第3話 Dランク(前編)
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ」
受付嬢が営業スマイルを浮かべて定型文で挨拶する。
俺は冒険者ギルドにやってきた。
「登録したい」
あえて粗野に言う。
これが冒険者の流儀だ。単に教養がなくて敬語を使えないというのもあるが、戦闘中でもできるだけ短時間に意思の疎通を図るため、敬語やその他の装飾的な表現を排除する。多少言い回しに違いはあるが、軍隊でも同様である。それが戦闘職の知恵なのだ。それともう1つ、後ろ盾のない冒険者稼業では「ナメられないために威嚇的な態度をとる」というチンピラみたいな護身術というか処世術というか、そういうのが自然発生する。
「登録ですね。
それでは登録審査を受けていただきます。
審査項目は、索敵能力・逃げ足・戦闘能力の3種類で、戦闘能力の審査は職業ごとに内容が変わります。どの職業の審査を受けますか?」
実際の場面で、実際に実行できるかどうかはまた別の問題になる――油断して怠るとかテンパって実行できないとかは、よくある話だ――が、そもそも実行するだけの能力を有していなければ話にならない。この試験は、その段階の話になる。
登録審査に「逃げ足」の項目があるのは、冒険者ならでは。軍隊と違って敵前逃亡が処罰対象にならない。冒険者は生活のために戦うわけだし、生きて戻るほうが情報を得られる。
それから、冒険者の世界で「職業」というのは、軍隊でいう「兵科」のことだ。たとえば戦士は武器術、魔術師は攻撃魔法や攻撃能力を強化する魔法、僧侶は回復魔法や防御面を強化する魔法を得意とする。だから審査も、職業ごとに内容が違ってくる。
「魔法剣士で受けたい」
「では、少々お待ち下さい」
受付嬢が奥の部屋に引っ込み、すぐにいかついおっさんと一緒に戻ってきた。
「俺が審査員を務める。
それじゃあ、行くぞ。ついてこい」
◇
向かった先は、街の外。
街を囲む防壁から少し離れ、見晴らしのいい平原にやってきた。
「ここらでいいだろう。爆発系の魔法とか使っても大丈夫だぞ。
んじゃ、まずは索敵能力の測定からだな。
冒険者は命あっての物種だが、逃げ足が速くても、敵の接近に気づかなきゃ、逃げる前にやられちまう。分かるな?
てことで、この周囲にどんな危険があるか、気づく限り言ってみろ」
「3時の方向、距離200m、ホーンラビット3体。
10時の方向、距離50m、地面に罠3つ。
6時の方向、距離10m、人間1人。
12時の方向、距離300m、人間1人」
「おお……」
後ろから感嘆の声が聞こえ、不可視化の魔法を解除して、ナイフを持った男が現れた。気づかなければ、喉元にナイフを突きつけてから姿を現し、教訓を与える予定だったのだろう。ナイフは抜身で持っているくせに、敵意は感じない。
前方300mの伏兵も同様だ。敵意は感じないが、視線は感じる。おそらく弓矢でこっちを狙っている。そもそも命中させる気はないのだろうが、審査員が盾になる位置にいて、万一の事故も防ぐ形だ。
「すごいな。最低でもBランク相当だ。
よし、次は逃げ足だ。そっちのナイフ持ってる奴と、あっちで弓矢を持ってる奴が攻撃する。その攻撃から、終了の合図まで逃げ回ってもらう。審査員を制圧しようとか、盾や防御魔法でしのごうとか、そういうのは禁止だ。あくまで逃げ足の審査だからな」
「分かった。
防御が通用しないような強い魔物に追われている想定という事だな?」
「その通り。
だから終了までどのぐらいの時間なのかは教えない。魔物だって『あと3分追いかけたら諦める』とか教えてくれないからな。そういうことだ」
では開始、と審査員が告げる。
ナイフ男が駆け出し、迫ってくる。意外とゆっくりしたペースだ。普通の人が普通に走る速さは時速20kmほど。しかし、その半分ほどの速さで迫ってくる。
これは困った……。
俺が逃げると、矢が飛んできた。先端に布が巻かれ、当たっても刺さらないようになっているが、今回は命中したら致命傷の判定になる。
正直こっちはどうでもいいな。
100kmをどれだけ早く走れるか競う「100kmマラソン」や、24時間でどれだけの距離を走れるか競う「24時間走」という競技がある。トップレベルの選手だと6時間ちょっとで100km走り、24時間で300km近く走る。なので単純計算で、時速12~16kmだ。まさに今ナイフ男が追ってくる速度と同じぐらいである。
ナイフ男は、ナイフ1本持っているだけで、あとは布の服しか着ていない。対して俺は、このあと戦闘能力の審査もあるから完全武装だ。支給品の板金鎧は返したが、自前で用意していた剣と、新たに革鎧やすね当てなどを購入し装備している。身軽さにおいて、圧倒的に不利である。
これもまた洗礼なのだろう。戦って勝つことばかり考える者に対する警告だ。防具なしでナイフ1本というのは、制圧禁止のルールに守られた極端な例だが、ガチガチに固めた装備では身軽に逃げられないというのは、なるほど的確な警告だ。
ただし――
「終了! そこまでだ!」
審査員が終了を告げたのは4時間後。ナイフ男は疲れ切って地面に倒れ込んでいた。フルマラソンを走りきったランナーみたいな有様だ。
対する俺は、汗をかき、呼吸も乱れているものの、まだ戦えるほど余力がある。なぜなら、近衛騎士団の訓練メニューに「完全武装50km強行軍」というのがあった。板金鎧を装備したまま、剣・槍・弓矢を持って、食料、着替え、ポーションなどの入った背嚢を背負ったまま、50km走るというものだ。それに比べれば、革鎧と剣だけで走る4時間は、だいぶ負担が軽い。
「1時間の休憩を挟んで、戦闘審査に移る」
「分かった」
答えて水だけ飲んでおく。
腹は減ったが、食事はしない。血液が胃に集まって、頭がぼーっとするからだ。戦闘審査を眠気と戦いながら受けるわけにはいかない。
地面に座ったりもしない。周囲を警戒しながらの休憩だ。王城警備の任務と同様に、移動しないで立ちっぱなし。これも慣れている。
「……まずは合格だな」
30分ほどしたところで、審査員が言った。
俺が射撃手のほうを一瞥すると、審査員がうなずく。
周囲への警戒を怠って休憩するようなら、矢が飛んできていたのだろう。審査員はあくまで審査をするために居るのであって、俺を守ってくれる義理はない。つまり、たまたま居合わせただけの別パーティーだと思えばいい。油断して魔物に奇襲されるようなら、油断する奴が悪いということだ。
「では、そろそろ始めようか」
さらに30分後、審査員が審査の再開を告げた。
「魔法剣士の審査でよかったな?」
「そうだ」
魔法剣士は、その名の通り魔法と剣術を組み合わせて使う。
だが人によって、どんな魔法を使うかが異なり、その戦い方も違う。
たとえば遠距離では攻撃魔法、近距離では剣術と使い分けるのも魔法剣士。
剣に魔法を付与して、燃える剣とか凍る剣とかを振り回すのも魔法剣士。
支援魔法で自分にバフをかけて剣術で戦うのも魔法剣士。
回復魔法でダメージを消しながら戦うのも魔法剣士。
「どんなタイプだ?」
「全部使う」
答えて剣を抜く。
同時に、自分に複数のバフをかけ、剣に電撃魔法を付与し、周囲に攻撃魔法をいくつか展開して発射寸前の待機状態を維持する。
「……えげつないな。なんて種類と量だ。持続回復のバフまで使うのか」
嫌そうな顔をして、審査員が剣を抜く。
開始の合図と同時に、俺は踏み込んだ。まっすぐ喉元へ剣を伸ばす。試験官がその剣をいなして切り返す。頸動脈――サイドステップと同時に剣を半回転させて防御。そのまま審査員の剣を投げ飛ばすように流して袈裟斬りに。審査員がバックステップで躱す。俺は半身を入れ替えて追いすがりつつ、切り上げる。燕返しだ。しかし審査員が俺とほぼ同じ動きで、俺の剣を横薙ぎに弾く。初めてのヒット。その瞬間、剣に付与していた電撃魔法が閃光を放って審査員を襲った。
「ぐあっ!?」
審査員が悲鳴をあげて怯む。
追って剣を突きつければ俺の勝ち。あるいは待機状態の攻撃魔法を放つのでもいい。しかし俺はそれ以上追わず、距離をとって構え直した。
その動きで、直後に襲ってきたナイフと矢を躱す。バックステップで躱した形だ。
「バカほど強いな……それで手加減してるとか、何なんだ、お前?
たった1人で、Bランク
手加減がバレたか。まあ、仕方のないことだ。
確実に相手を仕留めるための技術というものがある。そういうのは殺意マシマシすぎて、審査だの捕縛だのという場面では使えない。そしてその中には、パッシブスキルもあるのだ。しかもそれは魔法的なものではなく、単に肉体的な技法である。そんな、通常攻撃の性質を殺意マシマシに変化させる技術――これをオフにするには、わざと力を抜くしかない。となれば、ある程度の実力者を相手にすれば、手加減しているのがバレるのは仕方ない。
「逆に言えば、Aランクよりも隙がない。
こんな万能な奴、見たことねぇ」
ナイフ男が初めて喋った。
「だな。
合格だ。とりあえずBランク……あー、ダメだ。Cランク以上は実績が要るんだった。Dランクからのスタートだな」
聞けばCランク以上で護衛の仕事が入ってくるらしい。
そのために必要な条件として、貨物を輸送している途中で戦闘になった経験があること、魔物を討伐した経験があること、盗賊を殺害した経験があること、というのが求められる。
つまり、戦闘になっても護衛対象を守ることを忘れずに動けるか、魔物にビビって逃げ出したりしないか、殺人に忌避感をもって殺せないなんて事にならないか、といった事を心配されるわけだ。
「まあ、さっさと昇格してもらうさ。
それ用の依頼を優先的に回せばいいだろ」
「そうだな。そうするか」
審査員とナイフ男が、俺を無視して話を進める。
「昇格するのは歓迎だが、俺の意向を聞かずに決められるのは気に入らんな」
一言釘を刺しておく。
実家に上位貴族や王族とパイプを作るために、俺は冒険者を選んだのだ。ギルドの言いなりになるつもりはない。
「優秀な人材を遊ばせておく余裕はないんだ。
特にAランクに手が届くやつは、本当に少ないからな。
もちろん自由を謳う冒険者ギルドが、冒険者に仕事を強要することはない」
冒険者は仕事を受けるも受けないも自由。それは公式に冒険者ギルドが謳っていることだが、そんなのは建前だ。客がいなければ成り立たない商売だし、ギルドの建物がある土地の領主とはどうしても関係が深くなる。
秩序の守護者たるべき近衛騎士団で、団長が横領を画策していた時点でお察しだ。組織が掲げる理想と、それを司る現場の人間の実態とは、乖離するものだ。
「そっちの事情は分かった。
だが俺にも目的がある。意に沿わないことを要求されるなら、いつでも冒険者を辞めるぞ」
同じ理由で近衛騎士団も辞めたからな。
俺は本気だ。そのときは、また別の道を探せばいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます