第2話 近衛騎士団(後編)

「やめる? そうか、ずっと団長の仕事を押し付けられてたもんな」


 近衛騎士団の宿舎。

 俺は同期の友人に、やめる旨を報告した。

 驚く、惜しむ、引き止める……そんな反応を予想していたが、意外にも納得されてしまった。誰か俺の頑張りを見てくれ、と少しは思っていたが、本当に見てくれていたんだと思うと、少し嬉しくなる。


「それだけなら我慢したが、横領の片棒まで担がされちゃたまらんからな」


 肩をすくめて俺は言う。

 団長の悪事を暴露すると、友人は驚いた様子だったが――


「横領……そこまでやるか。

 いや、さもありなん、かもな」


 ――すぐに納得した。

 この反応は、俺にとって意外も意外、まったく予想していなかった事だった。


「というと?」


「お前に仕事を押し付けて、団長がどこへ出かけてたと思う?」


 聞かれて俺は考えたが……ちょっと思い当たらなかった。

 団員の誰かがミスをして、その尻拭いに……は、俺がやっていたし。

 団員や王城で働くメイドなどの人員から何か意見や情報があれば、それをとりまとめ、確認し、必要な手続きを……というのも、俺がやっていたし。

 団長が自分でやっていた仕事というと、王族や大臣職以上の大貴族の対応ぐらいか。だが、それだって毎日のようにあるわけじゃない。週に1回も連絡すれば、頻繁すぎて相手がイラつくはずだ。


「……知らんが。

 別の仕事……誰かのフォローとかじゃないのか?」


 近衛騎士団の訓練は厳しい。戦闘訓練では怪我をする前提で訓練するのだ。実戦では、ちょっと怪我をしたからといって相手が手を止めて治療を待ってくれるわけがない。近衛騎士団の戦闘訓練は実戦さながらで、致命傷の一歩手前まで血まみれになって戦い続ける。

 そうやって出た怪我人は、王族のために王城に待機している神官が、回復魔法の腕が鈍らないように練習台として治療する。

 しかし、死ぬ寸前の重傷をも治す強力な回復魔法でも、失った血液までは戻らない。傷が治ったのに貧血で仕事にならない、という事が割とよくあるので、訓練後の仕事に欠員が出て誰かが代替要員として出るというのは珍しくない。

 ……だが、友人から返ってきた答えは、呆れるものだった。


「愛人のところだ」


「マジか」


 それ以上の言葉が出てこない。

 自分の仕事を丸投げして、まさか遊んでいたとは。


「噂だけどな。あっちこっちの一人暮らしの女の家へ出入りしているらしい。警邏の連中が見たってよ」


「やってらんねー……。

 もっと早く辞めればよかった」


 愛人がいるのが悪いわけではない。魔物や盗賊団に襲われたり、天候不順で食糧難になったり……とにかく天寿を全うする前の死亡率が高い。その多くは、お金があれば解決できた問題によって死ぬ。だから裕福な者が側室だの愛人だのを多く抱えることは、むしろ推奨される。養う余裕のある者が養う――富裕層が愛人を囲うのはつまり、孤児院を運営するのと同種の慈善事業なのだ。

 だが、その費用を横領でひねり出そうとは、呆れた話だ。無理な人数の愛人を抱えなければ、横領する必要もないだろう。


「いやいや、知っていてもそれが辞める決定打にはなるまい?

 団長が何をしていようが、お前は仕事をこなしたんじゃないか?」


「それは……まあ、そうかもな」


 団長が個人でサボっていても、それで俺に累が及ぶことはない。せいぜい団長が白い目で見られるだけだ。団長の仕事は俺がやっているのだから、近衛騎士団としては、機能不全にならない。正常に仕事ができている。

 となれば、団長のサボりを知っていても――


「なら、どっちにしても今が辞めるタイミングだったわけだ」


「うむ……」


 何も言えないでいると、友人は肩をすくめて話を打ち切った。

 そして話題を変えてくる。


「それで、これからどうするんだ?」


「実家に戻って相談するよ。たぶん冒険者になると思うが」


「そうか。まあ、元気でな」


「ああ。そっちもな」


 別れの挨拶を済ませ、俺は宿舎を出ていった。

 そして友人に言った通り、実家へ向かう。



 ◇



「近衛騎士団を辞めてきた!?」


 名誉ある近衛騎士団を辞めた。

 その報告に、家族はひどく驚いていた。なぜなら名誉を得ることこそ、全貴族の生きる目的だからだ。


「王国と陛下への忠誠心に従って、かつ、また、ランバー伯爵家の名誉を守るためにも、そうするのが最善だったと自負しています」


 堂々と宣言する俺に、まず父上が神妙な顔をした。

 母上と兄上は、わけが分からないという顔をしている。


「どういう事だ? 何があった?」


 俺は近衛騎士団であった事を話した。

 かくかくしかじか……と話していくうちに、家族の反応は納得と義憤に染まっていった。


「よくやった、ジャック。お前の忠誠心は本物だ」


「ジャック。よくぞ我が家の名誉を守ってくれました。そのような不正行為に関与したとなれば、我が家の名誉は地に落ち、泥にまみれていたでしょう」


「それにしても公爵家たる団長がそのような……なんと嘆かわしい!」


 父上と母上が俺を褒め、兄上が怒りを口にした。

 そうだそうだ、と両親が兄上の怒りに同調すれば、それに比べて我が弟は、と兄上が俺を褒める。

 ひとしきり言い合ったところで、また父上が神妙な顔をした。


「……さて、ジャック。お前の判断は正しいが、お前自身の役割を忘れてはおるまいな? これからどうするつもりだ?」


「もちろんです、父上。

 俺の役目は、長男たる兄上の補佐をすることと、兄上に万が一のことがあった場合に代替要員として務めること。

 兄上は元気なので、俺は補佐としてランバー伯爵家と有力貴族とのパイプを作るのが主たる役割になります。近衛騎士団に入ったのは、上位貴族の息子たちとのパイプを作るため。そして、あわよくば王家とのつながりを強めるためです」


「うむ」


「では近衛騎士団に残留していれば、上位貴族とのパイプを作れるのかというと、答えは否でしょう。同格や格下の騎士はともかく、格上の騎士からは『お前ごときが自分たちを差し置いて団長の代理を務めるとは生意気な』という目で見られていました。あのまま続けていても、反感を買うばかりでパイプは作れません。

 王族からの覚えがめでたくなる可能性も低いようでした。近衛騎士たちは、それぞれ得意な分野で優れた実力を発揮しており、俺のように一通り何でもこなすのは器用貧乏に見られてパッとしませんでした。力が及ばず、申し訳ありません。

 ただ……それらの問題がもし上手くいっていたとしても、団長があれでは我が家にとって近衛騎士団に残留するメリットは少ないかと。今回の件でも、王族の評判を落とすリスクを考えれば、団長は表立って処罰されないでしょう。事実上の黙認になり、団長は味をしめて増長……騎士たちは正常なやる気を失い、腐るのが目に見えています」


「さもありなん。ゆえに退団したわけだな。それで、お前の今後は?」


「冒険者になろうと思っています」


「冒険者? なぜだ?」


 父上は意外そうに尋ねた。

 冒険者は、ひとくくりに見れば平民の仕事だ。中には貴族も居るが、大半が平民である。冒険者になっても貴族の地位を捨てることにはならないが、貴族のくせに平民の仕事をしている、と少し下に見られる風潮がある。つまり父上からすれば、一見わざわざ立場を悪くするように見えるのだ。


「騎士としての訓練を積んできたことを思えば、その能力を活用するために何らかの戦闘職業になるのがいいでしょう。すなわち、騎士か傭兵か冒険者か、という事になります」


「うむ」


「まず排除したのは、傭兵になる道です。

 今この国は平和で、傭兵の居場所はありません。かといって他国へ渡れば、有力貴族や王族とのパイプを作ることは叶いません」


 ほしいのは国内での地位。

 そのために、国内の有力貴族とのパイプがほしいのだ。

 他国へ渡って、そこで現地貴族とのパイプを得ても、国内での発言力がなければ国としての態度を変えさせることができず、我が家の手柄や名誉につながらない。契約をとる権利がない営業職みたいなものだ。


「であるな」


「次に騎士になる道ですが、どこの騎士団に入るかという話になります。

 今、我が家にとって、そのような方法で繋がりを強めたい相手はいますか?」


「今はそこまで急ぐ相手はおらんな。

 できるだけ上位の相手と……とは思うが、ゆえに近衛騎士団へ入らせたわけだし」


「であれば、順当に行っていずれかの公爵の騎士団に入るのがよろしいかと思いますが、公爵家はいずれも自分が王位を得たいと考えている……表立って対立することはなくとも、根っこのところでは王族本家との関係があまりよろしくありません。我が家は、建前でも派閥でも王族本家に忠誠を誓う身ですので、いずれの公爵の騎士団に入るのもマズかろうと思うのです」


「うむ……パワーバランス的にやや難しいことになるな。

 我が家が公爵の派閥に入ったと思われかねん。……というか、対外的にはそういう扱いになってしまう」


 息子がどこの騎士団に入るかという問題は、政略結婚と同類なのだ。

 すでに述べた通り、貴族は名誉のために生きている。それが派閥を鞍替えするということは、忠誠を誓う相手を替えるということ。二君に仕えるのは不忠者とされ、貴族の恥だ。

 もっとも実際には家柄や領地を守るために裏切ることも珍しくはないのだが、我が家はそのあたり「堅物」と言って差し支えない。建前通りの清廉潔白を貫いてきているのだ。いつかその事が、王家から「揺るぎない忠誠」と評価されるはずだ。


「ですので、残る道は冒険者だけです。

 冒険者ギルドは国家とも距離を取っている中立組織であるため、冒険者もまた政治的なパワーバランスからは基本的に中立の立場です。しかし同時に、上位の冒険者には特定の王侯貴族と個人的なつながりの強い者もいると聞きます。

 うまく立ち回れば、近衛騎士団でやるはずだったパイプ作り、冒険者でも可能かと」


 俺が話し終えると、家族はそろって考え込んだ。

 だが難しい顔はしていない。俺が話した展望に見落としはないか、俺の今後の身の振り方に別の方法はないか……そういった事を考えているのだろう。

 そして、しばらく考えた家族は、ほぼ同時に俺を見た。


「いいだろう。やってみなさい」


「いつでも帰ってきなさい。我が家の騎士団に入るという手もあるわ」


「頑張れよ」


 どうやら問題なしと判断されたようだ。


「ありがとうございます」


 こうして俺は、冒険者になることが決まった。

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