近衛騎士団をやめても国王陛下に忠誠を

@usagi_racer

前編

第1話 近衛騎士団(前編)

 近衛騎士団の宿舎、その食堂に集まった騎士たちが、順に自己紹介していく。

 今日から入団した新人たちだ。俺もその1人。……おっと、順番が回ってきたようだ。


「ジョン・ランバー伯爵の次男、ジャック・ランバーであります。

 本日から、よろしくお願いいたします」


 自己紹介で家柄を述べるのは、単なる情報提供であって、別に自慢ではない。近衛騎士団は貴族のみで構成されるため、家格が上の相手に対して、そうとは知らずにタメ口で話すなんて事をすると、周囲から白い目で見られ、家の評判を落とすことになる。それを防ぐための気遣いだ。

 近衛騎士団が貴族のみで構成される理由は、王城警備や王族の護衛を任務とするため、スパイやテロ目的で入団されては困るからだ。先祖代々仕えてきた貴族なら信用できるだろう、というわけである。


「これで全員だな。よろしい。君たちは今日から、栄えある近衛騎士団の一員だ。

 我々の任務は極めて重要であり、戦闘での敗北はもちろん、礼節での失敗も許されない。任務は重責あるもの、そのための訓練も当然に過酷なものであるべきと心得よ。諸君の忠義に期待する。以上だ」


 団長が述べて、乾杯の合図を出す。

 その日は懇親会ということで、そのまま飲み食い歓談の場となった。

 そして翌日からの訓練は、団長の宣言通り、非常に過酷なものだった。領地では父が抱える騎士団の一員として、厳しい訓練をこなし、魔物や盗賊団を相手にした実戦も経験してきた。だが、そんなものは序の口だったのだと、近衛騎士団の訓練を受けて痛感することになった。


 それから半年ほどで実戦にも出るようになった。

 初任務は、王族が公務で地方へ行く間の護衛だった。視察か慰問か何かだろうが、それは俺の知ったことじゃない。重要なことは、治安が悪いということだ。王侯貴族が外出すれば、必ずと言っていいほど襲われる。犯人の目的は身代金だが、その要求額がえげつない。生き延びるために支払って破産した貴族がいるほどだ。


「やれやれ、やっと帰り着きましたね」


 宿舎を見て俺は安堵したが、終わった気になるのは早かった。


「すぐに報告書を作成しろ。起きた事実を過不足なく書けばいいだけだ。書けたらもってこい。見てやる」


「イエッサー……」


 というわけで、それからすぐに報告書を書いた。疲れてんのに……もう。

 ま、仕事なんだからしょうがない。割り切っていこう。


「できました。確認お願いします」


「よし、どれ……うむ。完全ではないが、なかなかいい出来だ。戦闘ではパッとしなかったが、書類仕事は得意なようだな」


「実家でもやっていましたので」


「なんだ、そうか。じゃあ一通り何でもできるように教育されたのか」


「その通りです」


「そりゃ残念だったな」


「はい?」


「人間の時間は有限だ。だから努力できる量にも限界がある。

 大事なことは、どこを伸ばすかだ。まんべんなく一通り……そういうのを器用貧乏ってんだ。一流になりたければ、得意分野に集中して努力することだな」


「それは、仰る通りですね」


 しかし一通り何でもできる奴がいると、欠員が出たときに代替要員になれるので非常に助かる。それに指揮をとる立場になったとき、現場を知っていると、できる事とできない事の区別がつく。現場を知らない指揮官だと、部下の能力に対して過小な仕事や、過大な仕事を要求して、使えるはずの労力を無駄にしたり、無理をさせて失敗される事が多い。

 もっとも、今団長が言っているのは、代替要員として便利だとか指揮能力を養うだとかの話ではなく、1人の騎士としての能力だ。いくら「便利なやつ」でも「優秀なやつ」でなければ評価は低いぞ、という話である。


「分かればよろしい。

 どうやらお前は他のやつより書類仕事に優れている。戦うことが騎士の本分だが、書類仕事も避けては通れぬもの……こっち方面の能力を磨くのもいいだろう。というわけで、今後も書類はお前に任せよう。

 しかし、まだ完璧ではない。近衛騎士団に入って正式な報告書はこれが初めてだから、咎めるには値しないが今後は注意するように。今回の報告書では、少々抜けがあるようだ」


「抜け、ですか?」


「誰がどんな攻撃をして、何人倒したか……この点は正確だ。

 補助魔法や回復魔法を使った者、その影響も、よく分かる報告書だ」


「ありがとうございます」


「そこまで書けているのに、なぜ私が指揮を執った影響が書かれていないのだ?」


 団長がじっと俺の目を見る。顔は笑っているのに、目が笑っていない。

 ……ああ……そういう。

 実際のところ、団長の指揮は「応戦しろ」の一言だけだった。どこへ攻撃しろとか、どこを警戒しろとか、その後の指示は何もない。騎士たちは各自の判断で目前の敵に攻撃した。

 指揮が何もなかったから書くこともないのだが、団長は要するに「優れた指揮をとった」ように偽装しろと言っているわけだ。部下の頑張りを自分の成果としてかすめ取ろうなんてセコい奴め……とは思うが、ここで反発しても俺にメリットはない。


「そうですね……では、このあたりに『団長の指揮のもとで』と書き足したらよろしいでしょうか?」


 報告書の文面の一部を指して確認する。

 団長は満足げにうなずいた。


「よろしい。では再提出しなさい」


「イエッサ」


 今は我慢の時だ。俺は報告書を書き直した。



 ◇



 団長は「今後も書類仕事はお前に任せる」と言った。

 その言葉通り、翌日から団長はいろいろな書類を俺にやらせるようになった。もちろん訓練や任務は他の同期たちと同じ量を課せられる。そこに書類仕事がどんどん追加されるので、当然ながら残業になる。


「団長、さすがに仕事量が多すぎると思うのですが」


 やんわりと抗議してみた。


「だろうな。けど、団長なんてそんなもんだ。

 お前、将来は近衛騎士団の団長になりたくないか?」


「それは……無理なのでは?」


 なりたくない、とは言い切れない。俺にだって野心はある。

 だが近衛騎士団の団長は、代々公爵の家から選ばれる。伯爵家の次男である俺が団長になんかなったら、団員同士の政治的パワーバランスが崩れてしまう。


「まあ、公式には……な。

 しかし実務を任されれば、それは事実上の団長だろう? 何なら団長が交代してもお前が実権を握れるぞ?」


 確かに、なにか問題が起きて団長がクビになる事はある。

 実権だけ握って公式な団長にならずにいれば、公式な団長を人身御供にして実権を握り続けることができるわけだ。黒幕……そんな言葉が似合う立場である。甘い汁は吸えるだろう。だが、そんなのが忠誠心に則しているのだろうか? あるべき姿から歪めてしまっているように思うが……。


「魅力的なお話ですが……」


 心配なこともある。公式な団長が実務を知らないで就任することになりかねない。公爵の家の人が、伯爵の次男なんぞに仕事を教わるというのは、プライドを傷つけるだろう。真摯に教わろうとする人より、「雑務はお前がやっておけ」と押し付けて好き勝手に威張り散らす人のほうが多そうだ。

 しかし、躊躇する俺に畳み掛けるように団長が言う。


「だろう? だから今のうちにお前を鍛えてやろうというんだ。

 まだ任せてない仕事もある。今任せている分ぐらい、さっさと処理できるようになってくれ。じゃ、そういうことで」


 話は終わりだ、と立ち去る団長。

 俺はその後も書類仕事に追われる日々を過ごすことになった。


 それからさらに半年が過ぎた頃、俺は団長の仕事を全部押し付けられていた。

 つまり団長はまったく仕事をしていない状態である。訓練や警備はサボるわ、出撃任務は「戦え」しか言わないわ、書類仕事は丸投げするわ……。


「ハンコはデスクの引き出しにあるから適当に押しといてくれ」


 そんなことを言って連日出かけていく団長。

 流石におかしい。俺に団長の仕事を教えるためにやらせるというのはまだ分かるが、確認せずにハンコまで押させるのは明らかにやりすぎだ。

 そう思っていたのだが、それから間もなく、さらにとんでもない指示が飛び出した。


「この書類、金額を2割ずつ上げておけ」


「はい?」


 消耗品の補充や装備の修理にかかる費用――その水増しをせよ、という指示だった。

 俺は最初、何を言われているのか分からなかった。だが少し遅れて理解が追いつくと、さすがにそれは駄目だと言わざるを得なかった。


「横領しようと?」


「お前にも分けてやるよ。悪い話じゃないだろ?」


「悪い話ですね。国のお金を騙し取ろうという話でしょう?

 王国と陛下に忠誠を捧げるはずの騎士が、そんなこと冗談でも言ってはいけないと思いますが? 本気なら王国と陛下への裏切りだし、冗談でも騎士への侮辱です」


 団長の仕事を押し付けられるのはまだいい。団長がやるべき事だとしても、騎士団としては「正常な職務」の範囲内だ。

 しかし横領はダメ。それは「正常な職務」ではない。誰がやってもダメなやつだ。


「おい、気をつけて物を言え。伯爵ごときが公爵に逆らっていいと思ってるのか?」


「そうですね。公爵ですよね。

 それがどうして、この程度の金額を横領しようと? お金なら実家にいくらでもあるでしょう?」


「それなりの地位にいる者は、それなりの物を使わねばならんのだ」


「要するに『小遣いが足りない』と?」


 公爵だぞ、と偉ぶってみせても、団長自身が公爵なのではない。公爵なのは団長の父親だ。つまり団長が自由にできる実家のお金は、親や祖父母がくれる小遣いだけだ。あとは騎士団の給料しかない。


「手元不如意と言わんか。格式高く」


 バカバカしい。どう飾って述べたところで、実態は変わらない。要するに、残金を把握せずに無駄に高いものを買い漁って、赤字になるのが確定したというだけのこと。自分個人の財政管理もできないバカです、と自白している。


「……近衛騎士団を退職します」


 こんな団長の下で近衛騎士団に残っても、メリットがない。仕事を押し付けられるばかりで、手柄は掠め取られ……団長が交代するまで何十年もこんな状態が続くと思うと、ぶっちゃけやってらんねー。

 俺は即座にやめる決意をした。

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