第6話 伝令部隊長、再び

 北部の伝令部隊長。あの男は、人質に取られていた息子を取り戻して以来、元通りの任務に戻っている。


「その彼、特殊な念話魔法で距離を無視して大勢にメッセージを届けることができるのでしょう? 陛下のお声を届けたりプロパガンダを叫んだりしてもらえば、再発症を抑制するのに効果的ではありませんか」


 プロパガンダは文官の仕事。武官を文官として使うなんて発想はなかった。使用人を指揮する立場であるがゆえ、そして軍事に極端に疎いがゆえの発想だ。さすが母上。この発想は、前者が条件に合わないので王女殿下には出てこず、後者が条件に合わないので王后陛下ですら出てこない。


「すごい! ランバー夫人は才女ですのね」


「ええ、ええ! その発想はありませんでしたわ!」


 フリーズから再起動した王后陛下たちに褒めちぎられ、母上が恐縮する。

 そして国王陛下の咳払いで静かになった。


「では、ジャックよ。北の伝令部隊長を連れてまいれ」


「ははっ!」



 ◇



 あの部隊長は、息子を人質に取られたことで反乱軍に腹を立てているはずだ。そして任務をしっかりこなす事が、反乱軍に報復する最良の方法だと承知しているはず。よって、呪詛の影響は受けないだろう。

 そう思って、まずは例の村まで飛行魔法で一気に移動した。相変わらずの焼け野原で、村はまだ再建されていないようだ。

 というか、再建する予定がないのかもしれない。二度と人質を取られたくないだろうから、守りを固めるために部隊と家族を1箇所に集めておこうと考える……かもしれない。それも道理だ。

 一方で、反乱軍も「あの隊長は人質を取れば従う」と学習している。再び狙おうとするのは、想像に難くない。


「……で、なるほど、こうなったか」


 伝令村から最寄りの街へ。

 そこに部隊長の家がある。彼の家族もそこ――のはずだった。

 しかし家を訪れると荒らされていて、明らかに襲撃されたのが分かる。捜査中の隊員たちが出入りしていたので聞くと、本人たちがいないそうだ。死体もないという。


「襲われたのは昨夜です。

 昨日は普通に仕事をしてましたから」


「なら、誘拐か。それじゃあ、まだそう遠くへ行ってないな。空から探してみよう」



 ◇



 飛行しながら探知魔法で一気に広範囲を調べていく。まずは接続している街道から。そして街道を外れた場所も。

 誘拐する相手を縛って馬車で運んでいくのが、よくあるパターンだ。しかし気絶や睡眠などで抵抗できない状態にして、荷物みたいに馬の背に乗せて運んでいることも考えられる。反乱軍だって2度目の誘拐となれば、警戒されていることは想定済みだろう。発覚してから捜索・追跡されるまでに時間を稼ぎたいはずだ。従って、徒歩や馬車ではなく、単騎で半日の距離を捜索エリアとしよう。

 今回の探知魔法は闇属性。影に触れたものを探知し、物質ではない対象を探知できる。今回はもちろん部隊長の魔力を探知する。部隊長の魔力は、前に襲ったときに覚えている。フィルタリングして一致する魔力を探せば……ほら、見つかった。


「移送中か。……また面倒くさい警戒態勢だな」


 雲より高い位置から見下ろし、肉眼で確認した。この高さならバレない。

 予想通り荷馬スタイルで輸送中――部隊長らをそれぞれ別の馬に乗せて走っている――なのだが、問題はその周囲に居る護衛だ。

 レヴナント。アンデッドの一種で、死体を核とする屍霊術で生み出された亡霊である。死体を焼き払ったり浄化したりしないと、何度倒しても復活する。なのでターンアンデッドの魔法も意味がない。

 ところが、その死体がどこにあるか分からない。探知魔法にも死体の反応はない。どこか別の場所に隠してあるのだろう。弱点だから当然だ。

 ならば術者を倒してしまえばいい――と思ったのだが、それも無理。なんと屍術師は不死王だった。アンデッドの最上位とされる魔物だ。その強さはドラゴンに匹敵する。ドラゴンは「地上最強の生物」と言われるが、不死王は「生物」ではない。

同格の存在。まともにぶつかれば、人質が巻き込まれて死ぬ。


「……どうしようかな……」


 同格の敵を相手に、人質を取られたまま、それを取り戻すために戦うのは、あまりにも分が悪い。単純に人質を盾にされたら手の施しようがない。格下相手なら圧倒的なステータス差で反応を許さずにかっさらう、なんて事もできるが。


「……あっ」


 ひらめいた。よし、そうしよう。

 今回は、部隊長を俺の実家へ連れて行くのが目的で、反乱軍に攻撃する必要はない。近衛騎士団に入る前も入った後も、そして辞めて冒険者になってからも、いつも俺は戦って勝ち取ることばかり考えてきた。でも今回は「奪う」のではなく「盗む」のでも構わない。

 敵と対峙して「戦わない」という選択をしたのは、近衛騎士団を辞めたあの時だけだったかもしれない。もっと自由に考えるべきだ。これは反省点だな。


「ディレイ。スロウ。ポーズ」


 遅延――原因が発生してから結果が発生するまでのタイムラグを大きくする。自分にかければ連続攻撃を同時攻撃に変えることができ、敵にかければ攻撃を受けてからダメージを受けるまでの時間にラグが生じる。そのラグの間に回避すればダメージを受けない。また、それ自体ディレイその対象ほかのまほうを隠す効果もある。

 低速化――動きをゆっくりにする。意識は遅くならないし、パワーも弱くならない。頭のいい相手に使うと、詰将棋みたいにやられて負けることがある。

 一時停止――時間を止める。解除後、停止していた動きは停止前の続きをおこなう。結果だけ見ればディレイと同じだが、原理が異なる。抵抗するには個別に対応しなければならない。

 これらの魔法を、不死王の周囲の空間にかける。


「ディレイ。プロテクト。レジスト。ストップ」


 遅延、物理防御、魔法抵抗――説明は要らないだろう。

 時間停止――時間を止める。解除後、停止前の動きは無かったことになる。

 ポーズとストップの違いは、たとえば飛んでいる矢に掛けたらその場で止まるのは同じ。解除後、飛んでいた方向にそのまま飛んでいくのがポーズ、その場に落下するのがストップ。ポーズはディレイと同じ結果になるが、ストップはプロテクトやレジストで完全に遮断できた場合と同じになる。なお、結果は同じでも原理が違うので、解除するときは個別に対応が必要となる。

 これらの魔法を、部隊長とその家族にかける。


「クイック。ヘイスト。フラッシュ。アクセル」


 敏捷強化、速度上昇、高速化、超加速。

 ぶっちゃけ、どれも「速くなる」というのは同じ。違うのは――原理も違うが、効果も微妙に違う。

 クイック――神経伝達速度を高め、反応を早くする。思考も速くなる。何かに反応して動き出すまでの時間が短くなるだけで、動作そのものがスピードアップするわけではない。

 ヘイスト――空気抵抗を減らし、かつ追い風を発生させる。すべての動作が、後ろから押されるように加速する。十分に防御力が高くないと、動いた瞬間に後ろから殴られたような衝撃を受けて、ダメージが入る。

 フラッシュ――閃光と同化する。光の速度で動ける。ただし、あまりにも速すぎるため、動いている間のことを認識できない。認識速度を高める別の魔法を同時使用しないと、まともに動けない。目視できる場所へ瞬間移動みたいに移動するなら、これ単体でもそこそこ使える。調子に乗って使っていると、うっかり宇宙へ飛び出してしまう。

 アクセル――時間を加速する。動きも思考も、何もかも加速する。受けた衝撃が分散する速度も加速するため、防御力も上がる。この魔法を使っている間、弓矢は役に立たない。相対的に弓矢がものすごくゆっくりになるからだ。投擲なら多少マシだが、空気抵抗であっという間に減速する。実質的に役立つ戦闘方法は、接近戦だけになる。

 これらの魔法を、俺自身にかける。


「いざッ……!」


 突撃。

 上空から一気に接近して、部隊長とその家族をかっさらう。超超高速で飛来し、そのままのスピードでひっつかんで飛び去ったので、部隊長らには凄まじい重圧がかかった。砲弾に直撃されたようなものだ。

 しかし、掛けておいた魔法が「遅延」の効果切れと同時にいっぺんに発動し、加わるはずの重圧は遮断された。


「むっ……!?」


 かっさらう直前、不死王がこっちに気づく。

 常時展開している防御系の魔法に追加で魔力を流し込み、その範囲を拡大。人質を防御魔法の中に取り込むことで、手出しできないようにする構えだ。魔術師が反射的におこなう防御動作としては一般的である。

 だが、拡大するはずの防御魔法は、俺が不死王の周囲の空間にかけていた魔法によって阻止された。遅れ、遅くなり、停止する。即座に不死王が対抗魔法と解除魔法を展開して、それらの効果を打ち消すが、そのときには既に俺ははるか遠くへ飛び去っていた。


「……おのれ……やってくれたな」


 不死王がつぶやく。


 その頃、俺は飛びながらやれやれと胸をなでおろしていた。

 実力が拮抗しているからこそ、一瞬の遅れが致命的な結果に結びついた。鮮やかにやってのけたように見えても、実際はギリギリだった。不死王がもう少し早くこっちに気づいていたら、失敗しただろう。

 この方法、最初に伝令部隊長を回収するときに思いついていたら、あのときの任務は楽に成功して、今回のいい予行練習になっただろうに。まあ、思いつかなかったのだから仕方ない。そして、そこが問題だ。


「あれが反乱軍に加担している以上、いつか対決しなきゃならんのだろうな……」


 気が重い。

 ドラゴンの血肉を平らげて強くなったとはいえ、それは単にステータスが強化されたというだけのこと。有り余る魔力をどう使うか――覚えている魔法の数、同じ魔法を使ったときの威力や速度、戦闘経験の差――何もかも負けているだろう。

 正面から戦っても勝てる気はしない。だがいずれ正面から打ち破る必要が出てくるだろう。なんせ敵同士だ。やれやれ、どうしたものか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る