第8話 Bランク(前編)

「Aランクになってみませんか?」


 Bランク昇格から数日後、武具のメンテナンスを終えて冒険者ギルドに顔を出すと、受付嬢から唐突にそう言われた。


「……とりあえず急いで昇格するのはBランクまで、という話だったと思うが?」


 尖った強みがないからBランクパーティー相当の実力だと言われた。目立った弱点がないという点ではAランクより強いが、尖った強みがなければAランクにはならないと……登録審査のとき、そういう話だったはずだ。


「目立った弱点がないのが、むしろ『尖った強み』に当たるのでは……という話になったようでして、今回はその確認というか審査というか……そういう意味もあるそうです」


「『ようでして』? 『あるそうです』?」


「冒険者の昇格・降格を検討する会議で、そういう話になったそうです。

 私はその会議に出られる立場ではないので、後から聞いた話になります」


 話が二転三転する……頻発しては困るが、実際にはそう珍しくもない話だ。

 やれやれ、という気もするが、考えてみれば俺にとって好都合。近衛騎士団ではパッとしない器用貧乏と言われていたのに、冒険者では最高位のAランクと評価されるのであれば、近衛騎士団をやめて冒険者になったのは正解だったということだ。


「……で、また条件があるからクリアしろと?」


「はい。Bランクの討伐依頼を100個以上こなすか、またはBランクの採取依頼で目的物を無傷の状態で手に入れることが条件になります。

 で、ちょうどBランクの採取依頼がありまして」


 受付嬢が1枚の依頼書を差し出した。

 ふと目に入ったのが、依頼主の項目。またエリンの魔道具工房だ。


「鋼鉄大蛇の心臓……」


 名前の通り、鋼鉄の大蛇である。ミミズのように地中に生息し、手足がないので土を食べることで掘り進む。飲み込んだ土から金属元素を代謝して、主に鱗の材料にしている。成長過程で脱皮を繰り返す。その抜け殻は高純度の金属鉱脈。加工技術がある人間やドワーフなどにとって有益な魔物といえる。

 なので討伐の対象になるのは珍しい。だが今回は心臓を採取する依頼だ。殺さないと心臓は採取できない。ところが面倒なことに、鋼鉄大蛇はほとんど不死身である。


「たしか心臓を潰さないと無尽蔵に再生するんじゃ……」


 頭を切り落としても、その頭が再生する。

 しかも弱点の心臓は、鱗と同様に鋼鉄でできている。

 金属として加工できる上に、不死身の性質を宿す。なので、死を肩代わりする魔道具の材料として使われる。工房にこれを依頼したのは、どこぞの大貴族だろう。


「その通りです。しかし体の大部分を失えば、さすがに再生できないので、無傷で心臓を採取するには、再生するより早くどんどん切り落としていくか、心臓だけを取り出すように採取するしかありません」


「なんて面倒な……」


 しかしAランクに昇格すれば、冒険者としては最上位。貴族からの依頼が増えるだろうから、当初の目的であるパイプ作りに着手できる見込みとなる。となれば、鋼鉄大蛇の心臓なんて面倒な仕事だが、やる前から断る選択肢はない。挑戦するだけしてみて、無理だったらキャンセルして次の機会を待つだけだ。


「まあ、とにかくやってみよう」



 ◇



 鋼鉄大蛇を探して鉱山にやってきた。

 ここから、整備された坑道を使って安全に地下へ向かう。ある程度の深さになると、大地が裂けたような巨大な地下空洞が数多くあり、坑道がこれにぶつかる事も珍しくない。この地下空洞こそは、広範囲の「断面」を観察できるスポットであり、鋼鉄大蛇の穴を見つけるのに最も適した場所である。


「ああ、冒険者ギルドから話は聞いてるよ。あんたがそうか。

 鉱山は今日も稼働中で、あんた1人を通すために操業を中断することはできない。俺が案内するから、よけいな事はしないようについてきてくれ」


 鉱山労働者の1人が、地上の「作業現場」と区分される、その出入り口で俺を待っていた。

 地上部分では、掘り出した土砂から有用な鉱石だけを選んで、不要な土は捨て、有用な鉱石は馬車に積み込み、運び出すところまでの作業がおこなわれていた。馬車は別の場所にある製錬所に向かうのだろう。

 ちなみに「製錬」と「精錬」は違う。鉱石を還元して金属を取り出すのが製錬、低純度の金属を溶かして高純度の金属を作るのが精錬だ。両方あわせて「冶金」ともいう。

 こう聞くと、他の不純物と一緒に酸素も分離させれば「製錬」でも「精錬」でも同じじゃないかと思える。だが工業の特性を考えてみると、そうした方が効率的であれば、そうなる。


「承知しました。今日はわざわざ仕事を中断してまで案内していただいて、ありがとうございます。

 皆さんの邪魔にならないように努めます」


「……ずいぶん行儀のいい冒険者がいたもんだな」


 鉱山労働者はきょとんとしていた。

 俺はちょっと申し訳なくなった。

 作業中の現場を部外者がウロチョロしたのでは邪魔になる。効率を考えれば、誰かが仕事を中断してでも、さっさと目的地に案内したほうがいい。ただし、その中断した仕事は、結局あとでやらなくてはならない。

 つまり、こんな場所への訪問自体が邪魔になる。考えれば分かることだ。お邪魔するのだから下手に出るのは当然のこと。だが鉱山労働者の驚きは、そんな事も分からない冒険者が多いと告げていた。


「それじゃあ、ついてきてくれ」


 鉱山労働者が歩き出す。

 向かう先を見ると、トロッコのレールが出ている穴があった。運び出した土砂を仕分けする作業を横目に見ながら、案内に従って歩いていく。

 さて、今回は地下に生息する魔物が相手だ。探知魔法も地下用のものを使う。魔法には属性があり、普段使っているのは風属性の探知魔法だ。地上ならどこでも空気があるし、隠し通路や地下室などもそこに空気があれば存在に気づける。

 今回は地下なので、土属性の探知魔法を使おう。土属性の探知魔法は、土を媒介にして探知する。土に接しているものは探知できるのだ。罠を見つけるときには土属性のほうが精度が高い。ただし空を飛んでいる相手は探知できないので――


「グオオオオオ!」


「うわあ!? ドラゴンだ!?」


 ――こういう事になる。

 鉱山労働者は一目散に逃げ出した。仕分け作業をやっていた人たちも、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 財宝を集めて守る習性があるドラゴンは、2種類の狩りをする。1つは財宝を求めて。もう1つは、餌を求めて。鉱山からは確かに多くの鉱石が産出されるが、この状態ではドラゴンが好む「財宝」に当たらない。ドラゴンが好むのは、冶金が終わったあとの高純度の貴金属や、研磨やカットが終わったあとの宝石などだ。

 では餌を求めて来たのかというと、たぶんそれも違うだろう。クジラのように大きいドラゴンの巨体を支えるだけの食事量となれば、人間などいくら食べても腹の足しにならない。最低でも馬より大きいものでないと――……馬、いるじゃん。しかも群で。馬車につながれて逃げるのもままならない状態で。最高の餌場じゃん。

 俺は走り出した。でも間に合わない。ドラゴンの飛行能力はけっこう高いのだ。


 ばくっ。バキバキッ。ボキッ。ビチャビチャ……!


 パニックになって暴れる馬を、ドラゴンが容赦なく捕食する。木が折れるような音は馬車の部品か馬の骨か……口から馬の血をしたたらせて咀嚼するドラゴンの、その下の地面にたちまち血溜まりが広がっていく。

 馬刺し(1頭まるごと)を10秒で食べ終わったドラゴンは、逃げ惑う馬にむけて炎のブレスを吐いた。都市をまるごと焼け野原に変えるというドラゴンのブレスだが、今回はかなり加減していたようで小規模だった。刺し身の次は焼肉いってみるか、ぐらいのノリなのだろう。

 馬車がまるごと焼けて、積み込み途中だった鉱石が半分熔けているのが見えた。えげつない高温だ。馬は全身火傷で即死。表面はパリパリ、中はジューシーに仕上がっていることだろう。クソ……こいつ無駄に料理うまいな。


「ガアッ!」


 不意にドラゴンがこっちを振り向き、俺に噛みついた。

 あれ? こいつ逃げないじゃん。ついでに食っとこ。みたいな感じだろうか。箸休め的な扱いだと思う。


「ぐああっ!」


 安物の革鎧はたちまち牙に貫かれ、強引に体をひねって貫通を避けるも、かなり深くえぐられてしまった。ちらりと見れば、肋骨が見えている。まさか自分の肋骨を目視する日が来るとは。

 しかし危機は続いている。牙からは逃れたものの、口の中に捕まったままだ。絨毯みたいに巨大なドラゴンの舌が、俺を再び牙の上へ運ぼうとする。


「クソが! 自分の舌でも噛んどけや!」


 大地震みたいに体が何度も放り出され、ドラゴンの口の中のあちこちに激突する中、剣を抜いて舌に突き刺す。

 それでどうにか体を固定できた。痛みでドラゴンが暴れる。しかし舌はむしろ動きを止めて硬直していた。

 この隙に全力の強化魔法をかける。まずは一瞬で一通りのバフを。これは効果が弱いが、ない状態と比べるとずいぶん違う。全力で強化魔法をかけるための準備といったところだ。

 いよいよ全力で強化魔法を。まず加速。次に防御系を物理・火炎・その他一通り。それから攻撃系をパワー・スピード・魔法威力その他一通り。全力で戦おうと思うと、こうやって時間がかかるのが厄介だ。


「ラージヒール」


 最後に傷を癒やして、準備は終わった。

 さあ、反撃開始だ。


「雷神剣!」


 電撃魔法を付与した剣の一閃。

 この一撃には、電撃魔法を2つ付与している。

 1つは、電磁力で加速させる魔法。電撃を流すことで電磁力が働き、剣が動く。電撃の強さに応じて加速力が働くので、理論的には加速力に上限がない。バネの力で動く弓矢など比べ物にならない超々高速を実現できる。

 もう1つは、その加速力から必然的に必要となった効果――すなわち「強度を増す」というものだ。物理防御結界で対処するのが一般的で、もちろんこの一撃にも併用しているが、もう1つ、特殊な電磁波によって分子結合力を強化する方法も使っている。つまり、物理的に頑丈になるということだ。


「ギエエエエエ!」


 ドラゴンは口を押さえて悶え苦しんだ。

 ドスン、と地面に落ちるドラゴンの口。犬や馬のように口が長く突き出た形をしているドラゴンの、その口を俺は一刀両断してやったのだ。

 涙目のドラゴンが俺を憎々しげに睨む。

 ようやく地面の上に戻れた俺は、剣を構え直して周囲に攻撃魔法を展開する。

 さあ、これからだ。

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