第10話 反乱の容疑者

 王国には、東西南北それぞれに4人の公爵が居る。

 ここで以前にも紹介した近隣諸国との位置関係を確認しておきたい。王国は「ワ」の字形で、南は海である。北は帝国、東は共和国、西は連邦。なお、北東に砂漠があり、この砂漠はどこの国のものでもない。また、その先にドワーフ王国がある。

 これを踏まえて4人の公爵を紹介しよう。


 北の公爵――帝国への警戒を司る、北部貴族派閥の旗頭にして王国の外務大臣。派閥の弱小貴族たちの一部が結託して反乱軍を組織した。その動きを抑えるのが普通だろうに、見逃していたのは、どういうわけだろうか? また、エリンに「死を肩代わりする魔道具」を注文し、回数制限のない魔道具を手に入れた。そんな物を、何のために?


 南の公爵――近衛騎士団の元団長(俺が辞職する理由になったパワハラ野郎)の父親。息子があんな愚者だったのに、父親はサッパリした善人だ。どうしてこの父親からあの息子が生まれたのか、首を傾げてしまう。

 エース卿が善人なのは、隣国への警戒を担当していない気軽さのせいだろうか。南部には国土がないので南部貴族派閥というのは存在しない。エース卿の領地は湾岸を広く占めており、港に出入りする商船・漁船をまとめている王国経済の首領ドンだ。

 海軍もエース卿が保有している。国王陛下や王国が直接海軍を持っているわけではない。なので、もし共和国や連邦と戦争になり、国王陛下が海軍を動かそうと思ったら、その所有者たるエース卿に命じるしかない。


 東の公爵――共和国への警戒を司る、東部貴族派閥の旗頭。俺の実家ランバー伯爵家が有するランバー伯爵領は、ギリギリこの東部貴族派閥から外れている。つまり、うちの領地のすぐ東からが東部貴族派閥だ。

 東西の貴族が反乱軍に寝返ったとの情報を得て、俺が調べたのがこの東の公爵。呪詛の存在に気づき、調査を始めた。東部の呪詛は、この公爵が感染の起点になっているようだった。


「面目次第もございませぬ!」


 正気に戻った東の公爵は、国王陛下の前へ土下座した。

 エース卿をやったときと同じ手で、東の公爵も制圧。調べた結果、身につけていた指輪が呪詛の源と断定し、破壊したら正気に戻った。東部の国民はすべて一斉にだ。呪詛が解けたのである。


 西の公爵――東がそうならば、西も同じではないか? そう考えて、西の公爵にも同じ手で制圧を試みたのだが、この公爵は曲者だった。本隊への対策は最小限の人数で足止めに重点を置き、別働隊に備えて多数の兵士を本拠地に残していたのだ。

 少数精鋭の天敵は大軍である。ドラゴンは不死王に勝てるかもしれないが、レヴナントの群からは逃げるしかない。人間は小型の熊になら勝てるかもしれないが、ハチの群からは逃げるしかない。相手が弱かろうが、数が多いというのは面倒この上ないのである。

 さすがは連邦への警戒を司る西部貴族派閥の旗頭。帝国を警戒する北の公爵と2人、かなりのやり手だという噂は伊達ではなかった。


「どけ! 邪魔だ!」


 殺さないように手加減しながら兵士を倒して進む間に、西の公爵はゆうゆうと逃げおおせてしまった。


「おのれ小癪な」


 とはいえ、死体を処理しない限り無限に復活するレヴナントと違って、生きた兵士は有限だ。片付けていけば、いつか終わる。

 そして探知魔法。位置を把握できるこの魔法は、ほとんど常に使っている。突入した時からずっと使っていたので、逃げていくやつが居ることも把握済み。


「はい、ドーン!」


 飛行魔法で追いかけて、空から急降下。強襲してやった。

 手間取らせやがって。ちょっとイラついた分、強めに襲ってしまったのは正直すまないと思っている。西の公爵「ぐえっ」とか言ってたもんな。


「申し訳ッ! ありまッせーんッ!」


 ジャンピング土下座。スライディング付きにて。陛下の前で。

 母上と兄上が、見たことないぐらいスゲェ迷惑そうな顔で横から見下ろしている。我が家のカーペットがくしゃくしゃになってしまった。スライディング土下座でカーペットが雑巾がけみたいになってしまったじゃないか。

 こうなったら、アレだな。もうこいつの事は――以下省略ッ! 怒りの全カットだ!



 ◇



「さて、残るは北の公爵か」


 陛下が難しい顔をして言う。

 周囲の全員も同様に難しい顔をしていた。

 北の公爵は――怪しい。


「ともあれ、面積では半分以上、公爵の人数はつげんりょくでは4分の3まで取り戻したのですから、ここは当たって砕けるしかないでしょう」


「砕けてどうする」


「それは言葉の綾です、兄上」


「砕けては困りますが、北の公爵は捕らえて調べる価値があるでしょう。

 反乱軍の後ろにいる黒幕に迫るチャンスです」


 国防大臣が言う。

 一瞬フォローしてくれたかと思ったが、よく考えたらそうでもない。……チッ。

 はらいせに以下省略の全カットだ。



 ◇



 ところで「はらいせ」は漢字で書くと「腹癒せ」って知ってた?

 つまり「腹が立つ」とか「腹に据えかねる」とかの状態から癒されるための手段というわけだ。怒りとは、腹から湧き出るものらしい。へそ汁かな? きっと乾燥するとへそゴマになるんだろうな。

 そして「腹が立つ」より「腹に据えかねる」のほうが、より強く怒っている。怒りは腹から湧き出て、立ち上がったあと、激しくなるとどっか行くらしい。どこ行くねん?

 じゃあ、腹癒せをして癒やされると、怒りはらはどうなるんだ? 怒ると立つから、落ち着くと座るのかな? 寝るかも? というか、そもそも「据えかねて」どっか行ったのを、もとの場所へ戻して安定させる――浮き上がっていく風船に重りを付けて落とし着地させるような――ゆえに「落ち着く」という。

 ……。

 …………。

 ……………………。

 騙された? 別に根拠のある話じゃないよ。

 いくつかの部品データから、それっぽい仮説を組み立てる能力。こういうのを重視する動きがある。特に優秀とされる組織では、この傾向が強い。

 たとえば「馬車の中に蹴鞠がいくつ入るのか?」という問題が出たとする。馬車のだいたいのサイズを仮定し、蹴鞠のだいたいのサイズを仮定して、単純計算した結果を「仮説A」とする。次に馬車のサイズに対して、実際に蹴鞠を積み込める容積がどのぐらいあるか、割合でもって概算する。床より下は詰めない、幌は真四角ではないので真四角より少し小さい、などの条件をだいたいの数字で引いていく。詰めるのは馬車のサイズの7~8割ぐらいだろうか。これを仮説Aと乗算した結果を「仮説B」とする。蹴鞠は球体なので、空間内にみっちり詰め込んでも隙間ができる。空間内にどのぐらいの割合で詰め込んであるかというのを「空間充填率」というが、球体の場合はおよそ半分ぐらい。仮説Bと空間充填率を乗算して、最終的な仮説が導かれるわけだ。

 蹴鞠は単純な例だが、武具や食料を積めるだけ積んで運びたいという場合に、こういう計算が「仮の数字で、だいたいの答えを出せる」というのは、おおまかな見通しが立つという意味で強い。何度か経験すれば実体験から感覚的に予想できるが、新しい商品や販売先に手を出す場合は、これができないと厳しい。商品と飲料水や食料を積み込む割合を、だいたいの数字で計算したいとかの場合に役立つわけだ。

 まあ、要するに――そう大きくは間違ってないという事だ。


「お前が犯人か!」


「違います! 私は被害者です!」


 取り戻した王城にて。

 捕まえた北の公爵は、他の公爵のように仲間として歓迎されず、厳しい取り調べを受けることになった。


「反乱軍と内通していただろう!? さもなければ反乱の動きをどうして見逃した!?」


「誤解です! 帝国に不穏な動きを察知して、そちらに注力している隙を突かれました! 私は無実です!」


「反乱の動きに気づかなかったというつもりか!? 公爵ともあろう者が!?」


「目が行き届かなかった責任は私にあります! その事に対する処罰はいかようにも!

 しかし、反乱軍との内通は濡れ衣です!」


 取り調べは厳しく、しかし決めつけることなく真実に迫ろうとしていた。


「なら人質作戦や呪詛は、反乱軍の独断だというのか!?」


「人質作戦は反乱軍の独断かと……!

 呪詛については、反乱軍の仕業ですらありません! 帝国の……いえ、帝国を陥れ、我が国と戦争させようと画策する者の陰謀です!」


「そんな奴が居ると!? 王国と帝国に戦争させて、誰が得を!? 犯人を突き止めたとでもいうのか!?」


 そして核心が――


「狙いは帝国との戦争だけではありません!

 帝国との戦争で弱った両国を、周辺国が侵略してさらに戦火を拡大する狙いです!」


「誰だ!? そんなことを画策して、誰が得をする!?」


「わかりません! そこまで戦火が拡大しては、死の商人ですら商売に困るはず……もはや損得の問題とは思えないのです! いっそ人間を滅ぼそうとでもしているかのような……そんな悪魔の仕業です!」


「破滅主義者か!?」


「いいえ、本当に悪魔かと……! 種族としての『悪魔』です!

 さもなければ、ダンジョンから魔物を引きずり出すような真似はできないでしょう! 敵は、地上の理を無視するほどの能力を持っています! 我々は戦争などしている場合ではありません! 地獄がすぐそこに迫っているのです!」


 語られた真実が。


「嘘をつくな! 誰がそんな戯言を信じる!?」


「嘘ではありません! 本当に――」


「黙れ! 荒唐無稽にもほどがある!」


 常識に押しつぶされ。


「もういい、連れて行け! 公爵は乱心した! しばらく幽へ……げふんげふん。養生してもらおう。

 帝国に真偽を問う手紙を出す。その返答次第だが……王国を食い物にしようと企むなら、我らは徹底的に戦うまでだ」


「「ははっ! 御意のままに!」」


 事態は最悪へと向かう。



 ◇



「完成したよ。注文の品だ」


 エリンの工房。

 以前から注文していた魔道具が完成した。ドラゴンの素材で作った武具に組み込まれ、俺の戦力がさらにアップした。


「ました工法、謎金属、この魔道具を搭載した武具……これだけあれば、不死王にも勝ち目が見えてくるだろう。

 エリン、ありがとう」


「いいさ。生きて帰ってくれれば」


 かくて王国の意思決定に関与しないエリンまでもが、事態を最悪の方向へと加速させていた。

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