第7話 Cランク(後編)

 商隊は、2つ隣の街まで行く。

 街Aを出発し、街Bを経由して、街Cへ行くわけだ。

 現在地はAとBの間の街道。踏破するのに1週間ほどかかる。時速4kmほどで4時間進んで休憩を挟み、また4時間進む。単純計算で210kmの道のりだ。土地が大陸と呼ばれるほど広大なので、街と街との間隔も広く、ポツン、ポツン、と点在している形になる。

 街は、公共施設や民家などを1箇所に集めて防壁で囲み、その外側に農地が広がっていることが多い。初日に街A周辺の農地を通り抜けた俺たちは、7日目に街B周辺の農地を通ることになる。街から遠い場所に畑を持つ農民は、農耕馬を使って移動する。騎士が使うのとは種類が違う馬で、足はそれほど速くないが体重とパワーが大きい。馬車に使われるタイプの馬だ。

 で、問題はその間、2日目から6日目の間に通る、大自然に囲まれた風景だ。雨が降ったり風が吹いたりするのはマシなほうで、馬車の車輪が凹凸にハマって抜け出せなくなり、全員で必死こいて押したり引いたり奮闘したあげく、いったん荷物をおろして馬車を移動させてから積み直すなんてこともあった。

 そして6日目には、魔物の襲撃も。


「うおーりゃー!」「ファイヤーボール!」「プロテクション!」


「声だけか、お前ら!? そんなヒョロヒョロで魔物を倒せるつもりか、バカどもが! どけ、オラ! 邪魔だ!」


 こうなる事は先に言っておいたのに、聞き入れなかったゴーマンだけが元気いっぱいだ。フラフラになって戦っている俺たちを罵倒し、あまつさえ俺を突き飛ばして魔物を狩る。

 突き飛ばされた俺は、疲労がたたって足がもつれ、体勢を崩したまま隣の魔物の前へ。すっ転んだところを攻撃されてはたまらないので、倒れながらも強引に魔物へ攻撃を繰り出そうとしたが――


「危ない!」「ジャックさん!」


 近くに居たCランク冒険者たちが、俺をかばって魔物に牽制の攻撃を仕掛けてくれた。魔物がひるんで動きを鈍らせ、俺はその間に立ち上がる。窮地を脱した。あとは普通に戦えば勝てる。フラフラなので、その普通が大変だが。

 それから間もなく、襲ってきた魔物は全滅した。


「手早く解体しろ! さっさと進むぞ!」


 ゴーマンが言う。

 その内容は間違っていない。解体して得た素材は売れるので、冒険者の副収入になる。それに死体を放置するとアンデッドになる危険性がある。焼き払うか解体してバラバラにするか、もしアンデッドになっても動けない状態にしておくことが必要だ。かといって、本来の仕事は護衛なので、あまり時間を掛けていられない。

 しかし、さんざん無茶な要求をしてフラフラにさせてきた奴が、戦闘の手柄だけ奪って、偉そうにしている。この態度に、Cランク冒険者たちの神経は逆なでされた。共同で倒した魔物の素材は、基本的にとどめを刺した冒険者に優先権がある。今回はほとんどの魔物がゴーマンだ。解せぬ。

 とりわけ、俺はゴーマンのせいで命が危なかった。無茶な要求にはゴーマンなりの考えがあったとしても、戦闘中に突き飛ばすのは正当性のカケラもない。


「なんだ、おま――ぶべらっ!?」


 俺は黙ってゴーマンをぶん殴った。


「何しやがる!?」


 鼻血を垂らしてゴーマンが怒る。

 だが、俺はもう冷笑しか湧かなかった。


「戦闘中に突き飛ばすよりマシだろ。

 もうお前の指示には従わん。こっちの命がいくつあっても足りないからな。

 商隊のみなさんには悪いが、俺は次の街についたらキャンセルさせてもらう」


 冒険者ギルドを通して違約金を払うことになるが、命の値段と思えば安いものだ。

 その翌日7日目、俺は宣言通りに街Bでキャンセルの手続きをした。



 ◇



 俺が抜けても、商隊は変わらず街Cへ向かう。

 ゴーマンと、残ったCランク冒険者たちが護衛を続けるようだ。俺が抜けたことでゴーマンの態度が落ち着くことを願うばかりだ。Cランク冒険者たちには、俺が抜けたしわ寄せが行くだろう。苦労をかける。それでも俺は、戦闘中に突き飛ばしてくる指揮官の下では戦えない。

 切り替えて次の依頼を探すとしよう。昇格条件を満たすためには、護衛依頼をこなす必要がある。


「うーん……ちょうど護衛の依頼が今なくてですね……」


 受付嬢に困った顔をされた。

 俺の昇格を急ぐように、との連絡はすでに街Aのギルドから受けているらしい。しかし街Bは、AとCの間にある宿場町で、ここを通る人はすでにAかCで護衛を雇った状態である。


「……なら、移動するか」


 上位貴族や王族とのパイプを作るのが目的だから、王都へ行ってみるといいかもしれない。

 そう思ったのだが、受付嬢から待ったをかけられた。


「2週間ほど待ってください。

 護衛をキャンセルした商隊が、折り返して戻ってくるはずです。その護衛にねじ込んでみます」


 なるほど。商隊なんだから一方通行はありえない。往復するはずだ。しかも、もったいないから空荷では移動しないだろう。となると、戻る道でもそれなりの人数の護衛を雇うはずだ。

 一方で俺が今から別の街へ向かっても、行き先がAだろうがCだろうが1週間かかる。しかもその間は収入なしで過ごすことになる。それなら2週間待っても、この街で仕事をしながら過ごすのがいいだろう。


「……でも、そのときの指揮官がまたゴーマンじゃないだろうな?」


「おそらく、ないと思います。

 今回のことは報告しておくので、もうゴーマンさんが護衛隊の指揮を任されることはないでしょう」


 対策手順が確立されているっぽいな? 問題児はゴーマンだけじゃない、という事か。

 どうやら冒険者ギルドには、そういうブラックリスト的なものがあるようだ。


「なら、大人しく待つか」



 ◇



 折り返した商隊が街Bに戻ってくるのは2週間後のはずだった。

 しかし商隊は、わずか3日で戻ってきた。


「護衛失敗だ! くそ! 役立たずどもが!」


 ゴーマンが怒鳴り散らす。持っていた依頼書を、受付カウンターに叩きつけた。商隊の護衛の依頼書か。失敗は失敗で手続きをしなくてはならない。

 その後に続いて、血まみれのCランク冒険者たちが、仲間に引きずられて冒険者ギルドに運び込まれてきた。


「誰か助けてくれ! 回復魔法を頼む!」


「重傷じゃないか。手遅れかもしれんが……ヒール」


 その場に居た僧侶が、回復魔法をかけた。

 しかし使ったのは初級の回復魔法。怪我の程度に対して、威力が足りない。切り傷は治っても、骨折やえぐれたような傷は治らない。

 その間にも何人かの僧侶たちが集まって、他の怪我人たちに回復魔法をかけたが、みんな似たようなものだった。神殿などでガッツリ修行しないと、中級の回復魔法は覚えられない。


「よし、代わってくれ。俺がやる」


 強化魔法を自分自身に多重に掛けて、俺は僧侶たちをかき分けた。

 俺は普段スピード重視で魔法を使う。隙が小さいほうが安全だからだ。しかし、それだと威力は低い。だから今回は、しっかり集中して全力の強化魔法をかけた。


「あんたは……!」「回復魔法も使えるのか?」


「ラージヒール」


 答える代わりに使ってみせた。中級回復魔法。俺がバフてんこ盛りで使ったときの威力は、上級魔法に匹敵する。結果を見ずに、俺は次々と回復魔法を繰り返す。

 見なくても分かる。たちまち重傷者の傷口に肉が盛り上がり、傷跡も残さず治っていく。


「「おお……!」」


 どよめきの声が上がる中、俺はすべての怪我人を治療した。


「ありがとう」「仲間を失わずにすんだ」「あんたのおかげだ」


 口々に感謝の声がかけられる。

 だが治った重傷者たち本人は、まだ意識が戻らない者が多い。


「失った血液までは戻らない。

 しばらく安静にしておけ。さもないと貧血で倒れるぞ」


 上級回復魔法なら血液まで戻るらしいが、使える人は少なく、いても王城で王族専用の医務官に取り立てられている。

 近衛騎士時代に、1度だけ見たことがある。そいつは致命傷から回復して、すぐに仕事に復帰していた。


「わかった」「ありがとう」「助かったよ」


「で、何があったんだ? こんなになるほど強い敵でも?」


「なわけないだろ」「ゴーマンだよ」「メチャクチャな指示ばっか出しやがって」


 俺が尋ねると、Cランク冒険者たちは受付カウンターの前に陣取るゴーマンに憎々しげな目を向けた。

 それだけで何が起きたのか、だいたい分かった。過酷な指示でヘロヘロになったところを襲われて負けたか、あるいは俺のように突き飛ばされたりして邪魔されたか、そんなところだろう。


「やかましい! お前らが無能なだけだ! まったく、俺の実績に傷をつけやがって!」


 今やゴーマンの言い草には、もう一理もなくなっていた。前は一理あることを言っていたはずなのに。これでは、ただの自分勝手だ。

 そのあんまりな言い草に俺が呆れると同時、Cランク冒険者たちはいきり立った。


「なんだと、この野郎!?」「てめえがメチャクチャな指示ばっか出すからだろーが!」「ふざけんな、てめえ!」


 あわや、取っ組み合いの喧嘩に……というところで、冒険者ギルドに新たな人物が入ってきた。

 全員がそっちに注目する。それほど存在感のある人物だった。別に筋骨隆々とか魔力が強いとかではない。だが人間としての迫力があった。


「商会長! ようこそお越しを」


 受付嬢が言う。

 どうやら俺たちが護衛した商隊の、その雇い主らしい。


「こちらにゴーマンさんというBランク冒険者はいますか?」


「ゴーマンは俺だが」


「あなたがゴーマンさんですか。

 うちの者が世話になったようですね。なんでも、あなたの指揮で護衛の冒険者パーティーが崩壊したとか。おかげで商隊は引き返す羽目になりましたよ。新しく護衛を雇わないことには、輸送ができませんからね。

 ……ですが、今回のことで到着が遅れたために、当商会は大きな損失を出してしまいました。この件に関して、冒険者ギルドは通常通りに業務をしただけのようですが、あなたの振る舞いは明らかに通常とは異なったようですね? となると、損害額の弁償は、あなた個人に要求することになりますが。

 何か弁明はありますか?」


 来るのが早すぎる上、来たばかりなのに詳しすぎる。どうやら商会長は、ゴーマンの調査のために来ていたようだ。

 商会長の鋭い視線を受けて、ゴーマンは目を泳がせた。それはまるで助けを求めているように見えたが、周囲の冒険者たちがゴーマンに向ける視線は、ゴーマンの言い逃れを許さない非難の色に満ちていた。

 ゴーマンは、助け舟が得られないことを悟ると、がっくりうなだれた。


 ゴーマンは、商会長によって借金奴隷にされた。

 借金奴隷は、働いて得た賃金の一部を借金返済のために天引きされる。完済すれば奴隷身分から解放されるが、しかし金額が大きいのでゴーマンが死ぬまでに解放されるのは無理だろう。

 冒険者ギルドは、新たにBランク冒険者を用意して、今回の護衛を務めたCランク冒険者たちに「護衛依頼の続き」をさせた。失敗の手続きをせずに処理にしたのだ。これによって彼らの依頼成功率は下がることなく、今度のBランク冒険者はまともな指揮をとったので護衛は無事に完了した。護衛依頼の続きは「成功」として処理され、彼らは成功率が上がったことで少し査定がプラスされた。昇格の日も近いだろう。

 俺は、その護衛の続きに参加させてもらって、無事に昇格条件をクリアした。

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