第5話 Dランク(後編)
魔道具工房からランバー伯爵家へ。つまり実家に帰る。ワンオフの魔道具なんか注文してたのか、と今初めて知って、興味が湧いた。灯りとか水道とかの魔道具ではないはずだ。そういうのは他の量産が得意な工房に頼むだろう。
が、実家宛の荷物とはいえ、勝手に開封するわけにはいかない。まあ、父上にでも聞いてみよう。
「それでは、いってきます」
とにかく出発だ。
工房を出て少し歩くと、突然チャリンチャリンと金属音が聞こえた。
見ると、テイマーらしき中年女が魔物を引き連れて地面に散らばったお金を拾っている。その周囲で、通行人たちが親切に拾ってやるべく動き出した。
俺もそこに加わろうかと思ったが、直後に考えを改めた。
なぜなら、テイマーが連れている魔物の一部が、こっそり動くのを見たからだ。親切に拾ってくれている人たちの荷物を狙って、魔物がスリのような真似をしている。
「おい、コラ」
すぐさま魔物の1体をひねり上げる。
やめたとはいえ、元近衛騎士団。治安維持の血が騒ぐ。ましてや領主の膝下で、その息子たる俺の前で。見逃すのは無理だ。
周囲の視線が集まった。魔物の手には財布が。
「あっ、それ私の!」
親切な通行人の1人が声を上げる。
そして何人かは、ハッとして自分の荷物を確かめ、無い無いと声を上げ始める。
次の瞬間、テイマーに視線が集まった。
その時テイマーはすでに逃げる準備をしていた。大型犬に似た魔物に乗って、すぐさま走り出す。
が――
バチバチッ!
テイマーが電撃を浴びて、ビクンと体を震わせ、落馬(落犬?)する。
その懐からポロッと落ちたのは、俺が配達するはずの荷物だった。
「……なんて奴だ」
俺が魔物をひねり上げている間に、その隙をついたのか。善悪を抜きにして考えると、素直に感心してしまう。たいした腕前だ。
しかも、麻痺していながら、テイマーは魔物を操り、逃走する。鳥の魔物が飛来して、テイマーを掴んで飛び去った。
「まあ、とにかく、対策しておいたのが役に立ったな」
ひねり上げていた魔物は殺処分して、俺は荷物を拾った。俺から10m以上離れると電撃を放つ。そのように設定しておいたのが役立った。他にもいくつか仕掛けてあるが。
ともかく――魔物は基本的に討伐対象だ。テイマーの管理下にある場合には、テイマーの責任において街に入ることを許可されるが、犯罪行為があればその許可も取り消しになる。
ましてテイマー自身が主導していたようだから、あのテイマーが連れている魔物は今すでに許可されている分も、今後ふつうなら許可される分も、すべて許可を取り消されることになる。
テイマーにとっては武器を失うに等しい。街に入れない魔物は、テイマーが街に入っている間、街の外で待つことになる。テイマーが近くにいないのであれば、野生の魔物として討伐される。
なんで犯行に及んだのか、理解に苦しむばかりだ。いつまでもバレないとでも思っていたのだろうか?
◇
実家へ向かう途中、俺は視線を感じて立ち止まった。しかも敵意のある視線だ。
こちらが気づいたことに気づいて、視線の主が姿を現す。
「お前は……」
さっきのテイマーだった。
しかも今度は連れている魔物がすべて変更されている。鳥や昆虫タイプの索敵や隠密行動に向いた魔物はいなくなり、熊や大猿など正面から戦うための魔物が揃っていた。
「お前のせいだ! お前のせいで……!」
半分くらい聞き取れないほどギャーギャーわめきながら、テイマーが魔物をけしかけてきた。
「私は魔物の餌代で大変なのに! 私たち冒険者のおかげで物流が成り立ってるんだから、少しぐらい餌代を助けてくれたっていいじゃないの! ちょっともらってあげたぐらいで騒ぎ立てやがって!」
魔物の攻撃をかわし、いなし、防ぎながら、テイマーのわめく内容を聞いていると、どうやら俺が悪事を暴いたせいで損をしたのが気に入らないということらしい。
「お前さえいなければ! 私はもっと活躍できたんだ!」
「呆れた……盗人猛々しいにも程がある」
悪事を働くことを悪いと思っていない口ぶりだ。とにかく自分に不利益が生じるのが気に入らない、利益になるなら何をしてもいいという理論が見て取れる。しかも「もらってあげた」と謎の上から目線。理解不能すぎる。
ここまで理解不能だと、その逆も考えられる。つまり相手もまた、普通の常識的な観念を理解できないのだろう、と。ならばどうするか?
「むんっ!」
防戦一方から一転して、俺は攻撃に出た。
メインで攻撃してきていた熊と大猿の魔物を、一呼吸で切り伏せる。
「なっ……!?」
テイマーがたじろぐ。
不利益が嫌だという割に、一般的な倫理観に逆らうことが不利益になるとは理解できないのだから不思議なものだ。後から不利益を受けるのが理解できないのであれば、シンプルに今すぐ不利益を見せつけてやればいい。死だ。命あるものすべてに共通する、言語も思考回路も関係ないシンプルな不利益。
「邪魔だから殺す。君がそうするなら、俺もそうするだけだ。文句はないよな? 君がやっていることだ。
ちょうどよかったよ。人間を殺すノルマがあったんだ。魔物はどうにでもなるだろうが、わざわざ盗賊団を探すのは手間だからな」
処罰すれば改心するような見込みはない。そういう思考回路をさんざん喚き散らしたのだから。
これで改心するとしたら、再教育というより洗脳になるだろう。そんなのは無理だし、できるとしても担当する人がいない。かといって無期懲役にしたのでは費用がかさむばかり。
だから王国法では、この手の犯人――つまり反省した態度が全くない相手や、再犯をやらかした者は、犯した罪の重さに関わらず、すべて死刑と決まっている。この法律はずっと昔から存在していて、制定した当時の国王の言葉が今も語り継がれている。
間違いを犯すのが罪なのではない。間違いを犯しても反省しないのが罪なのだ。
だから反省を促すために刑罰を与え、反省しない者には生きる資格がない。刑罰とは、犯罪者に処方する治療薬なのだ。
ゆえに死刑は「刑罰」ではない。治療ではなく殺処分。それは「罪」を「断ち切る」ための処理――断罪だ。だから、この国では「処刑」という言葉は使われない。
「私はいいんだよぉ! お前は死ねぇ!」
なおも勝手なことをわめくテイマー。
そこへ警邏の騎士団がやってきた。だが、どちらをどうするのか、即座には決めかねている様子だ。
片や魔物を操って喚き散らしながら暴れており、片や抜き身の剣を持っていて魔物を斬り殺したのが見て取れる。しかも街の中で、とあってはシンプルに考えて両成敗だろう。
ここはひとつ、騎士団に向けて説明しつつ、もうこの騒動に幕を引くことにしよう。周囲の人にも迷惑だ。
「窃盗の罪を犯し、それを暴いた者を殺害せんとする反省のなさ。有罪確定だ。
王国法に則り、お前を断罪する」
宣言すると、騎士団が「おや?」という顔をした。
ひょっとして同業者か? と伺うような目で俺を見ている。次男だからなー……兄上に比べれば影が薄いのは仕方ないか。まあ、分からなかったからといって、とやかく言うほどのことでもない。これで父上の顔が分からないのなら大問題だが。雇い主の顔知らないとか馬鹿なの? って話になってしまう。その息子の顔までは分からなくても仕方ないだろう。しかも跡取りじゃない方のだし。
「ふざけるな! お前にそんな権利があるものか!」
わめくテイマーに、騎士団の目が厳しくなる。
「あるとも。
俺はこの地の領主ランバー伯爵の次男ジャック・ランバーだ。
お前の断罪は、ランバー伯爵の名において、次男ジャック・ランバーが代理を務めて執り行う」
あっ、と騎士たちが息を呑んだ。
ようやく俺の顔を思い出したらしい。
「バカ言ってんじゃねーよ! そんな適当こいて、誰が信じるってんだよ!?」
わめくテイマーの前へ、騎士たちが割って入る。
「バカでも適当でもないとも」
「こちらのお方こそ、ランバー伯爵の次男ジャック・ランバーその人だ」
「光栄なやつだ。元近衛騎士様の手にかかって死ねるとは」
「まったくだ。犯罪者には贅沢すぎる」
俺が父上の名で正式に宣言してしまったので、誰も「いえいえ、ここは自分たちが処理しておきます」的な事を言わない。それは、伯爵家の決定に異を唱えるということになってしまうからだ。
その代わりに、騎士たちはテイマーを取り押さえた。テイマーは多少の抵抗を示したが、騎士たちに囲まれてはろくに為す術もない。たちまちギロチンに繋がれたような姿勢に固定されてしまった。
「ではジャック様、お願いします」
「ああ」
「やめろ! 私は悪くな――!」
ヒュバッ、と一息に十文字斬り。死を肩代わりする魔道具を持っていても、十文字斬りなら2度死ぬので確実だ。この程度の人物が持っているような魔道具ではないが、盗んで持っている可能性が捨てきれない。
最後まで反省しなかったテイマーの頭が4つに割れて、脳がこぼれ落ち、鮮血が噴き出した。
「おお……!」
「さすがの剣技ですな!」
騎士たちが俺を褒める。周囲の野次馬たちも拍手喝采だ。
娯楽が少ないので、死刑が一種の見世物になっている。見せしめによる治安維持効果を狙って、為政者の側も積極的に見せていくスタイルなので、死刑の方法はここ数十年ずっと過激になり続けている。今も、ただ首を切り落として終わりでは、野次馬たちからブーイングが飛んできただろう。
「後は頼む」
騎士団に事後処理を任せて、俺は配達に戻った。
テイマーのおかげで条件は3つともクリアだ。1度目のときに追いかけなかったので「荷物を優先」はクリア、2度目のときに討伐したので「魔物を討伐」と「人間を討伐」もクリア。
あとは実家に配達を済ませて受け取りのサインをもらい、工房に戻ってエリンに完了のサインをもらったら、冒険者ギルドに戻って完了報告。報酬を受け取って終わりだ。
何事もなく無事にCランクに昇格できた。
だが、Bランクになるには、また条件があるそうだ。引き続き頑張って欲しいと言われた。
ちなみに、実家に届けた魔道具は、文字をきれいに書けるペンだった。正確に言うと、他人の筆跡を真似できるペンだ。
父上、字が汚いからなぁ……。息子の俺でも時々読めないもん。
パーティーの招待状とかで他の貴族に手紙を出すような時には、字がきれいな母上が代筆していた。
つまり母上の筆跡をペンに登録して、父上がそのペンを使えば、父上にもきれいな字が書けるというわけだ。ワンオフなのは、筆跡を真似して偽物の命令書とかを作れてしまうから。その対策としてワンオフ、かつ「父上の魔力を流しながらでなくては使えない」「登録できる筆跡は1つだけ」「登録のやり直しはできない」という制限つきだそうだ。
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