第4話 Dランク(中編)

「こちらが冒険者証です」


 受け取った。

 シンプルなネックレス――いや、ペンダントか。しらんけど。

 トップには金属の板。名前・性別・生年月日・所属ギルド・ランクが刻印されている。軍隊の認識票とよく似ているが、認識票なら板は2枚ある(1枚は報告のために回収し、1枚は誰の死体なのか分かるように残しておく)のに対して、冒険者証は1枚。死体は回収しないということだ。

 それと所属ギルドが刻印されているので、他のギルド(商人ギルドとか職人ギルドとか)でも共通の会員証を使っているのだろう。


「昇格を急いでいただくために、こちらからお願いする依頼を優先的に受けていただきたいと思います。

 Cランクへの昇格の条件は、十分な実力が認められる上で、『貨物輸送の途中で戦闘になり、輸送を優先して無事に完了すること』『魔物を討伐すること』『盗賊など人間を討伐すること』の3つです」


 Cランクからは護衛依頼が入ってくるので、そのための準備だという。

 受付嬢いわく、敵を無駄に追いかけることのないように、護衛対象を優先する経験をしておく必要があるらしい。いかにも討伐できそうな状況だと、多くの冒険者は欲をかいて追いかけてしまう。生活のために働く冒険者には、治安のために働く兵士や騎士よりもこの傾向が強い。倒した魔物の死体は売れるからだ。放置された護衛対象はもちろん怒る。冒険者ギルドの評判に関わるので、頻発すれば他の冒険者たちの収入をも圧迫する危険がある。それを抑制するための措置だ。

 魔物や人間の討伐実績が必要なのは、いざというときにビビって動けないような事になると困るからだ。敵の前で動けないでいると、護衛対象も冒険者自身も危ない。だが、いざそういう場面になると、恐怖心や道徳心から動けない者も多い。


「条件は3つだが、運が良ければ1回で全部クリアできるな」


 貨物輸送の途中で魔物と盗賊団に襲われ、一部を討伐して追い払い、追撃せずに輸送を完了すればいい。

 逆に言えば、貨物輸送の最中に戦闘にならない限り、いつまでもクリアできないわけだが。中にはそんな運の悪い奴もいるのだろう。


「たまにそういう人もいますね。

 普通は、実力を証明するために実績を積む途中で自然とクリアするものですが」


 受付嬢に言われて、そういえば、と思い出す。普通は昇格するために「ふさわしい実力がある」と認められなくてはならず、そのために何度も仕事をこなす。つまり実績を積む。

 この点、俺はすでに実力を認められているから、仕事をこなして実力を認めてもらう必要がないわけだ。


「それで、条件をクリアするための仕事というのは?」


「こちらです」


 受付嬢が依頼書をカウンターに置いた。

 その依頼書は、とある魔道具工房からの配達依頼だった。受注した商品を作ったが、次の仕事があって配達する暇がないので、代わりに配達してほしいというものだ。まずは配達する品を受け取るために、指定の場所まで来てほしいと書いてある。


「魔道具工房? しかもこの所在地……エリン・ゲシュタルトか?」


「そうです」


「やっぱり……」


「ご存知ですか?」


「ご存知も何も……有名人だろ?」


 ドワーフの女職人で、高い実力を認められて「親方」の称号を与えられた人物だ。ゲシュタルトというのは、いわゆる苗字(一族の名前)ではなく、親方としての名前(芸名みたいなもの)だ。

 普通は親方といったら弟子になりたがるドワーフや人間が押し寄せるので、弟子を抱えてたくさんの仕事をこなす。工房ももちろん大きくなる。

 しかしエリンの工房は小規模で、弟子入り志願はすべてお断り。大量注文は受け付けていない。いつもワンオフの魔道具しか作らないのだ。なのに(なので、というべきか?)予約が数ヶ月先まで埋まっているという。さもあろう。エリンの工房に注文が通るということは、エリン親方が手ずから作ってくれるということだ。その品質たるや弟子に任せる他の工房とは比較にならない。

 近衛騎士団でも、エリンの工房で作られた魔道具を持つことは、一種のステータスになっていた。


「弟子を取らない変わり者で、職人としてはマイナーかと……」


 受付嬢はちょっと戸惑いながら答えた。

 冒険者の間では、そういう認識なのか? それとも一般的にそうで、近衛騎士団だけが特別なのか? 高級店という認識だったが……変わり者でマイナーとは、ひどい言われようだ。たしかに魔道具工房が高級路線というのは、他では聞かない。普通と違う=変わり者、客が少ない=マイナーと認識されることもあるか。


「……とにかく引き受けよう」


 いつかエリンに頼みたい魔道具がある。

 ここでパイブを作り、印象を良くしておけば、なんらかのプラスに働くだろう。



 ◇



 エリン・ゲシュタルトの魔道具工房にやってきた。


「ごめんください」


 冒険者でも依頼人には礼儀正しく。

 依頼人にナメられて困るようなことはないので、チンピラみたいに威勢を張る必要もない。もしも冒険者ギルドが存在しなければ、依頼人にナメられて報酬を踏み倒される事もあるだろうが、冒険者ギルドが先払い制で依頼を受けるので、そういった心配はない。

 それでも、もしも金を払っているからと調子に乗るような依頼人がいれば、ちょっと行儀をつけてやるのもいいだろう。


「はい。どちらさんで?」


 少女が現れた。

 体格も小柄で、顔つきも幼く見える。まるで子供だ。しかし、着ているツナギや手袋が「一人前の職人」であることを告げていた。汚れ方やくたびれ具合だ。子供が遊んで汚したのとは全く違う。職人が仕事して汚れたものだ。


「Dランク冒険者のジャック・ランバーと申します。

 こちらの工房が出した配達の依頼を受けて参りました。

 あなたがエリン・ゲシュタルト親方で間違いないでしょうか?」


 丁寧に一礼して自己紹介と用向きを告げると、少女はきょとんとした。

 それから、満足そうに笑みを浮かべた。


「あたしを子ども扱いしない奴は久しぶりだよ。

 しかも貴族かい? 貴族では初だね。

 どうしてあたしがエリン・ゲシュタルトだと?」


 表情も口ぶりも、子供のものではない。

 やはり、この少女がエリン本人か。


「服と手袋の汚れやくたびれ具合ですね。

 道具は嘘をつきません。どう使われたのか正確に教えてくれます」


「道具か……いいね。

 あんたの剣も、相当なくたびれ具合だよ。まさに道具は嘘をつかない。その通りだね」


 うんうん、と納得した様子でうなずくエリン。

 そして、親しい友人に向けるような柔らかい笑みを浮かべた。


「ジャックだったね? 魔道具のことで困ったら、あたしに言いな。

 製作つくる・分解バラす・改造かえる……なんでもござれだ」


 予想以上に気に入られたようだ。

 それなら、この機会に頼んでしまおう。


「それなら早速ですが作ってほしいものがあります。

 詳細はこれに」


 いつかエリンに頼もうと思って書いておいたメモ書きを渡した。


「用意がいいね。気持ちが良いよ。

 ここへ来てからああでもないこうでもないとグダグダ言い続ける奴には『決めてから来い』と追い返したくなるが、こうしてくれりゃ助かるってもんだ」


 さもありなん。作るのが仕事なのに、仕様が決まらないのでは作れない。

 近衛騎士団でも、子供の王族を護衛していると、急に走り出してどっか行っちゃうので困ったものだった。守られる立場である、という仕様が決まっていないから、どう振る舞うべきか分かっていないのだ。


「中身はあとで確認していただくとして、先に配達の仕事を済ませてしまいましょう。何をどこへ届ければいいですか?」


「それもそうだ。

 いいね。自分の都合より仕事が優先。その職人的な気質イズム、嫌いじゃないよ。

 配達を頼みたいのは、これだ。届け先はランバー伯爵……あれ? あんたもランバーだっけ?」


「ええ。これは俺の実家ですね」


 他にランバーを名乗っている貴族はいない。

 なんでも我が家の先祖は木こりだったらしい。ランバーの意味は「丸太」だ。今の王城を建てるときに献上した丸太が高品質で、褒美として貴族に取り立てられ、これからも良質な丸太を生産するようにと言われたそうだ。今でもランバー伯爵領では林業が盛んである。


「貴族だとは思ったけど、伯爵様だったのかい。

 冒険者なんてやってるのは、せいぜい貧乏男爵ぐらいだと思ってたよ」


 家計が火の車で、出稼ぎ的に冒険者をやる男爵の息子……よくある話だ。


「伯爵の息子です。俺に爵位はありませんよ」


 習慣的に、事実上は伯爵の一家はみんな伯爵として扱われるが、厳密にいうと制度上は爵位は個人に与えられる称号だ。勲章をもらった人はすごい人だが、その子供や妻までが勲章をもらったかのように威張るのは違う。爵位でも同じことだ。


「長男じゃないだろ?」


「次男です」


「……近衛騎士団の?」


「辞めました。俺をご存知で?」


「そりゃ、住んでる所の領主一家ぐらいは、ね。

 なるほど、それで分かったよ。用意がいいはずだ。近衛騎士団じゃあ、どういうわけかあたしが人気らしいじゃないか。世間じゃ『ろくに仕事を引き受けない変わり者』なんて思われてるのにね」


「単に他の工房では作れないからです。

 俺も近衛騎士団にいた頃には、王都の工房に掛け合いましたよ。実家こっちへ戻ってくるより近いので。……でも、無理だ、作れない、って断られました」


 単純に出力の問題だ。

 近衛騎士たちは強い。魔道具を戦闘の手段に組み込むなら、その魔道具に要求される出力も相当なものになる。出力の高い魔道具には、強い魔力を流し込む必要がある。並大抵の魔道具では回路が焼き切れて壊れてしまう。


「……何を作らせる気だい?」


 エリンは受け取ったメモ書きに視線を落とした。

 ちょっと緊張するエリン。だが問題ない。何も難しい事はないのだ。いつも通りに作ってくれればいいだけ。特別なことは要求していない。

 こちらの要求が特別なのではなく、エリンが作る魔道具が特別なのだ。だから他の工房では断られる。そして、みんな同じことを言う。


「二言目には口を揃えて言われましたよ。

 もし作れる奴がいるとしたら、エリン・ゲシュタルトだけだろう」


 ピタリ――。

 エリンの動きが止まる。

 そのまま1秒……2秒……3秒たち、エリンが深い溜め息をつく。


「……くそ。うれし厄介な客だね。あたしの説得の仕方を心得てやがる。

 面倒なやつに見込まれちまったもんだよ。しかも、あたしとしたことが、この面倒なやつを気に入っちまってる。

 ああ、分かったよ。やるよ。やってみせるさ。任せとけってんだ。

 その代わり、出来上がったら配達はしないから、自分で取りに来な。このところ、配達すると盗まれることが多いからね。あんたに頼む配達も、気をつけな」


「盗まれる……?」


 盗まれるとは珍しい。

 盗賊なら「奪われる」というのが正しいだろう。強盗だから。力ずくで押し入って奪うだけ。特別な技能は必要ない。食い詰めた人が盗賊行為を働くとしたら、まずこっちだ。

 しかし「盗まれる」ということは、強盗ではなく窃盗。見つからないように盗むというのは、それはそれで特殊な技能が必要なものだ。ワンオフの魔道具なんか盗んでも売る先に困るだろうに、犯人はどういうつもりだろうか……?


「わかりました。対策しておきます」

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