第7話 反乱軍の集結を防げ

 伝令部隊長を回収して、プロパガンダや国王の話を「放送」した結果、呪詛の発症は抑制できるようになった。

 これで、今後とりもどした勢力圏を、呪詛によって取り戻し返される心配がなくなったわけだ。

 ようやく反撃の準備が整ったと言っていいだろう。


「ならば、次は国防大臣と神殿だな」


 どっちが先でもいいが……と国王陛下が言った。

 王女殿下や王后陛下も異論はないようだ。

 伝令部隊長を先に、と提案した母上も。


「お待ち下さい」


 と声を上げたのは兄上だ。


「先程、偵察部隊からの報告が。

 神殿に向かって、反乱軍の部隊が移動中とのこと。おそらく信仰心ゆえに呪詛の発症を免れているのでしょう。それで反乱軍の攻撃目標にされたかと」


「であれば、先に神殿だな。

 国防大臣の所在については、調査できているか?」


「まだ調査中です」


 呪詛の効果で民衆まで反乱軍に加担しており、移動や聞き込みにも苦労している、と兄上は言った。

 統率された部隊ではない民衆は、一部の慎重な人を除いて、簡単に噂を信じて行動してしまう。自分が聞いた情報は本当に正しいのか、確認する癖がついていない。

 そのため、呪詛の効果で「王国軍を怪しむべし」と思い込まされると、たちまち魔女狩りの様相を呈する。


「では引き続き頼む。

 さて、神殿のほうは、部隊長のように回収してしまえば保護できるというものではない。神官だけでもかなりの人数だし、神殿の建物自体が宗教的に重要だからな。迫っている反乱軍を叩き、次に再び狙われても大丈夫なように神殿の防御を固めねばならん」


「移動中の部隊が合流する前に、各個撃破してしまいましょう」


 防御については、神殿の人員を引き込めば……と、兄上。神殿の人員――つまり神官やその修行中の人達は、光魔法をつかえる。回復や防御の効果が豊富な魔法系統で、軍の後方支援に回ってもらえば継戦能力は格段に向上するだろう。


「陛下、ご報告が」


 本格的に作戦会議が始まる前に、俺は言っておくことにした。


「なんだ?」


「敵に不死王がいました。レヴナントを引き連れて」


「「不死王……!」」


 全員が戦慄する。ドラゴンに匹敵する強さ。ドラゴン以上の死ににくさ――というか元々死んでいる。身体能力はドラゴンに劣るが、魔法能力はドラゴンに勝るともいわれる。


「重要なことは、そんなのが伝令部隊長の誘拐を担当していたことです。

 あまりに役不足かと」


 不死王ほどの実力者が受け持つ役割として、誘拐は小さすぎる。


「……ふむ。油断ならぬ相手だな。

 ジャック、勝てるか?」


「今の状態では困難です。相手の方が、はるかに年季が入っていますから」


「ふむ……」


「単独でも強敵ですが、その不死王レベルの相手が他にもゴロゴロ居るかもしれないという点にご注意いただきたく……」


「他にも?」「ゴロゴロ居る?」


 全員から、ほとんど悲鳴のように聞かれてしまった。

 兄上の配下では、総力で挑んでも不死王に勝ち目はないだろう。唯一勝てるかもしれないのは俺だ。その俺が、勝つのは困難という現実。


「不死王を誘拐程度のことに使うのですから、そういう事でしょう」


「いや、他にも可能性はあろう」


 陛下が言った。

 全員が注目する。

 俺も注目した。


「敵がこちらの事情をよく把握しているという可能性だ。

 こちらにとって伝令部隊長がどれだけ重要か……それを承知で強力な護衛を配置したという可能性があるだろう。

 なにしろ、こちらもジャックを当てたのだからな」


「かもしれません。

 ですが、さらにもう1つ……不死王を使役しているのは、いったい何者でしょうか?」


 人質だの呪詛だので味方を増やしている反乱軍。その黒幕も然りだが、まともな連中ではない。そんな連中の価値観で、俺が陛下に従うように忠誠心とかで自分より弱い相手に従っているとは考えにくいのだ。

 かといって、不死王が首謀者とは考えられない。不死王とは、魔術師が寿命という制限を取り払って魔術の研究を続けるために自らなるものだ。そうでない場合が絶対にないとはいえないが、少なくとも俺が見聞きした伝承では、不死王とはそういう存在だ。研究者気質であり、野心家だとしても名誉欲であって、支配欲はない。


「うむ……それは考えておくべきかもしれぬな」


 しかし考える材料が足りない。情報不足だ。

 仕方ないので、今ある情報で判断するしかない。つまり、他に黒幕がいるが不死王は1体だけ。確認できているのがそれだけなのだから、あとは可能性として警戒しつつも、他には居ないものとして作戦を立てるしかない。居ると仮定して立てられる作戦などないのだから。

 その後、誰がどこの部隊を撃破するか話し合われた。



 ◇



 神殿へ向かっている反乱軍部隊を阻止する。

 俺が担当することになったのは、とある山岳部を移動中の部隊だ。

 隘路あいろ――細い道が多く、大部隊の移動に適さない。時間的余裕があれば事前に伏兵を置くこともできるが、今はそれも難しい。よって、機動力と攻撃力を兼ねた俺が担当することになった。


「はい、どーん」


 威力を抑えて必要十分なブレスを放つ。

 反乱軍の部隊は壊滅きぜつした。

 ――というのを、何回か繰り返した。隘路だからよかったが、平原だったら威力を調節する余裕はない。呪詛の影響で狂っているだけで、元は同じ国の仲間だ。できるだけ殺したくない。


「クリエイトゴーレム」


 ゴーレムを作る魔法で、中空のゴーレムを作る。つまり全身鎧みたいなゴーレムだ。気絶した連中を中に入れて運ぶことで、さらにもう1人抱えて運べる。馬車が走れないほど狭い場所でも、この方法なら割と効率的に運搬できるというわけだ。

 もし意識を取り戻して暴れても、そのまま拘束できる利点がある。また、今回は必要ないが、ゴーレムを改造すれば火災現場や毒に汚染された場所でも、それらの影響から中の人を守ることができる。


「それじゃあ、次行くか」


 ゴーレムに飛行魔法を使わせて、空輸する。

 ガーゴイルみたいに背中に翼を生やせば、燃費の悪さも多少は軽減できる。



 ◇



 周辺一帯の敵部隊を壊滅させ、そろそろ終わりだろうと思った頃、巨大な犬が現れた。


「ガルムがヘルハウンドを引き連れている……なんてこった」


 ガルムは冥府の番犬で、ヘルハウンドは地獄の猟犬だ。狙われたら逃げ切るのは不可能といわれるが、どちらも狙うのは死者。生きている者にとっては無害なはずの存在だ。

 ところが、その例外が存在する。ダンジョンに現れるガルムやヘルハウンドは、生きている相手にも襲いかかる。ダンジョンの中は死後の世界として扱われ、ゆえに生きている者でもダンジョン内にいれば死者と同様に襲われるという説が有力だ。その証拠として、ダンジョン内のアンデッドは外の同種より強い。またダンジョンの中で死んだものは、死体を残さず煙のように消えてしまう。確率でドロップアイテムが残るだけだ。

 ここはダンジョンの外。だがダンジョンの外にガルムやヘルハウンドが現れたという話は、知る限りだと過去に例がない。そもそもガルムにいたっては、ダンジョンのラスボスとして最奥に控えているようなやつだ。


「どうしてこんな所に……あれも反乱軍の一部なのか? 不死王が参加していたぐらいだし、ありえるのか……」


 むしろ偶然発生したまったく別の問題だと考えるほうが不自然だ。方法は不明だが、人為的なものと考えるべきだろう。

 もし不自然なほうの考えが正解だったら、遠からず反乱軍部隊に遭遇し、部隊が襲われかねない。それはそれで俺たちに有利だが、そう割り切れたものではない。呪詛の影響で狂っているだけで、もとは同じ国の仲間なのだ。

 もし反乱軍の一部として普通に合流しに行く途中なら、集結して規模が大きくなる前に各個撃破しておきたい。

 要するに、どっちでもやるべき事は変わらない。


「……とにかく、ここで倒すか」


 ドラゴンは地上最強の生物。しかし相手は冥府の番犬と地獄の猟犬。「地上」の生物ではない。しかも、逃げるのは不可能といわれる怪物だ。戦略的に、見逃すこともできない。決着まで戦うしかない。


「ブレス!」


 手加減なしの全力攻撃。しかも冥府の魔物に効果抜群の光属性。


「「グギャアアア!」」


 悲鳴を上げてのたうち回るガルムとヘルハウンド。狙い通り、大ダメージを与えたようだ。

 しかし、それだけで死んでくれるほど甘くはない。すぐさま俺の位置を嗅ぎ取り、押し寄せてくる。


「痛みに慣れるのが早いな……だが――」


 あの不死王ほど魔術巧者ではないが、強すぎるゆえにパワーでゴリ押しする戦法しか知らないドラゴンに比べれば、俺はまだいくらか技巧を使う。


「連発だ!」


 ブレスの。

 本物のドラゴンなら、そんなことはしない。負担が大きいから、ブレスの連発は諸刃の剣。

 しかし、俺が使うのはブレスを再現した魔法だ。ゆえに技巧が入り込む。負担を軽減する工夫も組み込んである。


「ギャオオオ!」


 ヘルハウンドが倒れ、その奥からガルムが飛び出してきた。ヘルハウンドを盾にして強引に突破してきたか。

 噛みつこうと口を開けて迫るガルムに、拳を突き出してやる。わざと噛ませて、急所を避ける。ドラゴン素材の手甲もあるので、ダメージは少ない。手甲は修理しないといけないが。


「うらああああ!」


 筋力強化の魔法を全力でかけて、力任せにガルムの口を開けさせ、そのまま引き裂く。

 最後はドラゴンらしく、パワーでゴリ押しだ。


「やれやれ……とんだスプラッターだ」


 不死王にも肉弾戦に持ち込めば勝てるだろうが、持ち込むのが難しいんだよな……。



 ◇



「おいおいおいおい! ちょっと余も飛んでみたいんだが!?」


 実家に戻ると、陛下が大興奮だった。


「では、神殿まで飛んでいきましょうか」


 捕虜の収容施設と呪詛対策を担当している兄上は留守番。配下が俺だけではちょっと格好がつかないので、あと10人ほど連れて行く。


「ぃやっほーう!」


 現役の近衛騎士である友人は、当然同行だ。

 空を飛ぶとか落ちたらどうするんだと怖がる友人をむりやり飛ばせると、むしろ陛下よりはしゃいでいた。



 ◇



「そうでしたか。

 それは危ないところを助けていただき、ありがとうございました」


 神殿の長、神官長と対談する。

 国王陛下が来ちゃったのだから、アポ無しでも断れない。しかも非常時だ。これで断ったら神官長のほうが非難される。


「それで、反乱軍への――というより、呪詛を撒き散らしている黒幕への対処に、協力してもらいたいのだが」


「もちろん、我々にできることがあれば、何なりと。

 恩返しはもちろんのこと、呪詛などという神に背くおこないは放置できませんからな」


 世界は神様に作られた。ゆえに、世界は神様の祝福に満ちている。何かを呪うということは、神様の祝福につばを吐くことになる。――というのが、神殿の考え方だ。

 一方で、政争や紛争には我関せず。そういうのは、道理を知らない不信心者の愚行であるから、ひたすら信仰を説くことで解決できるとしている。

 陛下が言い直したのは、そのあたりを心得ているからだ。


「では、ともに聖戦を始めましょう」

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