第9話 Bランク(後編)
ドラゴンの口を切り落としてやった。
ドラゴンが痛みに悶える間、俺はしっかり時間を掛けて攻撃魔法を展開できた。だが、これで有利になったとはいえない。なぜならドラゴンの鱗は、人間レベルの攻撃力では剣も魔法も通じないからだ。
口の中から斬りつけたからこそ切断できたのだ。体の外に出てきた以上、同じように切断はできない。ここからは一撃でスパッと斬るなんて事は不可能。体と命の削り合いだ。
「ガアアアアア!」
怒り狂ったドラゴンが俺を踏み潰そうと、前足を振り下ろす。
熊のそれを相手にするより数百倍も恐ろしい。まず単純に巨大で重たい。ゆえに防御は不可能で、回避も一苦労だ。そのうえ頑丈さも数百倍で、爪の大きさも鋭さも桁違い。板金鎧だろうと紙くずのように切り裂かれるだろう。受ければ即、致命傷。迎撃なんてとんでもない。そんな攻撃が頭上の遥か高くから落ちてくるのだ。まるで隕石の衝突である。
前足! 前足! くるっと回って尻尾!
この尻尾による薙ぎ払いも厄介だ。クジラが高速で横転してくるような規模と威力である。魔法で強化した脚力でジャンプして、かろうじて躱す。すぐ足元を巨大な尻尾が通過し、押しのけられた空気が突風になって俺の体に叩きつけられた。
落下……着地するまで動けない。着地と同時に、振り向いたドラゴンがまた攻撃してくる。俺が回避と同時に反撃しようと動けば、ドラゴンは即座に飛び上がってブレスで攻撃。俺が怯んだところを、ドラゴンがまた着陸して物理攻撃。飛行したままブレスを連発してくるほうが厄介だが、そうしない所を見ると、切れた口でブレスはしんどいのだろう。その点はいくらか俺に有利だが、反撃する暇がない。
「あんまり好きじゃないが……サンドストーム!」
砂嵐を起こす魔法で視界を奪う。
ついでに風魔法で唐辛子と塩の粉末を運び、ドラゴンの口へ。野営のときの調味料として持っていたものだ。量は少ないが、風魔法で丁寧に運べば、ロスなく使える。切断した口の傷口へ、強烈な刺激が加わった。
ゲリラ戦法だ。俺にとって、あまり好きな戦法ではない。ゲリラ戦法ということは、一撃離脱を繰り返すということ。王族を守る立場である近衛騎士団がそれをやるとしたら、護衛している王族にも同じことを――逃げ隠れしながら戦うことを強いることになる。
王権が逃げ隠れするというのは好ましくない。求心力を失う行為だからだ。実際の現場でどう動くかという「戦術」は、その前後にどのような影響・効果を与えるかという「戦略」のもとに決定されるべきで、その逆――戦術のせいで戦略に影響が出ることは、あってはならない。
だが今は護衛するべき王族もいないし、好き嫌いを言ってられる場合でもない。
「グオッ……!?」
ドラゴンが口を押さえてうずくまる。
ものすごくヒリヒリするはずだ。
この隙に移動だ。展開していた攻撃魔法を遠くへ移動させて、別の場所から仕掛け、位置を誤認させる。その間にまず側面へ。跳び上がって背中に取り付き、ドラゴンの翼を切り落とす。
「雷神剣!」
鱗を切断するのは難しいので、めくるようにして隙間から剣を突っ込み、鱗の硬さを支点にして、テコの原理で関節を切り離す。格好良くスパッと一刀両断とはいかないが、翼を動かす能力を奪うには十分だ。
これで飛行能力を奪った。
「グオオオオオ!?」
ドラゴンは痛みを感じると同時に、体をゆすって俺を振り落とした。
着地――砂嵐の魔法も解除――する寸前で、ドラゴンが尻尾の一閃。
「ギャオオオオオ!」
「ぐはあっ!?」
物理防御結界が5~6枚まとめて砕かれ、俺は吹き飛ばされて、100mほども地面を滑り、転がっていく。
まるで台風だ。ほんと、ドラゴンなんて「生物」というより「災害」だよ。
「まだまだ……!」
立ち上がったと同時に、地面が揺れた。
何事か……!? 地面へ視線を移す直後に、別のドラゴンの首だけが地面から飛び出してきた。
「2体目……!?」
いや、違う。
金属質の鱗。目のない顔。手足がない細長い体。
鋼鉄大蛇だ。
「そっちから出てきてくれるとは好都合……!」
不敵に笑う。
これは襲ってきた相手を威嚇するための演技だ。魔物に通用するか分からないが、少なくとも人間相手なら、最後まで笑っていれば「まだ何か奥の手を隠している」と警戒してくれるかもしれない、そこそこ有効な戦法となる。近衛騎士団で叩き込まれ、今や俺も無意識でやってしまう癖がついていた。
だが、もちろん実際にはそんなに余裕はない。鋼鉄大蛇は、見た目こそワーム(幼虫やミミズみたいな姿の魔物の総称)や蛇みたいだが、ドラゴンの亜種である。つまり、ちゃんと強い。
しかも、なぜかドラゴンと一緒になって俺を睨んで(?)いる。剣も魔法も通じないドラゴン。もしも殺せばドラゴンスレイヤーの称号を得られる偉業だが、いっぺんに2体を相手にするなんて自殺行為だ。
「……マジかよ。潰し合ってくれれば楽だったのに」
餌の奪い合いで戦ってくれれば漁夫の利を狙えたが、現実は厳しい。ドラゴンと鋼鉄大蛇がタッグを組んで俺を敵視している。
鋼鉄大蛇に、俺、何かしたっけ? それとも俺を餌認定してるのか? あまりの窮地に、つい現実逃避の思考が巡る。ドラゴン2体と同時に敵対――これほどの窮地、近衛騎士団でも味わったことがない。
しかし、飛べるほうのドラゴンはすでに翼を奪ってある。すでに最悪の状態は回避したと言っていいだろう。空からドラゴンが火を吐き、鋼鉄大蛇がモグラ叩きみたいなゲリラ戦法を仕掛けてくるとなれば、俺だって戦うどころか逃げられるかどうかさえ怪しくなる。
「グオオオオオ!」「ギャオオオオオ!」
「うおおおおお!」
それからは、とにかく必死だった。
探知魔法を全開にしたまま、回避しながら攻撃魔法を放ち、反撃の暇もないまま次の攻撃魔法を準備する。こんなに逃げ回ったのは人生初かもしれない。攻撃魔法による反撃も、なるべく弱点――目や口の中を狙って、しまいには逃げ場所としてドラゴンの眼窩へ飛び込んだ。
「雷神剣!」
眼底を切り裂き、暗闇の中で脳を目の前にする。
見えないまま、水属性の探知魔法で脳脊髄液(脳の周りにある液体)を探知。この魔法は液体に触れているものを探知できる。ちょっとした部屋ほどもある巨大な脳を捉え、その瞬間に、無我夢中で剣を振り回し、攻撃魔法を連発した。
急激なGがかかった。ドラゴンが倒れたのだろう。樽に詰められて坂を転がり落ちたような感覚だった。上下左右もわからなくなる。だが脳脊髄液に潜っている状態であるため、衝撃はそれほど感じなかった。
「あとはお前だけだ」
探知魔法で方向を確認し、ドラゴンの体から這い出した。
鋼鉄大蛇に剣を向ける。
ブレスこそ吐かないが、こいつは全身が鞭のように動くので厄介だった。手足のように、切り落せば致命的に機能を失う部位というのがない。関節可動域が広すぎて死角がない。しかも不死身に近い再生能力まである。
切り裂く、再生される、魔法攻撃、再生される……再生されるのを承知で切り裂く、再生される前に攻撃魔法、再生される……その繰り返しだ。俺も攻撃されたが、どうしても回避できない攻撃は、強化魔法を使った防御力を信じて受けた。ダメージがすごい。全身がバラバラになったような衝撃だ。しかし回復魔法で癒やす。
「スタン! ……からの、兜割り!」
麻痺を与える電撃魔法。高電圧・低電流の非殺傷攻撃だ。対人制圧用である。電気において、電圧と電流はトレードオフ。そして電圧を上げれば麻痺が強くなり、電流を増せば攻撃力が高くなる。だが電流を増しても鋼鉄大蛇の巨体には致命傷にならない。
そこで電圧を上げて、麻痺させた。鱗が金属でできているので電気伝導率は抜群だ。しかし鋼鉄大蛇を麻痺させるほどの高電圧は、膨大な魔力を要する。もう俺の魔力は残り少ない。
麻痺した鋼鉄大蛇に、最後の攻撃。相手の鎧もろとも切り裂く技を使って、心臓近くを切開する。ドラゴンの鱗は無理でも、亜種の鋼鉄大蛇なら斬れる。
「もらったァ!」
即座に再生し始める傷口へ手を突っ込み、心臓を鷲掴みにして引っこ抜く。意外と小さい心臓だ。人間のふくらはぎみたいに、全身の筋肉が心臓の機能を補助しているのかもしれない。
ブチブチ、と血管がちぎれ、鋼鉄色の心臓が大蛇の体から切り離される。
それでようやく鋼鉄大蛇は動きを止めた。
「ぜー……ぜー……!」
かなりギリギリだった。
情けなくもその場に座り込み、しばらく動けなかった。
それから数分後……呼吸を整え、改めて2体のドラゴンを前にする。すでに動かない死体だというのに、圧倒されるほど巨大だ。
「……収納」
空間魔法を使って、2体の死体を収納した。
空間魔法は、伝説の魔法と言われ、今や使い手が居ない。さもあろう。魔力消費量が膨大だ。人間程度の魔力量では、一生鍛え続けても足りない。
だが、ドラゴンの血肉は食材でありながら霊薬。肉体を強壮にしたり、魔力を増やしたりする効果がある。そんなものが丸々1体分あるのだ。食べない手はない。
◇
冒険者ギルドに戻った。
「完了報告だ」
鋼鉄大蛇の心臓をカウンターに置く。
見晒せ、オラ! という気持ちが湧く。さすがに今回はしんどかった。
「うわぁ! すごいです! 本当に倒してきたんですね!」
受付嬢が興奮した様子で俺を褒めちぎる。
俺を見る目に、熱がこもっているようだ。
噂では聞いたことがある。受付嬢をやっている女性たちは、多くが「有望な冒険者を狙っている」と。現金なものだが、自分の年収ほどの金額を「毎月の小遣い」として与えるような男なら、浮気しようが何をしようが構わないというのが女性側の現実だという。もちろんそうでない女性もいるだろうが、少なくとも俺の周りにいる女性たちは「そりゃそうだ」と口をそろえていた。
純愛を信じたい男としては、ちょっと残念な気持ちになるのは、致し方ないだろう。夢を見る男と、現実を見る女、といえば男のほうが愚かなように聞こえるだろうが、この件に限っては愚かなことが悪いとは限らないと思う。
「とにかく、これでAランクだな?」
「もちろんです! では冒険者証を更新しますね」
冒険者証は、ランクによって素材が変わる。
より強力な攻撃に耐えられる素材に。ランクが変われば相手にする魔物の強さが変わるのだから当然だろう。
「ついでに、こんなのもあるんだが」
新しい冒険者証を作るべく奥の部屋へ引っ込もうとした、受付嬢を呼び止める。
そしてドラゴンの、切り落とした口を取り出した。
「えっ!? 今どこから……!? ていうか、これはドラゴンの……!?
支部長! 支部長ぅぅぅ!」
あわてて受付嬢が奥の部屋へ走り去り、少しして支部長を連れて戻ってきた。
「なんという事だ……!」
支部長はしばらく絶句していた。
驚いた理由は2つある。
「数百年ぶりのドラゴンスレイヤーだ! 王宮に報告しなければ!
それと、収納魔法か……!? 伝説の魔法だぞ!?」
冒険者をやめたら、他にどうしようもなければ実行しようと思っていたドラゴン殺し。まさか、こんな所で実行することになろうとは思わなかったが。
世界的にも珍しい偉業で、成し遂げれば問答無用で王室の客分になれる。ドラゴンを上回る戦力なんて、国家が抱え込まないわけがないのだ。
思ったより早かったが、これですべてを精算する準備が整ったようだ。
――――
誤字を発見し、修正しました。
無駄に通知が届いていたら、すみません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます