それと……と俺は付け加えた。


「どうやら反乱軍は……いえ、その後ろにいる黒幕は、ダンジョンの魔物を操っているようです。

 不死王とレヴナントも、ダンジョンから出てきたようです。そのダンジョンに行ってみたのですが、魔物がまったく出なくなっていました」


 ました工法からヒントを得た防御を、実際に魔物で試そうと思ってダンジョンに行ったのに残念な結果に終わった。ダンジョンから出れば魔物は追ってこないので、地上の魔物で試すより安全なのだが、魔物が居ないのでは試せない。

 そんなダンジョンの魔物が、どういうわけか外に出ている。間違いなく人為的なものだろう。しかしテイマーの技術では、操れる魔物に限界がある。数の限界もあるし、術者より強い魔物は従わないという限界もある。


「……人間業とは思えぬな」


「普通に帝国が怪しいと思っていましたわ。でも、人の仕業ではないかもしれませんわね」


「だとすると、何者が、何のために……?」


 国王陛下のつぶやきに、王女殿下と王后陛下も眉をひそめる。


「まだ情報が足りません。黒幕については引き続き調べるとして、反乱軍への対処ですが……まずエース公爵から始めるべきかと」


 国防大臣が言った。

 その提案に、全員が難しい顔をする。

 エース公爵は、俺が近衛騎士団をやめるきっかけになり、陛下の食客になった俺に斬りかかったことで断罪された例の元団長の、その父親だ。うまく味方に引き込めたとしても、息子を奪った連中には思うところがあるだろう。


「歴代の近衛騎士団長は、かなり多くがエース公爵家から出ていますし、多くの騎士や兵士を抱える武官の名門でもあります。

 例のご子息の事件では思うところもあるでしょうが、ここで後回しにすれば、そのことで後にまた確執が生まれるでしょう」


 事実、有力である。そんなエース公爵を後回しにしたら……思うところがあるのは自分だけじゃない、陛下からもそう思われている、と感じるだろう。

 規模を考えると、後回しにしても最終的にはエース公爵家を取り戻す必要がある。後腐れを防ぐには……確かに、国防大臣の言う通りだ。


「「うーむ……」」


 誰ともなく、複数の口からうなる声がもれた。

 しかし他に良案もなく、次の目標はエース公爵に決まった。



 ◇



 というわけで、エース公爵を取り戻して味方にした。

 なお、別働隊として俺が公爵邸を制圧(全員気絶)したあと、同行してもらった伝令部隊長の念話魔法で陛下の言葉を伝え、全員を正気に戻したくだりは全カットで。まあ、事前の作戦通りに事が進んだのでね、特に説明することもないかなって。


「ぐぬぬ……!

 正気に戻してくれた事には感謝するが、息子を失ったきっかけの男に、我が屋敷を制圧されるとは、なんとも複雑な気持ちだ。ちょっと1発殴ってもいいかね?」


 その言い方があまりにもサバサバしていたので、俺は殴られておく方が国益になると思った。

 この手の人物は、スッキリさせれば後は全力で協力してくれる。


「はい、閣下。どうぞご遠慮なく、思い切りやってください」


 俺は直立不動の姿勢をとった。


「うむ、すまん。……おりゃあああ!」


 エース公爵は、助走をつけて俺の頬を思い切り殴った。髭面のむさい筋肉ダルマなおっさんの全力パンチだ。しかし、殴ったあとで自分の手を痛そうにさすっている。残念ながら、ドラゴン並の防御力を持つ俺を殴っても、自分が痛いだけだったようだ。

 しかし、思い切り殴れて、気持ちよく命中して、随分スッキリした顔をしている。


「息子のことも、今回のことも、正しいのは君だ。まったく道理の通らぬワガママに付き合わせてしまってすまない」


「いえ、こればかりは気持ちの整理などつけようがありません。私に子供はいませんが、父が最近死んだばかりです。閣下のお気持ち、いくらかは分かるつもりです」


「うむ。我が事ながら、困ったものだ。

 だが、お陰でスッキリした。ジャック・ランバー卿、本日ただいまから、貴公を無二の友と思うこと、許してもらいたい」


「光栄――いえ、承知しました。では、どうぞジャックと呼び捨ててください」


 友人に光栄はないだろう。上下のない関係になるのだから。しかし相手は公爵、こちらは伯爵(の身内)。一定の節度は必要だ。


「うむ、ジャック。よろしく頼む。儂は貴公のためにできる事は何でもしよう。

 儂のことも、閣下などと呼んでくれるなよ?」


「では、エース卿と」


「うむ。

 では、急ぎ本隊を停戦させよう」



 ◇



 俺に運ばれて戦場へ飛んだエース卿は、自軍の兵士に大声を張り上げた。


「やめいッ!」


 その一言で、公爵配下の兵士たちはピタリと動きを止めた。戦力に見合わぬ凄まじい覇気だ。俺が吠えても、こうはならない。

 一緒に運んできた伝令部隊長が、すかさず念話魔法をかける。


「跪け」


 国王陛下の声が、念話魔法を通して全員の頭の中に聞こえた。

 これもまた凄まじい覇気で、まるで巨人に頭を押さえつけられているような気分になる。敵味方問わず、全員がその場にひれ伏した。

 そして、この瞬間、呪詛の効果は失われた。何度か試して改良した結果、これで十分だと判明したのだ。本当にこの呪詛は感染力に特化していて、効力が弱い。

 このあと、公爵軍が手分けして公爵領の領民を正気に戻していった。そして、これによって王国最大の領地が正常化し、俺たちは反撃への大きな一歩を踏み出した。



 ◇



「順調そうで良かったよ」


 エリンの工房。

 頼んでいる魔道具の状況は……と確認に来たのだが、まだ終わっていなかった。

 謎金属の研究を優先していて、行き詰まったときや待つしかないときに、魔道具の制作を進めているという。


「あとは同じ要領で順番に……だな」


「そうだね。

 でも北の公爵には注意しな」


「北の?」


 暗部や伝令の隊長を取り戻し、人質を救出したことで、北部貴族の大半は反乱軍を脱退している。北部では残すところ、反乱軍の立ち上げ人となった地方貴族たちぐらいだ。それも、もうすぐ潰せるだろう。

 だから不思議だ。北の公爵が放置していたはずがないのだ。派閥の中に不穏分子がいたら、対処するのが当然。そうしなかったということは、北の公爵はなんらかの形で反乱に一枚噛んでいる。まさか気づかなかったわけではないだろう。


「前に『死を肩代わりする魔道具』の注文を受けたんだ。その材料を、ジャックに頼んだんだけど、覚えてるかい?」


「あれか。鋼鉄大蛇の心臓」


 あのときは大変だった。鉱山に行って鋼鉄大蛇を探そうとしたら、ドラゴンが飛んできて戦闘になった。おまけに後半から鋼鉄大蛇も参戦して、2対1の戦いに。まあ、なんとか勝ったおかげで、今の俺があるわけだが。

 討伐したドラゴンの血肉を平らげたおかげで、肉体も魔力も劇的にパワーアップした。鋼鉄より頑丈といわれるドラゴンの鱗も、今の俺にはスルメ程度の歯ごたえだ。


「そうそう、それだよ。

 その注文をしたのが、北の公爵なんだ」


「……それが?」


 公爵なら命を狙われることに対策するのは珍しくない。政治的には国王陛下や王后陛下に次ぐ重要人物だ。


「分からないのかい? やれやれ、あたしの男ともあろう者が……」


「す、すまない。どういう事だ?」


「このエリン・ゲシュタルトが作ったんだ。普通の『死を肩代わりする魔道具』のわけがないだろう?」


「あ、ああ……! なるほど、それはそうだな」


 死を肩代わりする魔道具は、他の工房でも作られている。

 だが、弟子を取らないで親方が直接つくることで知られるエリンの工房。弟子の育成に忙しい他の親方と違って、エリンはひたすら己の腕前を高めることに注力してきた。

 そんなエリン・ゲシュタルトが、他の工房でも作られているような魔道具を手掛けて、普通の仕上がりになるわけがない。


「……で、具体的にはどんな性能なんだ? 複数回使えるとか?」


 死を肩代わりする魔道具は、基本的に1回だけの使い切りだ。

 だから魔物を使ってスリみたいなことをしていたテイマーを断罪したときも、頭を十文字斬りにして2。そうすれば、死を肩代わりする魔道具を持っていたとしても確実に死ぬからだ。もっとも、あのテイマーは持っていなかったようだが。

 で、そんな魔道具が複数回使えるとしたら、死んだと思わせて生き返って逃げるという選択肢の他に、魔道具を消費してゾンビアタックが可能になる。もちろん奥の手だし、それが必要になり、かつ通用する相手というのは限られるが。


「甘いねぇ。R18タグを入れずに済むギリギリのイチャラブシーンぐらい甘いねぇ」


「お、おう……そんなに甘いのか。場合によっちゃ、最後までやっちゃってるじゃないか」


「このエリン・ゲシュタルトをナメてもらっちゃあ困るよ。

 複数回? ノンノンノン。回数制限なんかないのさ。無限に使えるんだよ」


「それはすごいな……ティッシュとゴムで破産しそうだ」


 命を守るという1点において、これほど優れた魔道具は他にないだろう。

 ただし、殺しても死なないというだけなら、対処法はいくらでもあるが。たとえば捕縛・封印といった動きを封じる方法。それに、水中や毒の中に放置すれば、蘇生しても溺死・毒死でまた死ぬので半永久的に殺し続けることが可能。命があっても、精神が持たないだろう。1ヶ月ほどで廃人になるはずだ。


「すごいが……それほどの物を、何のために?」


 わざわざエリンに作らせるなら、死を肩代わりする魔道具ではなく、転移の魔道具にするべきだ。そうすれば、回数制限のない転移の魔道具が得られるだろう。死を肩代わりする魔道具は他の工房から買って、無限に逃げ回れる魔道具を持っていたほうがいい。


「まさにそこさ。北の公爵は怪しいと思うよ」


 エリンが神妙な顔で言った。

 作ったお前が言うのか……と思わなくもないのだが。面白そうだからとか、どこまでの物が作れるか試したかったとか、おおかたそんな理由で作ったのだろう。そのときには、こんなことになるとは……というやつである。

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