第12話 星の魔女

「さらなる時間稼ぎをおこなう。

 ジャックのおかげで共和国の動きは鈍っただろうから、残る帝国と連邦の動きを鈍らせよう」


 国王陛下の号令に、国防大臣が応じる。


「帝国と連邦は隣同士。直接その国境を接しています。

 よって、王国への侵略軍もまた隣同士に位置しており、なおかつ王国の国土おなじパイを奪い合う関係です。よって、仮にここで『隣から攻撃された』と思い込ませたなら――あとは見ているだけで良いでしょう」


 足の引っ張り合いおたがいへのこうげきが始まるわけだ。

 いったん戦闘が始まってしまえば、決着がつくまで滅多なことでは中断されない。自分が中止したいと思っても、相手が中止してくれなければ一方的にやられてしまう。しかも大国同士なので、お互いに投入できる資源が大きい。場合によっては、王国への侵略よりも大規模にそっちのけで争い合うだろう。そうまでならなくても、時間稼ぎとしては非常に効果的なはずだ。


「意見具申よろしいでしょうか?」


 珍しく発言したのは、伝令部隊長だった。


「聞こう」


 陛下が許す。

 この場で物を言う許可を求めるということは、相応に利益のある内容だと期待できる。そうでなければ「何を愚かなことを言うのか」と信用を大きく落とすことになる。自分自身の信用をなくすメリットは、誰にもないだろう。詐欺師や逃亡者のように正体を隠そうとする者ですら、周囲に信用されることはメリットしかないのだから。


「ありがとうございます。

 もしかしたら、という程度の情報ですが、連邦の侵略軍に『星の魔女』が居るかもしれません。可能なら回収して、こちらに協力させるのがよいかと」


「星の魔女か……なるほど」


 陛下がうなずく。


「お父様、誰ですの? その星の魔女って」


 王女が尋ねた。

 俺も知らない。兄上や国防大臣も聞いたことがないという顔をしている。


「連邦の北東部にある属国の、宮廷魔術師の1人だ。

 星読みの魔法――要するに『占い』が得意で、驚異的な的中率を誇るらしい。魔法としての『星読み』は、単に夜空の星々を観察するための超長距離遠視魔法にすぎない。占いの腕前はまた別の分野のことになる。そんな人物が戦場にいても、はたしてどれほどの事ができるかは不明だが……」


「一道に達すればよろずに通じると言いますわ。

 得意なのが遠視魔法だとしても、その腕前が優れているなら他の魔法を使っても人並み以上だと思うべきですわね」


 国王陛下の言葉を、王后陛下が継いだ。

 たしかに、どの魔法を使うにしても魔力を操るというのは共通している。それは、どんな料理を作るにしても調理器具を使うのは共通しているという事に似ている。したがって、素人が得意な料理を作ったのと、一流料理人が苦手な料理を作ったのとを食べ比べれば、美味しいのは後者。魔法でも同じことだ。


「戦闘能力は不明だが、占い師としての腕前は確かだ。連邦の大王も、属国から召し上げようとしているらしい。もっとも、星の魔女が得意の占いでうまく逃げ回っているようだがな」


 連邦の元首は、大王を名乗っている。属国の元首たちが「王」なので差別化を図ったのだろう。属国でもない王国の陛下が同じ「王」なので、なんか王国が連邦に劣るみたいでいい迷惑である。


「おそらく思い入れがあるのだろう。土地か人物か分からぬが、属国から離れたくないという……だが今回の侵略で、その属国が最前線になっている。なればこそ、星の魔女も属国を守るために自ら戦場へ出てくる可能性がある。

 もし居れば、回収を努力目標としておこう」



 ◇



 というわけで、王都から西へ向かって国境へ。

 王国の西で、帝国(北)と連邦(南)が接している。


「まずは連邦から……どいつが星の魔女だ?」


 飛行魔法で上空から肉眼で観察。詳しく見たい場合は、遠視の魔法を使う。

 燃費が悪くて常人には使えない飛行魔法。足場のない上空。そんな所に居るわけがないという人の意識の死角。にもかかわらず――


「……うっそだろ……!?」


 ふと見たら、相手もこっちを見ていた。誰でも経験があるだろう。

 しかし、それを遠視の魔法で体験すると、正直ビビる。

 だが直感した。あいつが星の魔女か。軍師的な立ち位置なのだろうが、侵略軍の司令部にいるとは面倒な。これで連邦軍に攻撃しても、帝国軍の攻撃だと誤解させるのは不可能になった。


「……だが、帝国軍にそれを伝える方法はあるまい」


 あったとしても信じてもらえない。

 とりあえず星の魔女を回収してしまおう。飛行魔法で急降下して、さらって飛び去る。鳥が獲物をとる時と同じ方法だ。ただし、急降下には加速系の魔法も使う。遅延・気絶・その他の封印系魔法もばらまいて、星の魔女の抵抗を封じる。


「そーい!」


 一瞬で地上へ。そして一瞬で上空へ。

 捕獲成功。このまま連れ帰れば回収成功だ。


「王国のドラゴンスレイヤーですね?」


 気絶しなかったらしく、星の魔女がしゃべった。

 封印系の魔法にも抵抗しているらしい。だが落ちると死ぬので、おとなしい。飛行魔法は使えないようだ。


「すごいな。しゃべれるのか」


「ええ、すごいですね。妹から聞いていた話に誇張がなかったのは初めてです」


 星の魔女はクール系か。慌てたり怒ったりする様子がない。

 口では驚いたようなことを言っているが、表情は少しも変わっていない。ただし魔力の流れに少しだけ乱れがあった。魔力の乱れは制御の乱れ。制御の乱れは集中力の乱れだ。内心ではそれなりに驚いているらしい。


「妹?」


「冒険者ギルドの受付嬢といえば分かりますか?」


「あっ……!」


 そう言われてみると、顔がそっくりだ。

 その姉が連邦属国の宮廷魔術師? あの人、実はけっこう良家のお嬢様なのか?


「……あの人が誇張を?」


 ギルドでは、いつも正確な情報をくれる。


「仕事では話を盛れないからでしょう。その反動かと」


 なるほど。そういうこともあるか。

 1人で納得していると、星の魔女が再び口を開いた。


「このあと私をどうするつもりですか?」


「可能なら味方になってもらおうかと。

 故郷が大事なら、そのあたりには配慮するつもりもある」


「……配慮、ですか」


「具体的なことは言えない。俺は国政に口を出せる立場じゃないからな」


 星の魔女は、空を見上げた。

 何かを点検するように視線を動かし、それからしばし目を瞑る。


「……分かりました。そちらに協力しましょう」


 やけにあっさりだな。

 今のが占いか? 星読みの魔法は、単なる遠視魔法のはずだが……こんな昼間でも星が見えるのか? だとすると、とんでもない実力だ。


「助かる。

 ちなみに、何を見返りに求めるつもりだ?」


「私の故郷を守ることです。

 あそこは、星がよく見えます。霧や雲などに邪魔されず……私の星読みがよく当たるのは、故郷の星空があってこそ。

 だから故郷から離れた場所では、噂になるほどの星読みはできません」


「それで大王の誘いを断ってきたのか」


 彼女の故郷は、かなり標高が高いのだろう。雲より高い場所へ行くと、霧も出ない。まあ、通常より高い位置に出る雲もあって、絶対とは言えないが。


「はい。

 ですが、あなたにこうして抱えて飛んでもらえば、どこでも星空がよく見えそうです。故郷の代わりに、あなたを要求しましょうか」


「あー……雲の上まで飛べば、だな」


 空気が薄くなり、気温も下がるのだが、そのあたりは風の結界で解決できる。


「俺があんたに協力すると言えば、今すぐ王国に乗り換えても構わんわけだな」


「はい。ですから国王のところへ連れて行ってください。あなたを要求します」


 戦争が終われば、俺が「王の食客」として再び戦うこともないだろう。冒険者ギルドもAランクの仕事がそうそう舞い込むわけもなく――Aランクの仕事が頻発するということは、Aランクの敵が頻発するということで、人が生活できない危険地帯になっていることを意味する――代わりに星の魔女の助手を務めてやるのも、暇つぶしにはなるか。


「俺は構わんが、陛下次第だな」


 星の魔女の占いがよく当たるからといって、頼るつもりはない。陛下はそう言っていた。危険を察知する方法が増えるのは良いことだ、と。その程度に考えていると。だから陛下が星の魔女をどれだけ使うのかは、俺にはよくわからない。聞くだけ聞いてみようと毎回助言を求めるかもしれないし、年1回だけ今年の運勢を聞く感じになるのかもしれない。

 いずれにせよ、俺は陛下に忠誠を尽くすのみ。陛下が「やれ」と言うのなら、星の魔女を雲の上に運ぶぐらい、どうという事はない。


「冒険者ギルドを通して依頼するという方法もあるが」


 その場合、星の魔女は王国に協力する必要がなくなる。

 ただし冒険者ギルドを通した依頼は、受けるか受けないかを選ぶ権利が冒険者にある。俺から「王国に協力しないなら受けない」と言えば、星の魔女は王国に協力する必要が出てくるわけだ。


「そうですね。

 どちらにしても、私の故郷は今度の戦争でひどい事になるでしょう。戦場になるかもしれないし、そうでなくても戦費を賄うために重税を課されると思います。

 なので、いずれにしても今後はあなたに協力を求めることになるでしょう。妹の恋路を邪魔しないためにも、あなたには何か見返りを用意しておかなくてはなりませんね」


 星の魔女は国益になるが、受付嬢との関係は正直「ついで」だな。それで星の魔女が協力的になるなら無駄ではないが。


「星の魔女がくれる見返り? 占いとか?」


「不死王が相手でも勝てそうな算段をつけているでしょう? 自力で解決できる人に、占いはあまり意味がありませんね。

 天文学の知識とか、どうでしょう? たとえば『星々を飲み込む黒い穴』なんて、面白いと思いませんか? この大地を何個でも吸い込めるような穴が、夜空にあるのですよ。不思議だと思いませんか? どうやら極端に重くて自分自身を無限に押し潰しているようなのですが――」


 急にスイッチが入ったように、星の魔女はベラベラと喋り始めた。

 しまった、こいつオタクだ。推しの話になると止まらなくなるタイプか。こっちが興味ないとか関係なく話し続けるのだが、退屈を感じないほど圧がすごいので、正直「うわー……」という感想だ。ドン引きである。

 が、1つだけ分かった。占いがよく当たるから「星の魔女」なんて呼ばれているくせに、本人的には占いなんて「ついで」に過ぎず、専門は天文学らしい。

 なんてこった。要求される仕事と、オタクスイッチが近すぎる! これじゃあ雲の上へ連れて行くたびにドン引きトークを聞かされる羽目になりそうだ。うわー……。

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