第6話 Cランク(前編)

 Bランクに昇格するための条件は、護衛の仕事を成功させること。


「というわけで、こちらをお願いします」


 と受付嬢から渡されたのは、とある商会のキャラバンをいくつかの冒険者パーティーで合同で護衛する仕事だった。


「複数の馬車で荷物を運ぶのを護衛する仕事です。

 他のパーティーと合同でやるので、戦闘での援護や物資の融通、周囲の警戒を分担するなど、様々な助け合いが期待できます。それにBランクの冒険者が全体の指揮をとりますので、観察していれば護衛のノウハウも学べますよ」


 護衛のノウハウは近衛騎士団で叩き込まれたが、冒険者はまた違ったノウハウを持っているかもしれない。新しい学びは歓迎するべきだ。



 ◇



 街の出入り口たる門の前で、商隊や他の冒険者達と合流した。

 俺と同じCランクの冒険者は、俺の他に全部で12人、4人ずつの3パーティーだ。それぞれに戦士、魔術師、僧侶、スカウトの組み合わせでバランスがいい。

 規模こそ違うが、構成は軍隊と同じだ。斥候部隊がちょうどこんな感じである。本隊になると騎兵や工兵なども混ざってくるが。


「全員注目! 俺が今回の護衛の指揮をとるBランク冒険者ゴーマンだ。合同での仕事はそう滅多にあるものじゃない。つまり俺たち冒険者は、こういう場面に不慣れだ。だからこそ、全体を見て指揮をとる奴が必要になる。それが今回はたまたま俺だ。俺がゴーと言ったら動け。疑問に思っても不満に思っても、まずは言われたとおりに動け。そうしないと味方の誰かが死ぬかもしれない。あるいは動かなかった奴自身が死ぬだろう。

 冒険者にとって、こういう場面でのやり方に共通したノウハウはない。それぞれのやり方で指揮をとるしかないんだ。だから俺の指揮に、自分たちのパーティーとはやり方が違うと不満に思うことも多いだろう。それは今だけのこと、今回だけの事と思って、我慢してもらいたい。

 いつか自分が指揮をとる立場になったら、そのときは自分のやり方でやったらいい」


 ゴーマン。流石はBランク冒険者だ。こういう事を先に伝えておくと、いざという場面で動いてくれないという事態が防げる。


「それから、パーティーそれぞれに名前があると思うが、覚えるまで混乱して間違えたりすると困るから、とりあえず1班から4班ということで、数字で呼ぶことにする。

 馬車が4台だから、先頭から順に1台ずつ担当してもらう。班の番号も先頭から順にだ。どの馬車をどの班が担当するかは、好きに選んでいいが、1台の馬車につき1つの班で担当しろ。

 あと、ソロのお前、お前は遊撃だ。特に指示がないときは、俺の近くで待機しろ」


 ソロは俺だ。

 Cランク冒険者たちがゴーマンの指示通りに配置に付き、商隊は出発した。

 街を出ると、すぐにゴーマンが声を張り上げた。


「全員注目! 馬車が複数で荷物が満載。つまり身軽に動けない。敵は近づく前に倒すんだ。

 各班、担当の馬車を中心に周囲の索敵をやれ。移動中は常に続けるんだ」


「げえ……!?」「マジかよ……」


 Cランク冒険者たちから不満の声が上がる。

 周囲に魔物や盗賊がいないか探し回れ、ということだ。しかも移動中ずっと。食事や睡眠などの休憩の際に、周囲を索敵して安全を確認することはある。だが移動中ずっとは普通やらない。近衛騎士団だって移動中は、馬車のそばを一緒に歩いて、敵を発見したら攻撃する形にしている。不満が出るということは、冒険者でも同じなのだろう。

 もっとも、商隊の馬車が機動力に劣る(輸送力に特化しているため)のは確かだ。王族用の馬車みたいに加速して逃げ出すのは不可能。ならば、敵ができるだけ遠くにいるうちに発見して、近づけずに倒してしまいたいというのは理解できる作戦だ。


「俺は遊撃だと言っていたが、索敵はどのあたりを?」


 担当する馬車がないので聞いてみた。


「先行して索敵しろ」


「了解」


 俺は商隊の前へ出て索敵を始めた。

 軍隊みたいに共通したノウハウがないという話だったから、今回はゴーマンが特に慎重な性格だということで承知するしかないだろう。

 この時は、まだそんな風に考えていた。

 しかしゴーマンは、慎重というより臆病――警戒しすぎるあまり、部下の負担を考慮できない性格だった。ずっと索敵を続けるということは、商隊の馬車の何倍もの距離を動き回ることになる。Cランク冒険者たちは、たちまち疲弊していった。


「そろそろ休憩にしましょう。馬にも餌と水を与えねばなりませんからな」


 商隊を率いる御者のリーダーが言った。

 出発から4時間、午後1時といったところだ。

 商隊の馬車の1つから、馬の餌となる干し草と、水の入った樽が運び出された。


「やれやれ」「やっと休憩か」「あー、腹減った」


 Cランク冒険者たちが馬車の周りに集まってくる。

 索敵は、移動しない限り1度やればしばらくは安全とみなして行動するものだ。もちろん少数の見張りは必要で、冒険者たちは休憩しながらも方角を分担して視線を遠くへ向けていた。

 俺も馬車まで引き返したのだが――


「おい、コラ。全員で座るな。

 目の高さが低くなると、遠くまで見えないだろうが。1班、2班、立って周囲を警戒しろ。馬の餌やりが終わったら、3班、4班と交代だ」


 ゴーマンが言う。

 Cランク冒険者たちは、黙ってゴーマンを睨んだ。


「何だ、その目は? この仕事の間は、俺の指揮に黙って従えと言っただろう。さっさと立て」


「ゴーマン。味方が死ぬかもしれないから、まずは黙って従えという話だったじゃないか。ならば索敵を終えた今、一応の安全は確認されているんだから、反対意見を述べる時間ぐらいはあるはずだ。

 まず、移動中に全員で索敵を続けるのは負担が大きすぎる。慎重に安全策をとるのはいいが、やりすぎだ。疲れ切ったタイミングで戦闘になったら、本来のパフォーマンスを発揮できない。これでは逆に危険だ。

 それから、索敵のあとで立ったまま見張るのは効果が薄い。もちろん目の位置が高いほうが遠くまで見えるのは、その通りだ。地面の凹凸や小さい茂みなどに隠れている敵がいれば、立っていたほうが見つけやすいだろう。しかし見張りより索敵のほうが広範囲を確認できる。索敵は終えているから見張りで見える範囲はすでに安全で、座ったままでも地平線まで3km以上も遠くまで見えるんだから必要十分だろう。それよりも、しっかり休ませて、万全に戦えるように回復させるべきだ」


 俺が意見を述べると、Cランク冒険者たちは何度もうなずいた。

 口には出さないが、最も不満に思っているのは、ゴーマンだけが指揮をとるという名目のもとに、索敵をおこなっていないことだ。俺たちCランクが疲れ切っているのに、ゴーマンだけは商隊の馬車と一緒に歩くだけで、俺たちより遥かに楽をしている。

 もっとも、指揮官があちこち移動したのでは、報告に向かう先がコロコロ変わって困るのだが。


「やかましいわ! Cランクどもが!

 そうやって警戒をおろそかにした隙をつかれて商隊がやられたら、どう責任をとるつもりだ!? やる事をやってから文句を言え! やりきる前に疲れただのできないだの言うのは甘えだ! そんなこと言うやつにBランクが務まると思うな! 実力不足だ! 出直してこい!」


 今回の依頼に参加したCランク冒険者たちが、俺のようにBランクへの昇格条件をクリアするために参加したのかは分からない。

 だが、基本的にランクを上げたくない冒険者はいない。ランクは稼ぎに直結するからだ。冒険者は生活のために働いているのだから、稼ぎが増えるに越したことはない。

 ゴーマンの言い草は、そのあたりの心理を利用したマウント取りだが、昇格を急がない俺には通用しない。別に、次の機会に条件を満たせばいいだけだ。今度はもっと小規模な護衛依頼を単独で受けるのでもいい。


「それならそうと、冒険者ギルドにそのように報告すればいい。

 だが、それで俺たちの能力が上がるわけじゃないぞ。疲れ切ってろくに戦えない状態で襲われたら、あんたはどう責任をとるんだ? 俺たちの能力不足を批判するのは自由だが、今は商隊を無事に目的地へ送り届けるのが大事じゃないのか?」


 そもそも客の前で怒鳴り散らすというのが、社会人としてあり得ない。

 商隊の御者たちも、面倒くさいものを見るような嫌そうな目で見ている。


「うるさいんだよ、お前は! やってから文句を言えっつっただろーが!

 お前らが戦えなくて襲われたらどうするだと? お前らが使えねー分ぐらい、俺が埋めてやるわ! Bランクなめんな!

 お前みたいな文句ばっか言う奴は、必要な能力がどれほどのもんか分かってねーんだよ! 教えてやる! まずは休憩返上で索敵してこい!」


 単独でCランク13人分の働きができるとは、ずいぶんと豪語したものだ。

 Bランクパーティー相当と言われた俺から見ると、ゴーマンがそれほど強そうには見えないのだが。


「そんなデタラメな指示のどこに合理性が?」


「1回索敵したぐらいで安全な保証がどこにある!? 索敵した範囲のすぐ外に魔物の群が迫ってるかもしれない! 物陰に隠れて見つからずに近寄る敵がいるかもしれない! 商隊を無事に送り届けるのが大事だっつーなら、今すぐ行ってこい!」


 可能性はゼロではない。だが極めて低い。ぶっちゃけ現実味のない話だ。

 かなり無理やりな理論展開だが、ゴーマン本人はもう意固地になっている。


「だから、そんな事をしてたんじゃあ、いざってときに戦えないだろ」


 俺のほうも、もはや反論というより呆れて声が漏れた。


「いざって時が来てるかどうか調べもしないで何を言ってやがる! 疲れて戦えないとか馬鹿言ってんじゃねーよ! 今あるかもしれない危険に対処できない奴が、あとになって対処できるわけねーだろ! 今できねー事は、あとになったって出来やしねーんだよ! できるようになりたきゃ根性でやり遂げるしかねーんだよ! 行け、オラ! 根性みせろ!」


 ゴーマンは俺を蹴飛ばして吠えた。

 もう何を言っても無駄だ。俺は肩をすくめて索敵に出かけた。

 どうせ何も見つからないのに、やれやれだ。


 ゴーマンは、それからずっと機嫌が悪かった。

 そして他人の負担を考えられないゴーマンは、さらに要求をエスカレートさせてきた。特に俺は、直接的に口答えしたのが気に入らないようで、目の敵にされた。座って休むことを一切許さず、野営地でも徹夜で哨戒を続けろという。

 見かねたCランクの冒険者たちが、こっそり俺を休ませてくれた。しかし無茶な要求が続くので、次第にみんなフラフラになっていった。

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