第11話 見せしめの一撃
王国で反乱が起きた。彼らは「帝国万歳」と叫んで国王を襲ってきた。今や多くの王国民が「帝国万歳」と叫んでいる。帝国はこれについて弁明があるか?
貴族的な装飾表現と公式文書としての様式を取り除くと、帝国へ送られた手紙には、おおむねそういう事が書かれていた。
これに対して、王国に届いた手紙が
――帝国万歳! 王国滅ぶべし!
――共和国万歳! 王国滅ぶべし!
――連邦万歳! 王国滅ぶべし!
周辺国が3つとも同時に
帝国との戦争も辞さない覚悟だった王国は、突如として3面戦争の憂き目に。呪詛と反乱で東西南北敵だらけの状況がようやく鎮圧できたと思った矢先、再び王国は敵に囲まれたのである。
「最悪の状況だが、我々はまだ終わっていない。
この状況を打開するための最初の一手は……ジャック。すまないが、泥をかぶってもらうぞ」
「陛下の御意のままに。
……ですが、『泥』とは、どのような?」
「とりあえず……そうだな、反応が遅くなりそうな共和国がいいだろう。
かの国は本来、その統治体制ゆえに意思決定が遅い。反面、一致団結したときには同調圧力が発生して驚異的な力を発揮するが……今そのきっかけになるのは、カリス公爵の息子だろう。共和国最強といわれる白鯨騎士団を率いる若き団長で、その強さは人間を辞めていると言われる。
この人物を白鯨騎士団もろとも討滅すれば、共和国は侵略戦争に向かうための拠り所を失うだろう。そうなれば共和国はその体制ゆえに迷走し、その後の行動がなかなか決まらないはずだ」
「白鯨騎士団の討滅……それが『泥』と?」
「そうだ。
ジャック。そなた1人で、可能なら一撃で、それを成し遂げてもらいたい」
「それは……! なるほど……泥とは、そういう……」
百人斬りという言葉がある。平時に10人殺せば大罪人だが、戦時に100人殺せば英雄だ。しかし、千人・万人と殺せば、戦時といえども化け物を見るような目で見られるだろう。
たしか白鯨騎士団の総数は、3万とも4万とも言われる。それを単独かつ一撃で討滅すれば、間違いなく化け物扱いだろう。
しかし、だからこそ意味がある。そんな化け物を飼っているぞ、と王国は周囲を威嚇できるのだ。それは直接被害を与える共和国のみならず、帝国や連邦の足をも鈍らせるだろう。
「できるか、ジャック?」
「はい、陛下。私はそれを実行できます」
能力的には。
だが心情的には、それほどの大虐殺に抵抗がなかろうはずもない。これより大規模になれば、それはもう民族浄化とよばれるものだ。戦闘とは呼ばれない。
そんな大虐殺を、やれと……。
「では頼む」
断固たる命令――いや、命令? やれ、ではなく、頼む、と……? 本心では「できない」と
だが、この重量感に溢れた言葉、重々しい声の、それでも倒れぬ、迷わぬ、ためらわぬ、と断じて宣言するような質感は――王として重大な決定を下す責任ゆえか。
……考えてみれば、さもあろう。いや、そうでないハズがない。いくら敵国とはいえ、数万の人名を命令1つで奪うその重みを、陛下が感じていないハズがないのだ。
だがそれは、より大勢を守るため。自国の民と、他国の兵士たちの命をも守るためだ。王国を侵略するリスクを知らしめ、少しでも慎重にならしめれば、その国の兵士をいたずらに死なせることを軽減できる。
たとえそれが詭弁でしかないとしても、そう信じていなくてはできない決断だ。
「もっと平和的に、英雄として祭り上げるつもりだったのだがな……」
ため息交じりに漏らす陛下の言葉が、これから大罪を犯す俺を少しだけ救った。
◇
国境付近――
王国へ侵略するため、白鯨騎士団が行軍していた。
「団長、もうじき国境です」
「うむ。
各員傾注! 間もなく国境である! そろそろ警戒を強めよ!」
副官の報告から、カリス団長がすぐに指示を飛ばす。
まずは国境警備隊との戦闘になる。全員がそう思っていた。
「あれは……!?」
国境が肉眼で見える距離に近づいてきたところで、白鯨騎士団は異変に気づいた。
国境には簡単な柵があるだけ――簡単と言っても、人が乗り越えるのはほぼ不可能だが――のハズだった。それ以上の建築は、費用がかかりすぎて実現できない。
関係も悪くなかったので、検問所もそれほど軍事拠点として意識されたものではなく、駐留する兵士の数と武装で防御を固めている――ハズだった。
「よ、要塞!?」
「バカな! いつの間に!?」
巨大な軍事拠点がそびえ立っていた。
建築が始まれば、共和国側の国境警備隊から報告が届くはず。だが、聞いていない。報告されるより早く建築したと? 不可能だ。ありえない。では目の前の光景は? 国境警備隊が裏切った? それもありえない。国境警備を任されるのは、信用できる人物だ。
何が起きたのか分からず、白鯨騎士団は混乱した。カリス団長も即座にどうせよとは指示を出せず、その間に後方の兵士が前方の兵士に倣って足を止めていく。兵士と兵士の間隔が少しずつ短くなり、全体として展開している面積が小さくなる――不運にも。
「団長、上に誰がいます!」
要塞のテラス部分に姿を現したのは――
◇
――もちろん俺だ。
「起動」
武具に搭載された魔道具を、初めて、かつ全力で、起動する。
魔道具は武具の各部に分けて搭載されており、それぞれ役割が異なる。だが全体が連動すると、俺の能力が大きく底上げされる。
いつもやっていた「一瞬で全種類の強化魔法をかける」というやつの、威力がアップしたバージョンだ。セルフ強化だと速度を重視して威力が控えめになる。全力でやると時間がかかる。魔道具に強化魔法の制御を任せることで、魔力を流すだけで瞬時に全力の強化魔法を全種類というのが可能になった。もちろん流す魔力を加減すれば、強化の程度も調節できる。
「お? これは……」
注文したのはそこまで。
しかし、エリンが作ると、それだけでは終わらない。流した魔力を、必要に応じて再配分できるようだ。
今は魔法攻撃力を強化したい。身体能力や魔法防御を強化する魔法から魔力を削り、魔法攻撃力を高める魔法に注ぎ込んで強化幅をアップさせている。
「これはダメだろ、エリン……」
こんなの俺が使ったら、3万程度の密集した群衆なんか簡単に殲滅できてしまう。都市をまるごと破壊することさえも可能だ。
首都まで飛んでいって、都市をまるごと破壊し、また飛んで帰ってくる。そんな事ができてしまう。戦争のあり方が変わる。
もしも陛下がそんな方法を選ぶなら、王国が非人道的な大虐殺国家だと歴史に刻まれる前に、どこかへ隠居することを考えなくては。
今はとりあえず、そこまで大規模な破壊はできないと思わせておくしかない。
「メテオストライク」
一撃で討滅する方法はいくつもあるが、今回は見せしめだ。派手な――いや、
空が赤く染まる。見上げれば、巨大な火の玉が落ちてくる。空の色が変わったことは、周辺の村からも見えるだろう。
明らかな異変。後からその方角で何が起きたのか知れば、あれがそうだったのかと直感するような光景。目に見える変化というのは、強い印象を残す。
まったく逆の方法もある。
たとえば空気を上空へ転移させる。突如として周辺が真空になり、呼吸できずに混乱する中、気圧が下がったことで血液が沸騰し、体積膨張で血管が破裂する。破裂が脳で起きたら、脳出血状態になり、倒れる。生き延びても半身麻痺などの後遺症に苦しみ、国はその対応に追われる。ゆえに、大勢が生き残ってくれたほうが、足を引っ張るには効果的だ。
だが、さらに、真空になった場所へ周囲から空気が流れ込む。上空に転移させた空気も落ちてくる。その凄まじい勢いは、突風などというレベルではない。爆風だ。人も馬も吹き飛び、宙を舞い、叩きつけられる。砂嵐が迫ってくるような光景の中で、まるで津波や雪崩のような大災害が起きる。
――が、これは見た目には何が起きたのか分からない。何も起きていないように見えて、いきなり苦しみ始め、突如の砂嵐。攻撃というより、不運にも未曾有の災害に巻き込まれたと勘違いされる可能性がある。上空では無色透明なので、遠くから見えるようなものでもない。空気の流入で轟音は生じるが、音はあまり遠くまで届かないのだ。林とかで簡単に防がれる。派手ではあるが、見せしめになりにくい。
筆舌に尽くしがたい凄まじい轟音とともに、衝撃波が要塞を揺らした。閃光に奪われた視界が戻ると、粉塵に視界を奪われる。
大規模すぎる爆発に特有のキノコ雲。その根本で広がる円環状の粉塵に巻き込まれ、要塞では日光が遮られて夜のように暗くなっていた。
「……なるほど、人間をやめているようだ」
探知魔法に感あり。
予定通り、爆心地から遠い兵士は生存している。
だが、それとは別に――ほぼ爆心地にいながら生きている奴が居る。
「お前がカリス団長か」
飛行魔法で飛んでいって、近くで人相を確かめてみる。
だが、人相なんか分からないほどボコボコになっていた。手足はあらぬ方向に曲がり、頭部はスプーンみたいに潰れている。顔面陥没だ。たぶん元はそれなりに(それなり以上に?)イケメンだったんだろうな、という事がかろうじて分かる。
周囲の兵士だったものは、バラバラの肉片と化し、吹き飛ばされて血溜まりすら残っていない。誰のどの部分の肉なのか分からないものが、瓦礫すら残らず吹き飛んで更地になった地面に断片的にこびりついているだけだ。
「……k……m……」
なにか言ったようだ。口がわずかに動いた。
すごいな。この状態でまだ意識を保っているのか?
だが、何を言ったのか分からない。さすがにまともな発音はできないようだ。こんな状態で言いたいこと……恨み言だろう。俺なら、そうだな、たぶん「化け物め」と吐き捨てただろう。冗談じゃねーぞ、と。
カリス団長だったものは、この惨状で唯一原形を残して息絶えた。
……任務完了。
事務的に、どこか他人事のように、俺は冷静だった。飛行魔法で再び要塞に戻り、国境警備隊の隊長に状況を説明する。
「では、あとは頼みます」
国境警備隊の隊長に告げて、俺は王都へ向けて飛び立った。
爆発は、光と風の強さに反して、熱はそれほど高くないように調整した。白鯨騎士団は、大半が爆風にやられて砕け死んだものの、焼けて死んだ者はいない。
吹き飛ばされても生き延びた連中は、骨折や擦過傷などはあっても、火傷はひどくないので肺まで焼かれて呼吸ができずに死ぬなんて奴は居ないはずだ。すなわち、爆風から生き延びたなら、かなりの確率で助かる。もっとも、爆風から生き延びるのが難しいのだが。
ともかく、生き延びた連中には、共和国に報告しに戻ってもらわなくてはならない。その情報が伝わってこそ、見せしめの効果があるというものだ。
ゆえに、国境警備隊には、生き残りを追い散らすように頼んである。追撃はしても、掃討はしないように、あくまで生きて逃げ帰ってもらうように。
その代わり、この要塞を与えた。今回は俺の攻撃から身を守るために作ったが、次に共和国軍が来たときには、敵から身を守るために使えばいい。
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