第5話 伯爵邸の会合

 王城を脱出した国王夫妻と王女は、友人の護衛でランバー伯爵領まで逃げ延びた。

 出迎えたのは兄だ。


「よくご無事で……! 父から念話で状況は聞いております」


「うむ。ランバー伯爵は無事か?」


 戦死した可能性は大。しかし捕虜になっている可能性もある。

 訓練と装備によって高い魔法耐性をもつ近衛騎士団ですら、どうやら呪詛にやられた様子だった。国内の貴族はほぼすべて敵に回ったと見てよい。そんな中、変わらず忠誠を尽くしてくれる味方は、1人でも多いほうがいい。

 しかし、そんな国王の願いは、兄の返事で打ち砕かれた。


「は。無事に陛下への忠誠を全うしたようでございます」


 悲嘆に暮れる様子は微塵もなく。

 この兄もまた忠誠の塊であった。


「……見事な忠誠であった。

 今なお余らの命があるのは、ランバー伯爵らの忠誠のたまものである」


 絞り出すように言う。

 国王のほうが悲嘆に暮れている様子だ。

 王妃と王女ですら悲しげな顔をする中、肉親たる兄だけが誇らしげに微笑する。


「ありがたき幸せにございます。そのお言葉で、父は目標を達しました」


「ランバー伯爵の目標とな……? それは……?」


「父は常々『次男のように陛下に忠誠を認められて気絶するのが目標だ』と申しておりました。それほどに忠誠を尽くせれば本望だと。

 父からの最後の念話も『もうすぐジャックに追いつけるぞ』と、それはもう楽しそうな様子でした」


「そうか。まことに惜しい男たちをなくしたものだ」


 兄と会話していながら、国王は常に「ランバー伯爵」と言う。

 そして兄の口から語られるランバー伯爵の思想。

 友人は、己の父親も同様であろうと強く確信した。


「身に余る光栄であります。

 しかし陛下、失ったものばかり数えてはおられませぬ。すでに準備は進めているところでございますが、反撃を考えねばなりません。

 弟には、父から念話で伝えたとのこと。東部貴族の調査が終わり次第、ここへ戻ってまいりましょう。詳しい調査結果はそのときに弟からご報告を。しかし、どうやら反乱軍は東部貴族に対して呪詛を仕掛けているようです。それによって東部貴族を従わせていると」


「呪詛……なるほど。あの異様な光景は、そのためか」



 ◇



 減速。同時に高度も下げつつ、防風・防音の結界を解除。

 飛行魔法で実家へ。まもなく到着する。

 この飛行魔法、燃費は悪いが移動速度は素晴らしい。何も遮るものがない空を行くので、魔力のゴリ押しで速度を上げ放題である。……が、風切り音のやかましい事といったら。結界がなければ耳がどうかなってしまう。


「ジャック、戻ったか」


「兄上。お元気そうで。

 陛下は?」


「客間におわす。

 国政に手を出せないから、久しぶりに休暇だと笑っておられた」


「ご壮健そうで何よりです」


 では行こう、と兄上の案内で客間へ向かう。

 実家に帰ってきて兄上に案内してもらうというのは、なんとも奇妙な気分だ。しかしここに陛下がご逗留くださっているのだから、仮の王城として扱い、宮廷の作法でもって振る舞わねばならない。


 客間に入って陛下に再会すると、たしかにお元気そうだった。城を追われ、国を失いかけている今、ストレスでやつれてもおかしくないのだが、我らが旗頭は壮健で何よりだ。

 挨拶もそこそこに、さっそく東部貴族たちを調べた結果を報告する。


「呪詛を受けているとの事だったが?」


「はい。しかも見たことのないタイプです。

 まるで流行病のように、人から人へ感染していくのが確認できました。ある程度の時間、ある程度の距離に近づいて過ごすのが感染条件のようですが、感染しても発症するかどうかはまた別のようでして……まるで流行病です」


「なるほど。それで周囲が一斉に寝返ったわけだな。

 そして、そんな中でもそなたらのように正気を保つ者もいる、と」


 つまり、正気を保っている俺たちも、すでに感染している。

 ただ発症していないだけだ。


「国中に蔓延してしまって、もはや感染を食い止めることはできません。

 したがって問題は、発症しないで済む方法です」


「うむ。分かったのか?」


「はい。ですが……」


「なんだ?」


「口で説明するのに、どう申し上げたものか……なんというか、心の強い者は発症しない、と……端的に申し上げると、そのような。

 たとえば私が発症しないのは……自分で言うのも何ですが、おそらく陛下への忠誠ゆえでしょう。父も兄も、そしてこの友人もその父君も同じです。

 陛下ご自身が発症しないのは、陛下が王国の指導者として確固たる信念、あるいは決意や覚悟をお持ちでいらっしゃるからかと」


「ふむ……」


 反乱軍に包囲されても、俺を頼らず、たとえ負けても国民の気骨と尊厳プライドを保つ道を選んだ。陛下が発症しないのは、その精神性ゆえだ。

 だから我欲にまみれた近衛騎士たちや貴族たちは発症した。

 そうなると気になるのは――


「陛下。国防大臣はどうなりましたか?」


「む? そうだな……どうなったのか……?」


「脱出するときは一緒にいませんでしたわ」


「あなた。国防大臣なら北部貴族の立て直しを始めると言って、一旦領地に戻りましたわ。反乱軍への対処もあるから、すぐに戻るつもりだと……状況把握と指示出しだけ済ませて戻るつもりでは?」


 国王陛下が記憶を探るように首を傾げると、王女殿下と王后陛下がハッキリと覚えていた。

 妻のことを「奥様」とか「家内」という。夫が来客に対応し、あるいは家の外に出て働くことが多いのに対して、妻は台所など「家の奥のほうにある部屋」を仕事場として、家の中のことを処理する役割をもつことが多い。ゆえに「奥」とか「家内」という。

 これは王族や貴族でも同様で(ただし規模はまったく違うが)、使用人に指示を出すのは妻の役割だ。その使用人が、掃除や料理をしたり、夫の政務の手伝いをしたりする。

 ゆえに、国王陛下も判断能力こそ優れるが、現状の細かな情報は忘れていることがあり、王后陛下がそのサポートをする。そういう文化だし、それが自然だという共通認識・社会通念があるので、そうでないと変な噂が立つ。

 つまり、国王陛下が何もかも覚えていて、いつも王后陛下に確認しないで物事を進めると、その様子を見た者らは国王夫妻が不仲なのではないかと噂するのだ。なので、覚えていてもわざと確認することもあるらしい。


「陛下は、東西の貴族が寝返って慌てる国防大臣に訓示をお与えになり、大臣はたいそう感じ入った様子でした。

 あれから国防大臣が発症していないのであれば、陛下の訓示はこの呪詛に対する特効薬になるかと」


「ふむ……しかし、既に発症してしまった者に対しても効果があるのだろうか?

 それに、大臣が余の話でなにか目が覚めるような思いをしたのなら、それは余の話ゆえではなく、大臣の気質ゆえだ。

 とはいえ、防ぎようのない呪いを受けたからといって、その発症者をいちいち処罰するのは、実務的に無理だし、心情的にも『罪』を精算することにならない。そもそも『罪』がないに等しいのだからな」


 どうだ? と言わんばかりの顔で陛下が俺を見る。

 王妃殿下と王后陛下も、解決策はあるのかと問いたげだ。

 兄上と友人が不安そうな顔で俺を見ている。


「心の持ちようで抵抗できる事から分かる通り、呪詛そのものは弱く、感染力に特化していると言っていいでしょう。発症者を呪詛の効果から解放するには、呪詛を取り除くのが手っ取り早く、それも強めの魔力で押し流すようにすれば簡単にできます。

 ただし、取り除くとその後再び感染することが確認できました。再発症するまでに抵抗できる心理状態を作らねばなりませんので、万人向けの方法とはいえません。

 そこで、大本の術者を討伐するのがよろしいかと思います。敵も警戒を厳重にしているでしょうから、これも簡単ではありませんが、不特定多数に向けられた弱い呪詛は、呪詛に必要な『念』が薄く、術者が死亡しても死後強まるリスクはありません」


 呪詛は念によって強まる。

 愛情や情熱によって対象を守ることもあるが、それは「祝福」と呼ばれ、呪詛とは区別される。原理的には呪詛なので、学問や技術としては「呪詛の属性が異なる」というだけの話だ。

 で、祝福とは区別される「呪詛」の場合、その効果の源になる念は、怒りや恨みである。だがこの怒りと恨みとは、似て非なるもの。時間とともに薄れるのが怒りで、時間とともに強まるのが恨み。もちろん人の心理は明確に区別できるものではなく、グラデーションの様相を呈する。

 気をつけるべきは恨みの呪詛。特定の対象だけに強い効果を与える。しかも時間とともに強まる特徴があり、術者を殺すとよけいに強くなって、対象が無差別になったり、効果が強くなりすぎるなど、暴走状態になることも多い。

 だが、今回の呪詛――爆発的な感染や弱い効果は、怒りの特徴だ。怒りの呪詛には、時間がたつと薄まる特徴がある。何もしなくても霧散することがあるほどで、術者を殺せば消失するのは間違いない。


「つまり、反乱軍を制圧し、その後ろにいる黒幕を倒せばよいという事だな」


「御意」


「陛下」


 俺と陛下の話が終わると、友人が声を上げた。


「なんだ?」


「連中は『帝国万歳』と叫んでいました。黒幕は帝国なのでしょうか?」


「その可能性は高いと思っている。

 だが、これほどの事件を起こす相手だ。帝国に濡れ衣を着せて、国際的に非難を浴びないようにしつつ、帝国との戦争が始まればその隙をついて侵略という算段かもしれぬ。

 慎重に見極めねば、な」


「であれば、陛下。まずは国防大臣と外務大臣を取り戻す、という事でよろしいでしょうか?」


 兄上が言った。

 国中が敵だらけで、こちらの手勢は限られている。しかも、兵士たちも感染しているので、劣勢になって不安を感じたら発症するかもしれない。

 ここから先、常に「安定した勝利」が要求される。そのためには、いきなり王城へ攻め込むのは駄目だ。局所的にこっちが有利な状態を選んで、あるいは作って、勝ち続けるしかない。


「うむ。おおまかな方針として、まず国防大臣と神殿を確保したい。

 その後に取り戻した味方を、国防大臣を旗頭とする実務と、神殿を旗頭とする信仰心によって、再発症を防ぐ狙いだ。

 外務大臣も、国内を平定するまでには取り戻したい。その後は帝国に質問状を送り、その返答次第で対応を考える」


「お父様。帝国が関与を否定した場合は、どうしますの? また犯人探しですわよね?」


「そうね。呪詛についてより詳しく調べるためにも、宮廷魔術師たちを取り戻すのがよろしいのではなくて?」


 王妃殿下と王后陛下が言った。

 俺と兄上と友人も、思いつく限りの「優先的に取り戻す候補」を挙げる。

 が、そこへ母上がやってきた。


「いっぺんには無理です。

 まず伝令部隊の隊長を確保しましょう」


 伝令の……?

 全員が首を傾げた。たしかに情報伝達の手段は必要だが、それは勢力圏が広がってから必要になるもので、最優先ではないはずだ。

 しかし母上は、怪訝な顔をする俺たちに向かって、にっこりと笑った。


「そうすれば、残りはいっぺんに片付きます」

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